第26話: 青葉丸と疾風丸
秀一郎…ごめんなさい。
わたし—青葉丸—はなんとしてもこの状況を打開しなければならなかった。そのためには彼の力だけでは足りない。
「わたし…必ず突破してみせますっ‼︎」
自分の体を振るうと言うのは、とても違和感があったが、どちらの意識もわたしのままだったことが幸いした。
刀の体はわたしの思った場所——疾風丸の四角い鍔の先端——へと直撃する。
「どこを狙っている秀一郎!そんなところでは俺の攻撃を防ぐことはできないぞ!」
彼はわたしがなぜその場所を狙うのか知る由もないだろう。
刀の鍔と言えば、いわば要となる部分だ。この部分の破壊は、そのまま勝敗の決定打になる。
ただその分、頑丈に作られているため、わたしは剣先に更なる力を込め、それを破壊しにかかる。
「はっ‼︎……わぁ⁉︎」
ただ攻撃を受けているだけではつまらなくなったのか、駿平が防御から流しへと形を変える。わたしはその力の方向の変更に対応できず、前に倒れてしまう。
「ちっ…この鍔気に入ってたのによ……
それとお前、秀一郎じゃないな。ついに人格を乗っ取ったか」
彼の反応を見るに、鍔を傷つけること程度には攻撃が入ったらしい。このまま押していけばいずれは……
それに加え、驚くべきことに、今戦っている相手が、秀一郎ではないことを即座に判断した駿平が怖くなってしまう。
崩れた体制から一刻も早く立ちあがろうと、わたしは足に力を込める。
「誰が立たせるかよ。そのまま寝とけ化け物‼︎」
わたしは咄嗟に頭を引っ込める。すぐ数センチ上を青葉丸が通り過ぎるのを風で感じ取り、わたしは冷や汗をかく。
さっきの秀一郎の時と同じように、彼が足を使ってくるだろうと感じ、わたしはそのまま横に倒れ転がることで、その射程から抜け出す。
「ちっ……こざかしい鼠だな。てめぇの所持者は本当にずる賢いと見える。どうだ? 間違ってないだろう?」
いち早く攻撃を避けただけでこの言い草とは……
なんと言う小心者だろう。自分の思い通りにいかないとすぐ機嫌を悪くする。まるで赤ん坊のようだ。
「ふんっ…いい気味ね。あなたはわたしには勝てないわよ。どうせ、無駄な体力使ってるだけだろうから」
元が狂っている相手には、煽って冷静さを失わせるに限る。
そうすれば必ず、隙を見せてくる。その時が彼の終わり時だ。
「調子に乗りやがって……てめぇ後悔しても知らんぞ? 疾風丸‼︎」
駿平の言葉に呼応するように、疾風丸からどす黒い煙のようなものが出始める。
わたしはそれが良くないものだと感じ、さっとその場からさらに距離を置く。
駿平はその煙を吸い込む。すると彼の腕や足、顔に黒い斑点がポツポツと見え始めた。
「何を……‼︎」
わたしはわたしを構え、いつでも切り付けられるように呼吸を整える。
その間にも彼の斑点は広がっていき、各箇所に同じ絵柄の紋章を描いた。
刺青のように見えるそれは、鎌を持った死神のようにも見える。
「さて、ご丁寧に俺を待っててくれてありがとな。実にいつぶりかな。この姿を使うのは。さぁ、疾風丸。狂い咲く時間と行こうじゃないか」
すぐに攻撃が来るっ‼︎そう直感し防御を取るが、彼はその場を動くことなく、自分の鎧を中からヌンチャクのようなものを取り出した。
駿平はそれを一つの棒にまとめると、疾風丸とくっつけた。それを持つ駿平はまるで鎌を持った死神のようにも見える。
「それがあなたの本気ってわけね。いいわ。わたしが叩き割ってあげる」
正直な話、この怪物に勝てるのか?
わたしの頭にふとそんな考えがよぎる。
「いや、勝って見せる…秀一郎と一緒にわたしは冒険がしたいっ‼︎ だってわたし、まだ全然一緒にいられてないもの。
思い出も数えるほどしかないわ。わたしはこれから、旅に出るのよ‼︎
旅に出て、もっとたくさんの思い出を作りたいのっ‼︎」
一気に駆け出し、距離を詰める。鎌は持ち手が長い分射程は伸びるが、逆に、その間に隙が生まれる。
「いけるっ…‼︎」
わたしの体が彼に届くっ‼︎これなら‼︎
「ふん。一気に距離を積めに来たか。だが甘いっ‼︎」
「え…⁉︎」
突然、身体が宙に浮いた。何があったのかと周りを見るが、全てが逆さまになっているせいで何が起こっているのかわからない。
油断をしていたわけではなかった。ただ、鎌ばかりに意識を取られすぎたために、今の状況を意識するのを怠っていたのだった。
わたしは今、足を払われ、宙を舞っているのだと自覚する。ならこのまま、この勢いのままわたしを一周させて彼の元へ届けさせることができたなら、一体どれだけのダメージを負わせることができるだろう。
そう頭の中で考えてみても、体は一切動かない。その隙に、駿平が渾身の蹴りをお見舞いしてくる。
「ぐはっ……!!」
わたしはこれまで、“痛い”と言う感覚がわからなかった。わたしは、戦闘をして体を傷つけられたと言う経験がなかった。
鍔を破壊されたり、刃こぼれを起こされたりすることもなかった。
刀の状態で刃が交差しても痛みを感じない。もしかしたら、人間の、「秀一郎」の体を借りたことで、いろいろな感覚が出て来たのかもしれない。
今のわたしは、「秀一郎」なのだということを改めて実感する。
倒れてなかなか起き上がらないわたしを、彼が覗き込む。
「まさか、間合に入ればそれで終わり。とでも思っていたのか?
秀一郎の刀よ。答えよ。
なぜ其方がいる。其方たちは、このギルドと関係はないはずだ。
雇われでもしたのか?なら、奴らの倍の金を出そう。今すぐここから立ち去ってくれ」
憐れむような顔でわたしを見るな!わたしをそんな目で見ないでくれ……わたしを見るな…わたしを…みる……なっ‼︎
「——っ‼︎」
わたしは、覗き込んだ駿平の顔面を思い切りずついた。
勢いのまま起き上がり、再びわたしはわたしを手にする。
「わたしと秀一郎は、金なんかであの人たちを裏切ることはしないわ。絶対にっ‼︎」
わたしは今までやったことのない“武器破壊”をしかける。
「蒼涼空波!!」
また突進すると思っていたであろう駿平は、鎌を振り下ろし、わたしの息の根を止めにかかる。が、ずらして剣を横凪にしたわたしが、鎌の付け根に食い込んだ。
「このままっ‼︎」
わたしは力を振り絞って付け根に刃を食い込ませる。少しずつ、少しずつ食い込んでいく感覚に、わたしはさらに、力を込める。
「狙いは俺自身ではなく、武器そのものの破壊か?こんなことを狙っていたなんてな。だが無駄よ。
疾風丸はこの刃のみでも戦闘が続けられる。お前のように柄が折れたらもう戦えない、というような単なる刀とは違うのだ。
こいつの形はかまいたち。お前も、本当は切られているかもしれないな」
「何を寝ぼけたことをっ‼︎」
わたしが切られているだと? そんなわけはない。
現にわたしは、動くことができている。このまま武器を破壊して、トドメを指す。
大丈夫。わたしの意識もちゃんとある。
「はぁっ‼︎」
私はさらに刃を食い込ませる。
あと少し。あと少しで破壊できる。そう直感した瞬間の出来事だった。
「やはり甘いな。これだけで勝ちを確信か。やはり作られてからさほど時間が経っていないこともあるだろうが、思考が単純で助かる」
駿平は、持ち手を解体すると、三節棍のようにして節の一つを振り回した。
「げほっ‼︎ げほっ‼︎」
振り回した節が、ガラ空きだったわたしの鳩尾を抉った。そしてわたしは再び、地面にへばりつく。
「ほらな。お前じゃ俺に勝てない。せいぜい足掻いてみな‼︎」
わたしは口の中に溜まった血を吐きつける。
「いいえ。わたしはあなたに勝たなくてはならないの。だから、おとなしくわたしに倒されなさい‼︎」
「やなこった。そんな戯言は俺を倒してからいうんだな‼︎」
駿平が挑発しながらこちらへと迫ってくる。
「——っ‼︎こっちへ来るな〜〜〜!!!!!玄冥月夜‼︎」
わたしは倒れたまま、わたしを振り回した。身体が地面を軸にして一回転し、駿平の足に、目に見えた傷ができる。
「貴様ぁ‼︎ よくも俺に傷をつけてくれたな‼︎
いいだろう。お前の望み通り、なぶり殺してくれようか‼︎」
これで駿平の足を切り裂くことができればよかったのだが……
やはり体勢が悪かっただけに、ただ傷をつけるだけで終わったようだ。
さて、次はどんな手を打とうか。どうすればこの状況をより私にとって都合のいいものにできようか。わたしは考えを浮かべては消し、考えては消していった。
この方法ではだめだ。あの方法も使えない。
結果、わたしは唯一の希望にかけ、この技に賭ける。
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