第18話: 手合わせ
試しに今ここで手合わせしてみたらどうだ、という二剣さんの言葉に従って、シャクナゲとおれで一本することになった。
「シュウはあなたの刀を使えばいい。
私は、舞宵ではなく市販のものを使うから」
舞宵に意識を奪われておれを殺さないようにする配慮だろう。
彼女は、腰につけている二本のレイピアのうち、装飾の質素な方の柄を握り、引き抜いた。
おれが脇構えに刀を構え、彼女は、右手を体側に引きつけ、レイピアを地面と水平に構えた。
「おれが審判やってやる。両者構えたな。それじゃあ……始め!!」
始めの合図とともに、シャクナゲは足のバネの力を利用して、突進してきた。
おれはそれをするとわかっていたため、横にずれ、突進の軌道をずらす。
しかし彼女は数歩のステップとともに、バネの向きを変え、ずれを修正すると、また距離を詰めてきた。
対しておれは、時間が稼げたことにより、少しの余裕が生まれたことで、防御を取ることができた。
カースによく「相手の軌道をずらしてその隙をつけ」と言われていたこともあり、シャクナゲに会う前の特訓ではそこに焦点を置いていた。
「シャクナゲの最大の武器はそのスピードだ。
俺は昔、シャクナゲと手合わせしたことがあるんだが、その時は試合開始と同時に彼女が迫ってきた。
俺はそのスピードに反応することができずにすぐ負けちまった。
だからな、相手の攻撃の軸をずらしてやればいいんだ。
シャクナゲはそれだけではすぐに修正されるだろうが、問題はそこじゃない。
要は防御するだけの時間を稼げりゃいいんだ」
なぜそこまでシャクナゲを警戒するのか、そもそもなぜおれが手合わせをする前提だったのかという疑問が湧いていたが、話をするためにはまず実力を試されるものだと考えることにして、一撃目を防御する特訓を続けた。
その結果、防御することができたのだから、その特訓は無駄にならなかったわけだが……
ともあれ、この攻撃を受け切れば、いくらか勝機はある。
おれは防御から流しへと移行すると、レイピアを握っている右手に向けて振り下ろした。
このまま決着がつくかと思ったが……
シャクナゲは左手にレイピアを持ちかえ、剣先を右手の上に置き、防御してみせた。
柄を持つ左手と、もともと当てられる予定だった右手でレイピアを支えると、その状態のままおれたちは硬直した。
「……っ!!」
ただ、その力比べもそう長くは続かず、弾き飛ばされる。
そして隙を与えずに、その着地地点へ向けて、突進してくる。
咄嗟に姿勢を低く取り左へとずれたため、直撃は避けた。
が、追撃の蹴りをもろに喰らう。
蹴りと言っても、石を蹴るような生やさしいものではない。
それこそ岩でも砕くのではないかと思われるくらいのスピードとパワーで直撃した。
防具をつけていたとしても、肺を焼かれるような激痛が、体の内部から押し寄せてくる。
「ぐはっ!!!」
口の中に溜まった血をその場に吐き捨てると、再びシャクナゲを睨みつけ、次の行動を観察する。
シャクナゲもしばらくはおれの動きを窺っていたが、おれが攻めてこないことを察すると、軽快なステップとともに、ゆっくりと迫ってきた。
右に、左に、左に、右に。初撃とは違い、左右にブレることで予測をしづらくする目的らしい。
実際、おれはどこから迫ってくるのかが読めずに、動けずにいた。
下手に動けば、その隙をついてくるかもしれない。
シャクナゲなら三歩〜五歩くらいで届きそうと言う時に、彼女は、おれの周りを一定間隔で走り始めた。
一人の人間に包囲されている状態で、おれの脳はフル回転していた。
どうすれば、この状況を打開できるのだろうか。
どうすればこの場を切り抜けられるだろうか。
『わたしを使って』
自分の刀の声が聞こえ、青葉丸を構え直す。そして、
『「玄冥月夜!!」』
青葉丸とおれの声が重なる時、その場の光が消失した。
そして、青葉丸の剣先は、横一文字にシャクナゲを切りつけていた。
「——っ!?!?」
この試合で初めて、彼女は驚きの声を見せる。
「やるわね。でも…まだ私には遠そうね」
直後、鋭い一閃とともに、おれの体が宙に浮かされた。
そして、おれを地面につけることなく連撃が繰り返される。
「……ぐっ!!」
3連撃。4連撃。5連撃……
次々と打ち出される連撃はおれに防御させることを忘れさせた。
地面に落ちた時、体はもうボロボロになっていた。
服はところどころ破れ、血が滲み、青あざが至る所にできていた。
「勝負あったな。じゃあそこまで。シャクナゲの勝利」
こうして、おれとシャクナゲの手合わせは終わった。
「とりあえず二人とも。わしの家に入れ。
そんな格好じゃ外にも出られんだろう」
立ち上がることすらできないおれの肩を担ぎ、そのまま店の中へと運ばれていく。
そして、シャクナゲもそれに続いた。
お茶を飲みながら、シャクナゲは一つの考えが浮かんだのか、こんなことを言い出した。
「二剣さん。舞宵の心をまっすぐに直すには同じ作り手であるあなたの剣で倒さなければならないんですよね。
それってつまり、シュウの青葉丸もそうなってしまう可能性もあるんですか?」
おれは衝撃を受ける。
まだ使い始めてからそこまで時間は経っていないが、一度命を救ってくれた恩があり、それ以降、手入れも丁寧にしている。
今ではもう、青葉丸は手放せないものとなっている。
いや、この思いは恋人や家族に対して思う気持ちと何ら変わりないのかもしれない。
シャクナゲの問いに、二剣は十二分に間を置いた後、重々しくその問いに答える。
「あぁ、その可能性は十分にある。
と言うよりかは、両者が本気でやり合ったら、十中八九どっちかの剣の意志が壊れるだろうな」
「——やっぱりか…どうするシュウ。
あなたは、そのリスクを背負って私を救ってくれる覚悟があるかい?」
二剣さんの答えに、シャクナゲが問いかける。
もしおれが負けて、青葉丸の意志が折れてしまったら、おれは、自分を保つことができるだろうか。
——否。おそらく無理であろう。
カースたちと一緒に、黒薔薇の楽園で、魔物を倒すことができるだろうか。
——否。逆に足を引っ張るようなことになるだろう。
また刀を振うことができるだろうか。
——否。青葉丸以外の刀など、振りたくもない。
ただ、ここで諦めてしまったら、シャクナゲは……茜はどうなるのだろうか。
誰よりも辛い苦しみを、彼女はずっと背負い続けることになるのだろうか。
それをおれは、ただ黙って見ているだけの薄情者だと後悔するのだろうか。
様々な思考が生まれ、そして消えていく。
それはまるで、“思い”という糸が複雑に絡まって、あやとりのネクタイのように、作ってはすり抜け、その形であったことさえも残らないような何かを感じさせる。
「シュウ……」
おれが悩み混んでいるのを見て、シャクナゲが呼びかける。
「おれは……」
おれは、どうしたいのだろうか。
シャクナゲと青葉丸を天秤にかけた時、おれの気持ちはどっちに傾くのだろうか。
「おれは…シャクナゲを助けたい。シャクナゲを救いたい」
おれの答えは決まった。
たとえ青葉丸を犠牲にしてしまったとしても、シャクナゲを助ける。
「本当に、それでいいんだね」
確認を取るシャクナゲ。
「あぁ。それでいいんだ。おれが、そうしたいんだ」
おれのやるべきことは決まった。
シャクナゲ…舞宵に勝ち、舞宵の意志を打ち砕く。
「おれはシャクナゲを救ってみせる‼︎」
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