第25話: シャクナゲの役目

「ちょっと眠ってもらうわね」


 アルテルフへ入ってきた敵に対し、私は容赦のない一撃を食らわせる。


 「このくそアマがっ‼︎」「お前に従うのはもう懲り懲りだ」「今まで散々こき使ってくれたな‼︎」


 相手の方から私に迫ってくるおかげで、私はこの場を動かなくても、敵を屠ることができた。


 いつしか私の周りにはぐったりとした裏切り者の金獅子メンバーが山積みになっていた。


 私のやり方が悪かったとはいえ、何度も戦線を乗り越えてきた仲間を傷つけるごとに、私の心も傷つけられていくのをひしひしと感じる。


「ごめんなさいね」


 私は対面した相手に対し、いちいち謝りながら舞宵を振るう。


『我が出ようか?さすれば其方の気持ちも少しは楽になるだろう』

「いいえ。私にやらせて」


 珍しく舞宵が私に確認をとってくるが、私はそれを否定する。

 これは私の戦争だ。私のせいで起こってしまった抗争なのだ。


 その事実を受け入れなければ、私はまた同じことを繰り返してしまう。


『あまり気負いするなよ』


 舞宵は最後にそういうと、普通のレイピアのように黙ってしまった。


 急に一人にされたと錯覚してしまうが、私は元々一人なのだ。そこへ舞宵がいつもいてくれていただけ。


 まだ遠い未来になってしまうが、いずれはこの舞宵の意志を秀一郎が折ってくれるのだ。そうなった時に、私はまた一からこの舞宵と関わっていかなければならない。


 その舞宵を曲げないためにも私がしっかりしていなくちゃいけないんだ。


「リーダー‼︎ お覚悟‼︎」


 少し長い時間悩んでしまっていたらしい。私が考え事をしている間に後ろに回られていた。


「しまっ…!!」


 私が振り返った時にはもう遅く、一人の剣先が私の足に刺さってしまった。


「まだ甘いわねっ‼︎」


 私は痛みに耐えながらも舞宵をふるい、地面に沈める。


「ぐはっ…!!」


 私の足を傷つけた男は地面に伏せた状態で気を失っていた。


「全く…やってくれたわね」


 この調子では、今後もしジュッテントン級の相手と遭遇した時に、立っていられるかわからない。


「ヒヤシキス‼︎ 援護頼んでもいい?」


 私は、まだ屋根の上にいるであろう仲間に声をかける。


 すると、ヒュッという音と共に、目の前に立っていた敵がばたっと倒れた。


 流石の腕前だ。私は感心しながら、屋敷の中へと戻った。


「シャクナゲ様。すぐに応急処置をしますので。そのまま、立っていてください」


「あぁ、ムレナ。頼む。ちょっとへまこいちゃってな」


 私が力無く笑うと、彼女の頬が膨らみ、


「全くもう。シャクナゲ様は不思議です。戦闘をしているところを見ていると、あんなにも逞しいのに。

 戦場にいることが生き甲斐みたいな雰囲気を出しているのに。今のあなたは優しい心を持っています。

 普通人間はたとえ戦闘中であってもその根本の部分は変わらないんです。なのにあなたには二つの根っこがあるように感じられます。

 どうしてでしょうか」


 私はその問いに答えることはできない。それは私と舞宵。

 二つの意識があることを他人に言ってしまうことだからだ。

 このことは秀一郎にしかいったことがない。


 無駄な心配をかけさせたくない。というところがまず一つ。


 自分が失敗した道で相手に迷惑をかけたくない。それでもし私に会うたびにこのことを気にさせてしまうのも申し訳ない。


 このことを舞宵に聞かれたくない。


 これは私が勝手に恐れているだけなのだが、舞宵に意識があると他人に言ったことがバレてしまうようなことがあったら、どうなってしまうのか、想像ができない。


 もしかしたらその人のことを斬ってしまうかもしれない。もしかしたら今後二度と私の意識は戻ってこないのかもしれない。

 そう考えるのが怖いのだ。


 だからこそ私はその答えを誤魔化さなければならない。


「さぁ?なんでかしら?

 私は特に意識したことがなかったんだけど、ムレナが言うのならそうなのかもしれないわね」


 そう言って微笑む私を見て、ムレナも微笑む。そしてその間にも、足に包帯が巻かれていく。


「まぁそうですよね〜。自分の根っこなんていちいち気にする人いないですもん。

 よし、完成!けどいきなり走っちゃダメですよ。この包帯に痛み止めの葉っぱは混ぜてあるけど傷を治す薬草は入ってないんですから」


「ありがとうムレナ。これでまた、戦いに出られるわ」


 ムレナは無理をしてまで戦場に出る意味はなんなのかと問う。


「シャクナゲ様にもしものことがあった時、その瞬間に私たちは殺されてしまうかもしれません。だからこそ、アゲラー様や助っ人に来てくださったあの男性に任せるべきなのではないでしょうか?」


 確かに彼女なら、この場を任せられるだけの統率力と、実力はある。


 秀一郎はちょっと不安かもしれないけど……


 それでも、彼は彼なりに頑張ってくれている。私なんて、彼らに比べたら、全然その資質がない。


 だからこそ頑張ってくれている二人に甘えることもできただろう。彼らに全てを任せて、私だけ安全圏で縮こまっていた可能性もありえた。


 けれど私はそれをしなかった。いや、それができなかったのだ。


 今までずっと逃げていたことに対しての、これは結果なのだ。その結果から逃げてしまうと、次にどんな結果が待ち受けているのか想像もつかない。


「私は…私は、怖いのよ……今のこの私自身が。

 ずっと逃げ続けているこの私が。

 私が逃げると周りの人が不幸になる。今回は、私にとって本当に大事なアゲラーがその中にいるの。

 私はアゲラーを見捨てて逃げることなんてできないわ」


 私の話をよく聞いてくれ、二人で何度も死地を乗り越えてきた彼女を、今ここで失うかもしれない。秀一郎に関してもそうだ。


 彼は私の過去を知る数少ない人間の一人で、私の幼馴染。

 一緒にいろんなところへ行ったり、いろんなことをしたり。


 私と言う存在を作り上げるためには、彼らの存在が欠かせない。

 その中にはもちろん、シャガの存在も……


 私の心許ないながらもしっかりとした芯を感じたのか、ムレナの目つきが変わった。


「わかりました。では何かあったらすぐに私の元に来てください。

 いいですか? 絶対ですよ」


「えぇ、わかったわ。ありがとね」


 私は包帯が巻かれた足を引き摺りながら、もう一度、あの戦場へと向かっていく。

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