第14話: あの時の後悔

 それから、彼は変わった。

 私の状況を知ってから、彼はギルドを抜けたいなどと言わなくなった。


 そして、たまに私の元へ来ては、相談に乗ってくれた。


 どうすれば統率力の取れたギルドになれるのだろう、どうすれば今よりも強い魔物を倒せるだろうという議論もたくさんした。


 おかげで、今まで危険だからという理由で、依頼を断り続けてきたガウラの討伐も多少の被害は出しながらも、こなすことができた。


 ギルドが成長する一方で、一つ、心配なことがあった。


 それは、シャガとの議題にも上がっていた、統率力に関する問題だ。


 今までは、シャガがこのギルドを抜けて新しいギルドを作るという意見に賛同して、慕っていたものたちが、シャガが私側についたことにより、だんだんとその数を減らしているというのだ。


 そして私は、シャガの心を奪った極悪人という立ち位置になっている。

 ただし、シャガほどの人物が負けた相手など、勝てるはずもないと思っているようで、直接乗り込んできて、暴力を振るわれる、ということは起きていない。


♦︎♦︎♦︎♦︎


 ガウラを倒してすぐのことだった。


 いよいよシャガを慕うものは、一人となっていた時だった。

 この頃にはもう、私に反抗しないことで皆の関心が薄れていた時期でもあった。

 シャガは、単身で、ダンジョンに潜るといった。


 シャガは、自分を慕うものが少ない今だからこそ、もし死んでしまったとしても、暴動は起きないと踏んだようだった。


 私は、必死でシャガを止めた。

 そんなことをする意味がない。

 なぜそんな無意味なものをするのかと。


 しかし彼の意思は固いようだった。

 聞けば昔から、ダンジョンを一人で攻略するという夢があったという。


「シャクナゲの言葉はすごくありがたいんだけど、これは俺の夢なんだ。

 俺は十分強くなれた。今はもう、ベルゲスを必死に倒している僕じゃない。

 あのガウラさえも倒すことのできたギルドの服リーダー的立ち位置だったんだ。

 だから俺は、昔からの夢を叶える時が来たんだと思う。

 止めるだなんて言わないでくれよ」


 私は長年の夢と言われたことで、ひどく動揺してしまったせいなのかもしれない。


「わかったわ。じゃあ好きになさい」


 と、突き飛ばしてしまったのだった。

 舞宵からも庇うほど大切な存在を、この時、手放してしまった。


「感謝する」


 シャガは短くそう告げて、ダンジョンの奥深くへと潜っていった。


 そして二度と、シャガは帰ってこなかった。

 私は活くる日も待ち続けていたが、ある日の朝、私宛に手紙が届いていると言われた。


 差出人の名前は、「シャガ」


 私はすぐに封を破ると、一枚の紙が二つ折りになって入っていた。





 『シャクナゲ様へ




 この手紙を受け取る時にはもう、俺はこの世にいないでしょう。


 もし生きていたのだとしたら、この手紙があなたの元へ届く前に俺が破り捨てているでしょうから。


 さて、前置きはここらへんまでにして、本題へと入りましょうか。


 俺はとあるダンジョンへ入り、そこで、兄の仇を取りに行きます。


 俺には、一人の兄がいました。

 兄は、俺よりも強く立派な冒険者でしたが、ある日、初心者ギルドがダンジョンに潜るということで、その手助けをしました。

 しかしこのギルドには、圧倒的に経験が足りなかったんです。


 兄一人だと絶対に引っ掛からなないようなトラップを踏み、魔物が押し寄せてきたらしいです。


 未熟なギルドメンバーを庇いながらの戦闘は苦戦したらしく、兄は、深い傷を負い、亡くなりました。

 これは、兄が守り切ったギルドのメンバーから聞いた話です。


 俺はその時、そのギルド自体も恨みはしましたが、それ以上に、兄に傷を負わせ、殺した魔物どもへの復讐心の方が勝っていました。


 俺はその復讐のために、そのダンジョンに入ります。

 だからこそ、シャクナゲたちを巻き込めません。

 一人で行かせて欲しかったんです。


 俺の意思を尊重してくれたこと。感謝します。


 そしてさようなら。




       シャガ』





 読み終えた時、私は静かに涙した。

 一人で行かせるべきではなかったと。

 どれだけシャガが一人で行くといったとしても、引き止めて私も一緒にいくべきだったと。


 そして、彼はそのダンジョンで、死体も残らずに死んでしまった。

 これではどうやって彼を弔うことができようか。

 彼はこのギルドへ荷物を持ってきていないため、遺留品から弔うこともできない。

 そして、彼を追うことも、どこのダンジョンに入ったのかわからない以上、不可能。


 結局私は、何も入っていない棺を花束で埋め、静かに弔った。


 他のギルドメンバーには知らせず、私一人だけが知っているお墓の意味。

 そして、これからもこのことを知る人物はいないだろう。


 ただし、シャガを最後まで慕い続けていたネメシアだけは彼の姿が見えなくなったことを察して、一人で探し回っていた。


 私はそれを知りながらも、彼女にそれを告げることはなかった。

 彼女に告げることによって、今の状態が崩れてしまうことを恐れたためだった。


♦︎♦︎♦︎♦︎


 そうしてしばらくしてから、ネメシアがギルドを抜けようとしているという噂が流れ始めた。


 全くどうして、皆この場所から逃げていくのだろう。

 私がいったい何をしたというのだろうか。

 肝心なところでいつも舞宵に意識を奪われ、名前さえも殺された。


 これ以上私は、失いたくない。

 舞宵によって傷つき殺されたギルドメンバーもたくさんいる。

 そのことが原因で、今いる人たちからも、恐れられていることを私は知っている。


 私はどこから間違えてしまったのだろう。

 ユウエイと遭遇して、殺されかけた時なのか。

 それとも、もっと前から…舞宵を手にしたあたりなのかもしれない。


 けれど今はそんな自責の念に駆られている場合ではない。

 どうしても、舞宵が知る前に彼女をこの場所にいたいと言わせる、もしくはギルドから追放する形で逃す必要があった。


 だからこそ、私はその聞いた途端に行動を開始した。

 すぐにネメシアのそばに、ロータスという男がいるということを調べ上げ、二人を呼び出した。


 そして、彼女の意思は固いことを確認すると、


「あなたたちを、このギルドから追放します。

 今後二度と私の前に現れないと誓いなさい」


 彼女たちを突き飛ばした。突き飛ばしてしまった。


 当然彼女たちはこの状況に困惑を隠せていない。

 それも無理はないだろう。

 今まで散々人を傷つけ続けてきたこの私が、こうもあっさりと、どこも傷つけることなく逃すといっているのだ。

 ただし、このまま逃すだけでは、私の顔が立たないというのもあるが、舞宵からの偽装工作として、一つの条件をつける。


「ただ、一つだけ条件がある。

 あなたたちはそのままの名前で新しいギルドを作ると、他のメンバーに勘付かれる可能性が高い。

 そこであなたたちには、一度死んでもらいたい」


 かつて私が、茜という名を捨て、シャクナゲと名乗るようになったように。

 彼女たちにも同じことを強いる。


 茜だった頃の私を追わせさせないという理由で舞宵からつけられたシャクナゲという名前。

 その、追わせないという部分を利用することは、舞宵の言いなりのまま抜け出せない私を見ているようで、耐え難いものだったが、それが私の知る一番良い方法なのだから仕方がないと公私を混ぜないようにして、彼女たちに伝える。


「別に文字通り死んでもらうと言うことではない。

 ただ、今の名前を捨てて欲しいと言うことだ。

 今あなたたちは、ロータスとネメシアという名前を持っているな。

 その名前を捨て、新しい名前で活動して欲しいというだけだ」


 だけだと伝えてしまったが、これはとても苦痛なことだ。

 なぜならば、もし昔の名前で呼ばれても、それを無視しなくてはならず、聞きなれない名前に反応しなければならなくなるからだ。


 私も初めの頃は、よく昔の名で呼ばれた。

 それを無視して、偽りの名で生活することが私にとってとても苦痛なことであった。

 それを彼女らに強いることは、かなり酷なことをしてしまったと思うが、許してもらおう。

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