第12話: シャクナゲという女

「おれのことをシュウって呼んでくれていたのは、茜だけ……

 金獅子のリーダーは茜なのか⁉︎

 そんな馬鹿な‼︎だって茜は死んだはずで…っ」


 茜が15歳の時だった。


 今のおれと同じように、新人冒険者として自立した茜は、ギルドに入る前に、運悪く、ユウエイに遭遇してしまい、その時に命を落としたとされていた。


「本当に、茜…なんだよな? 夢じゃ、ないんだよな?」


 だからこそ、おれは今、目の前にある光景が信じられないと、目を疑っている。

 これは夢かとさえ思えたほどだ。


「えぇ、私よ。それは間違いないわ。少し、昔の話をしましょう」


 そう言って茜は昔の話を語った。


♦︎♦︎♦︎♦︎


 私が15歳となった時、二剣鋼冶という鍛治師に、レイピアを作ってもらった。

 名を、舞宵とつけたそのレイピアは、私がベルゲスを倒していた時、声を発した。


『我は其方の剣です。我と共に力を手に入れませんか?』


 その声は甘ったるく、それでいて夢物語のようにも聞こえたが、拒むことはできなかった。私は、その剣の言う通りの行動をしていた時、ユウエイと遭遇してしまった。


 ユウエイの強さは自分でもわかっていて、今の私では倒せないことがわかっていても、逃げることもできないのもまた事実だった。


 ここが私の死に場なのだな。そう悟った時、また舞宵の声が聞こえてきた。


『この場で死のうと言うのか。我を十分に振るわず。

 そんなことは我が許さん。許してなるものか』


 舞宵はこの時初めて、怒りの感情を露わにした。そして、


『もう其方の意思はいらぬ。ここは、我一人で十分だ』


 その声が聞こえた時、私は、剣に意識を奪われていた。


 気づいた時にはもう、ユウエイは倒されていた。


 私は恐怖した。自分が今、何をしたのかを全く覚えていないのだ。

 訳のわからないものに体を支配される不快感。

 そして、それを拒むことの出来ない恐怖。


 私はユウエイの落とすアイテムを拾うことなく、山へ登った。


 そこは、ユウエイが大量に生息するとされる山だった。

 そこらじゅうにユウエイがおり、今にも襲いかかってきそうな雰囲気を漂わせていた。


「どいてっ!」


 私は、目の前にいたユウエイの眉間に、レイピアを突き立てると、勢いのまま刺し殺した。


 そうして何度も、何体もユウエイを倒しているうちに、その周辺は、文字通り、血の海と化していた。


『其方は強い。ただし、その素行は見過ごせんな。我が正してやろう』


 舞宵の声と共に、レイピアが私の首元へと近づけられる。


 次の瞬間、私は気を失ってしまった。


♦︎♦︎♦︎♦︎


 次に目覚めた時、私はまだ、ユウエイの生息する山にいた。そして、手には舞宵を持っている。


「私を殺したんじゃないの? 舞宵」


 私は斬られるとばかり思っていたので、今私が傷ひとつなく生きていることに疑問を抱いた。


『あぁ、殺したさ。我は其方の名を殺した。今日からシャクナゲを名乗れ』


 私は、私の名前を名乗ることを禁じられ、舞宵の言うとおりに、「金獅子」と言うギルドを作った。


♦︎♦︎♦︎♦︎


 ある日、


『其方はもう我を振るう機会は少なくてもよい。

 其方が戦線へ出ることは、相当なことでない限り、戦うな。

 其方の手下どもにやらせておけばよい。

 ただし、それ以外の時以外でひとつ、我を振るう機会がある。

 それは、其方が築き上げた金獅子から逃げようとするものがおるときだ。

 その時は、思い切り割れを振るうがよい。

 ただし、其奴に遠慮をすれば、我が其方の心を蝕み続けるだろう』


 もうこの時には、完全に舞宵の言いなりになっていた。

 もしここで逆らって、自分の身が完全に支配されてしまったらと考えると、逆らう勇気すら湧いてこなかった。


 逆らうものは皆、舞宵によって、その意志を挫かれる。

 いつしか私は、ギルドメンバーから恐れられる存在として、どんどん行き場を狭くしていった。


「俺を、このギルドから抜けさせてください」


 シャガと名乗るその男は、金獅子を作ってからすぐに入ってきたメンバーで、他のギルドメンバーからの信用も熱い彼が、金獅子を抜けようとしている。

 その意思を見せつけられた時は、流石に心が痛んだ。


 こんな剣に支配されるようなリーダーでごめんなさい。

 ギルドのあり方を根本的に間違わせてしまってごめんなさい。

 そして、こんな無茶な要望を聞いてもらってごめんなさい。


 私は、私のできる限りのことで、彼をこのギルドに居続けさせようとした。

 初めは単なる嫌がらせ程度で済ませていたが、次第にそれは過激なものとなっていった。

 無茶な討伐依頼を一人で受けさせては、彼の体を傷つけさせたこともあった。

 けれどこれも、彼が受けた苦痛に比べればまだ優しいものであった。


 なぜならこの選択は、私の意思が動かしていたものだったからだ。


 舞宵から課せられたものの中に、「其方の手で我の手入れを週に一度は必ずやれ」と言うものがある。

 舞宵に恐怖し、腰につけることすら躊躇っていた私にとって、苦痛の時間だ。

 その時舞宵は私に問いかけてくる。その問いの中に、シャガのことが触れられた。


『最近其方が妙に何かを隠しているように感じる。

 シャガという男が関係しているようだな。

 今度其奴と会うときは、我も同席させろ』


 舞宵からの宣告は、とても冷たく、とても残忍なものだった。

 これまでも、舞宵がギルドメンバーと会わせろといったことは何回もあった。

 しかしそれは、このギルドを去ろうという意志のある者だけという条件があるのだ。

 そして決まって、私は意識を奪われ、気づいた時には、生暖かい血が床に乾かずに残っている。

 血の匂いまみれのこの場所にいると、どうしても眩暈が出てきてしまう。

 それが、乾ききっていない血の匂いなら、尚更だ。

 そもそも私は血が嫌いだ。

 血生臭い匂いが鼻の中に入ってきただけで吐き気を催すほどに。


 こうなってほしくないがために、私はその意志を挫こうとしたのだった。

 シャガを傷つけたくない。

 なんとかして、舞宵と会わせる前に彼を変えなければ、私は彼を傷つけさせてしまう。


 けれど、私の願いは叶わず、タイムリミットが来てしまった。

 舞宵の命令は絶対だ。私には逆らう権利すらない。

 ただ従い、ただ動くだけのラジコン状態。


 結局、シャガを助けることができなかった。


 私は、彼が部屋に入ってきたことを確認した時、私は舞宵に支配された。

 次に私が戻った時、今までの比にならないくらいの戦いの跡があり、そこかしらに血痕が飛び散っていた。


 その血痕を全て集めていたとして、彼一人の血では済まされまい。


 この部屋にいるのは、私と気を失ったシャガのみだ。


 そして、それぞれの足元に血溜まりができていた。


「シャガッ‼︎」


 私は、彼につけられたであろう傷をほったらかして、救急箱を手に取り、シャガの元へと駆け寄った。


「死ぬなシャガ‼︎ 死んではいけない‼︎」


 止血をし、私がいつも使っているベッドに寝かせる。

 そして、静かに寝息を立てていることを確認すると、自分の治療にかかった。

 そして、私は彼のそばで眠ってしまった。

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