第10話: 一夜明けて

 「おい起きろよ。寝坊助。今日がなんの日か忘れたってのか?」


 カースの苛立ちの声と共におれは目を覚ました。

 なかなか月影荘にこないおれの元へ、わざわざ足を運んでくれたらしい。


 けれど昨日の手紙のショックで、おれは起き上がる気力を無くしていた。


 「そこの手紙見てくれよ」


 おれが垂れ下げた指の先には、無気力に放ってある昨日の手紙がある。


 「なんだぁこれ? 一枚の紙っ切れ…か?」


 ゴミでも拾うような仕草で、紙を拾い上げたカースはその内容を読むうちに、顔色を悪くしていった。


「なんだよ…なんなんだよこの手紙は……内部崩壊の危機? 俺たちのことか?

 俺たちのせいなのか?

 俺たちが新しいギルドを作ったことがバレたのか? なぁ、教えてくれよ」


 追い縋るような声を出して訴えるカースに、今の心情をぶつける。


 「んなもん知るかよ。

 とにかくそっからわかんのは、今おれと会う気はないんだとさ」


 その答えを受け取ったカースは、一呼吸置くと、


 「とにかく、トレランスに報告しねぇと……」


 と言って、風のように去っていった。

 1人取り残された空間にいるのも気が重くなり、おれも部屋を出た。


♦︎♦︎♦︎♦︎


 月影荘につくと、青い顔をしたトレランスが座り込んでいた。


 「ほんとなの? この手紙が届いてたってカースが……」


 おれの姿を見た彼女が、追い縋ってくる。

 ギルドまでの道で、頭を冷やしてきたおれには、その気持ちが痛いようにわかる。

 けれど、手紙が届いたという事実は変わらない。

 変えられない。だから、彼女にありのままを伝える。


「あぁ、本当だ。昨日の夜、酒場で渡された。

 おれだって困惑してるさ。

 どんな人なのかこの目で判断できないことが、おれには辛いよ」


 おれの目で見て、どんな人物かをおれの中で決める。

 それができていない今の状況が、おれにとってストレスでしかなかった。


「彼女が、シャクナゲが嘘をついている可能性もおれは考えている。

 お前らの前の姿もまた、化けの皮の中の姿っていう線も抜けきれねぇ。

 おれと会うのを避ける理由があったのだとしたら。

 おれと会うことで自分の立場が不利になる物があるのだとしたら。

 それだけで、拒む理由になる。

 シャクナゲはいつまでに手紙をよこすという話を一切持ち出していねぇ。

 それがおれの疑いの根拠だ」


 だからこそ、こんな言葉がすんなりと喉から出たのだった。

 それを聞いてより一層青ざめるトレランス。

 そして、奥の方でその言葉を聞いていた、カースが流石にいただけなかったのか、おれにつかみかかってくる。


「お前な。もういっぺん頭冷やしてきたらどうだ?

 彼女の、シャクナゲの何がわかる!!

 彼女とあってもねぇお前に、そんなこと言われる筋合いはねぇ。トレランスもだ。

 こんなやつの言葉にいちいち耳傾けて青ざめんな。言い返せよ。

 俺より彼女のこと知ってんだろ?

 そりゃ、あそこじゃいい思い出なんて、片手で数えられるくらいだろうさ。

 ただな、それをあの場に居もしねぇ奴なんかにそれをどうこう言われたかねぇんだよ。

 俺がお前を鍛えてやった理由を考えてみろ。

 シャクナゲにみっともねぇとこ見せないためだろ?

 彼女にみっともねぇとこ見せられねぇから俺は鍛えてやったんだ。

 それは彼女のことが、彼女に誇れる姿を見せようとした、俺の意志だ」


 カースの言葉は重く、おれの心に深く刺さる。

 おれはその言葉を黙って受けることしかできない。

 だって、シャクナゲという女性を何も知らないのだから。


「いくぞお前ら。金獅子の内部事情に口を出してやるのさ。

 シャクナゲは悪い独裁者じゃないってこと、示してやろうぜ。

 それが俺たちにできる恩返しだ」


 誰も何も口出さないでいると、カースが勢いのまま、家を出て行こうとした。


「ちょっと待ってよカース!私たちの立場わかってるでしょう?

 あの人の恩を仇で返したくなんかないわ!!」


 確かに、どっちの言い分も、ある意味では正しいと言えるだろう。


 シャクナゲに対する恩を返したいからこそ、この場で彼女の優しさを証明するカースの言い分。


 そして、シャクナゲがつなげてくれたこの命を、生きることで、生き抜いているということだけで、恩返しは続いていて、逆に、彼女の前に現れるのは彼女の意思を否定しているというトレランスの言い分。


 険悪なムードが漂っている中、


「あなたはどっちに従いたいと思う?」


 などと、標的はその場で唯一何も発言をしていなかった、おれに向けられた。


「なんでおれが…」


 急に標的を向けられたことにより、声が詰まってしまう。


「そうだ、お前が決めろ。そもそもお前が会いたかった相手だろう?」


 カースもトレランスの言葉に乗じて、おれを責め立てる。


「あぁもう、わかったよいきゃいいんだろ? ただし、おれ1人でだ。

 カース達はあの人の前に出ちゃいけねえ。

 それが元々の手紙の条件でもあったからな。

 それに、それはトレランスの意見でもある?

 ならおれ1人で行けばいい。文句ないな?」


 どちらの意見も聞き届ける。それが、おれの出した結論だった。


「そりゃ…あの人を救えるのなら、あの人に恩が返せるならいいんだけどさ…」


 自分が一番行きたいと考えるカースは不満そうだったが、


「ならそれでもいいわ。私が、あの人の近くまで案内するわね」


 トレランスがおれの腕を引いて、ささっとアパートを抜け出した。


「ごめんなさいね。任せきりになってしまうことになってしまって…」


 カースを置き去りにして、しばらくしてからの彼女の言葉だ。


「いえ、ああするのが正解だったと思いますよ。

 カースは自分の意見を押し通したかったでしょうから」


 おれはカースに感謝している。特訓をしてくれたこと。

 そして、おれをこのギルドにスカウトしてくれたことを。

 だからこそ、あの時の彼の意見に、黙って従いたくはなかった。

 あれは彼であって彼ではない。

 今の彼は、いつもの彼とは違い、冷静さに欠けている。


その冷静さのない彼の、無鉄砲さは、ギルド全体を危うくする可能性があった。


「カースは、どうやって彼女に迷惑をかける事のなく、ギルドを作ることができるかというところに、重点を置いていました。

 自分たちの行動によって彼女の立場が危うくなることは避けたかったようです。

新ギルドを作ろうとしていることをシャクナゲに知られ、呼び出されても、彼は彼のままでした。

最後まで彼女に迷惑をかけたくない。それでも、この環境を変えたい。

その意思が彼女に伝わったからこそ、名前を捨てるという形で、彼女からの提案が出たのだと思います」


 カースのことを語るトレランスの顔は、どこか優しげで、それでいて愛しいものを見るような顔をしていた。

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