第4話 試練
私の試練は、まずこの広大な屋敷から抜け出すことから始まった。
昨日、ジュディドさんに案内してもらったにも関わらず、私はまたもや迷った。こんな時、移動魔法というものを私も使えたならと思う。
お下がりの魔法使いのローブを羽織って屋敷の中をうろうろしていると、ベルナールに出会った。
「奈央!また迷ったの?」
「えっと、まぁそうなの」
「どこに行きたいの?」
屋敷の外に出たいとは言い難かった。
「どこだろう…お庭とか?」
「僕が連れて行ってあげるよ」
ベルナールは小さな手で私を引いて、庭まで連れて行ってくれた。
「今はネモフィラが満開なんだよ」
水色の小さなその花は、群生して庭の地面を埋め尽くしていた。
「きれいね」
「うん!奈央に気に入ってもらえて良かった」
しばらくネモフィラ畑の中をベルナールと一緒に歩く。
「このお花畑はどこまで続いているの?」
「敷地の外までだ」
ジュディドさんが突然現れた。
「どこから現れたんですか?」
「移動魔法だよ。奈央がベルナールと庭に出るのが見えてね。でも敷地の外はダメだ。おまえにとっては危ないから一人で出てはいけない」
「ジュディドさん…」
それでは大男の兄との約束が果たせない。
「ベルナール、奈央を案内したら屋敷に戻れよ」
そう言うと、ジュディドさんは移動魔法で去って行った。
「ねぇベルナール、正直に言うとね、私、お外に出てみたいんだ」
ベルナールは大きな瞳をキラキラさせた。
「それなら僕が出してあげる。昨日の演奏のお礼にね!僕も移動魔法は使えるんだ」
ベルナールに連れ出してもらっていいものか迷ったが、外に出るには手っ取り早い。
「奈央、掴まっていて」
ヒュンと落ちるような感覚の後、視界は街中に変わっていた。
街は賑わっていた。魔法使いの国らしく、歩く人はあまりいない。移動魔法で現れては消える人々。散歩なのだろう、空をゆったりと飛んでいる人もいる。屋台や生活雑貨の店がずらりと並び、人の行き来が多い。
「すごい!ベルナール!」
自分の魔法を見せつけることができたベルナールは誇るような顔をした。
「奈央、街を歩こう」
「うん」
ペペロンの店は繁華街の外れにあるはずだ。ピッコロを扱っているということは楽器屋なのだろう。看板の文字は読めない。けれども大男の兄には一人で手に入れろと言われている。ベルナールに協力を仰ぐわけにはいかない。もどかしさが込み上げる。
「ベルナール、あのね」
「うん?」
「私、お兄さんとの約束で一人で行かなければならない場所があるの」
「兄さん?一番上の?…ふぅん。そうすると僕はついて行かないほうが良さそうだね」
「ごめんね」
「奈央を一人にするのは心配だけど、いざとなったら楽士の仕事を思い出して」
小さな[[rb:騎士> ナイト]]はそう言うと移動魔法でスッと消えていった。
街中を一人で散策する。エミルさんに譲ってもらったローブを羽織っているので、見た目は魔法使いのように見えるはずだ。街は広く、この大通りの他にもたくさんの小道が点在していた。果たしてペペロンの店を見つけ出せるだろうか。試しにその辺のお店で聞いてみた。
「すみません」
「はいよ」
「ペペロンの店を探しているんですが、どこにありますか?」
「ペペロンの?」
店主は眉を寄せて怪訝な顔をした。
「あのガラクタ店に用とは余程の物好きか、誰かに命令されたか」
「ええと、まぁ、自分で用があるんです」
「ふぅん。まあいいさ。止めもしないが勧めもしないよ。隣の道をまっすぐ行ったところの右手にあるよ。しかし、ねぇちゃん」
「はい」
「知ってるとは思うが隣の通りはゴロつきが多い、気をつけるんだな」
そうなのか。あの大男め、何ていう場所を指定するんだ。
「わかりました。情報をありがとうございます」
一本隔てたその道は、大通りとは違いどの店も閉められていた。どうやら夜に営業するお店らしい。通りは閑散として、時々黒服の男達が移動魔法で通り過ぎていく程度だ。
このくらいの道ならば直ぐにペペロンの店まで辿り着けそうだ。そう思った瞬間だった。
「このアマァ!足元見やがって!」
私と同じくらいの歳の少女が黒服に追いかけられている。数人はいるだろうか。
「捕まられるものなら捕まえてみな!私を誰だと思っている」
少女は移動魔法も使わず、俊足で走り抜く。何だ何だと人が集まり始めた。少女が私の横を通り過ぎた時、私の羽織っていたマントがめくれ上がった。
と、よく見ると、魔法で小さくなった彼女が私のマントの中に隠れているではないか。
「ごめんね。私はカレン。しばらくここに居させて」
カレンは内ポケットの中でこう囁いた。
「居るのは構わないけれど、あの男達から逃げ切れるの?」
私も囁く。
「大丈夫」
カレンはウインクをしてポケットの中に潜り込んだ。
「おいっ、そこの女!おまえくらいの歳の女がこの辺りを通ったはずだ、見ていないか?」
「知りません」
「ふん、そうか」
「兄貴、その女のマントの中、改めた方がよろしいんじゃ?」
もう一人の黒服がとんでもないことを言い出す。
「レディの服を剥ごうなんて、紳士のする考えじゃないわよ!」
私は思わず叫んだ。
「いいからそのマントを貸せっ!」
無理やり剥ぎ取られそうになったその時、私は思わず店先に並べれていた小枝らしきもので男の顔を叩いた。
小枝はサングラスに当たって、何とも言えない聞き慣れた良い音がした。そう、チューニングの時のシ♭だ。
私はもう一度別の男のサングラスを叩いた。この男もマントを剥ぎ取ろうとしたからだ。今度はミ♭の音がした。
「ね、カレン、この小枝は魔法がかかってるの?」
「うーん?あなたのために武器に変える魔法をかけたんだけど、武器の割にさっきからいい音ばかりするわね」
私のためにかけられた魔法。それならきっと。
私は小枝で近くに転がっていたドラム缶を叩いた。途端にそれは楽器に変わった。リズムをとってドラム缶を叩く。突然の演奏に黒服達は呆気に取られていた。
「こ、こいつ、楽士か!?」
「そう、私は楽士。演奏で人を集めるわよ!」
そう叫ぶと先ほどの小枝はリコーダーに変わった。
リコーダーでメロディを演奏する。人々が集まり始めた。黒服達は逃げ場を失う。
「おい、ねぇちゃん、その笛で景気のいい曲を吹いてくれよ」
しわしわのお爺さんが言った。
見るとリコーダーはいつの間にかピッコロに変わっていた。ピッコロは鳥の音のような明るく元気な音を出した。本物の鳥達もつられて集まってきた。
黒服達はカレンを捕まえることを諦めて帰って言ったようだ。これだけ賑やかでは目立つだろう。
一通り吹き終えて拍手をもらうと、私はカレンをポケットからそっと出した。地面に降り立ったカレンは元の大きさに戻った。カレンは私より背が高い。歳ももしかしたら上かもしれない。
「あなた、ペペロンの笛をよく手に入れたわね」
カレンが言った。
「ペペロンの笛?これが?」
「ペペロンの笛は変幻自在の楽器なの。吹きこなすにも楽器が持ち主を選ぶっていうけど、あなたはできるみたい。さすが楽士ね」
「ではペペロンの店は?」
「わしの店のことかな?」
さっきのお爺さんがニコリと笑った。
「うちの楽器は初めはただのガラクタなんだ。その笛はおまえさんしか吹けんだろう。おまえさんには良いものを聴かせてもらった。是非持っていってくれ。」
私は小枝に姿を戻したペペロンの笛を見つめた。
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