第20話 疑惑

 翌日、二重奏の練習の合間に、奈央は悠人に昨日発見した「魔法使いの扉」についての報告をした。

「えっ、火葬場の扉が?」

「はい、たぶん、あれが『魔法使いの扉』なんじゃないかと」

「しかしジュディさんもベルくんも魔法は感じないと言ったんだろう?」

「そうなんです。二人とも魔力は強い方らしいから、感じないのはちょっとおかしいとも思うんですけど」

「疑いたくはないけれど…ベルくんはともかく、ジュディさんは君を帰したくなくて何の変哲もない扉のフリをしていたなんてことはないよね?」

「まさか」

 まさかそんなはずはない。ジュディは精一杯、私に協力してくれている。奈央はそう思い返した。

「それなら魔法省が本気で扉を隠そうとしているのかもしれないな。そもそも三井千尋さんの原著だって、たまたま僕が見つけたけど、ジュディさんが見つけられなかったこと自体がおかしいんだ。強い魔力の持ち主なのに」

 確かにその通りなのだ。ジュディが見逃すはずがない。見逃すはずはないのだが…。

「魔法使いには見つけられない魔法がかけられているということ?」

 奈央はそう聞いてみた。

「うーん、そうかもしれない」

 それでは魔法なしの自分達にはなぜ見つけられたのか。

「でも魔法使いには見つけれないのなら、魔法なしの私たちにはむしろ有利ということかしら。先輩が原著を見つけたように」

「あの時は不思議だったんだ。あの本だけ薄く光を放っていて」

「まるで見つけてくれと言わんばかりですね」

「そうなんだ。本に呼ばれたような気がするよ」

「そうなんですね。ともかく、あとは扉の開ける方法を魔法祭までに何としても見つけないと」

「そうだな。僕も昨日、原著のコピーを持ち帰って眺めていたけれど、肝心な部分が汚れで読めないんだ」

「あの原著についてはベルナールにお願いして解読しようと思っているんです。週末に会う約束をしているの」

「僕はもう一度火葬場に行って、何か見つけられないか探してくるね」

「はい、お願いします」

 二人で相談しているとビルアーニャの大きな声が聞こえてきた。

「おおーい、休憩は終わりだ!合奏を始めるぞ!」

 ビルが号令をかける。


 今日の合奏は魔法祭当日に演奏する数曲を練習した。祝賀の歌と墓地に向けた鎮魂歌も入っている。

「いいか!音楽は魂だ!魂に響く演奏ができれば、聴くものに訴えかけることができる!心の扉を開くことができる!」

 ビルが大きく手を振りながら、悦に行った口調で熱弁する。

「おまえさんたちは演奏のレベルはプロとして十分だ。だが心に訴えかけると言う点で、まだ皆んなの心が一つになっていない。そこでだ」

 皆んながビルの方を向く。

「今度の休みに皆んなで集まってバーベキューパーティをやろうじゃないか!最近はいい日和だしな!」

 ガハハハとビルが笑う。結局それがやりたいだけでしょと誰かが笑った。

「皆んな、家族や友人をどんどん連れてこいよ!あとで誰が何を持ってくるか決めるからな。じゃ、今日の練習は終わり!解散!」

 終業後はバーベキューパーティの話題で持ちきりだった。

「奈央ちゃんも悠人くんも来るでしょう?」

 チューバパートの魔法使いが聞いた。

「二人は若いんだから、たくさん食べろよ!」

 トロンボーンの魔法使いも声をかける。

「はい。楽しみにしています」

 二人は笑顔で答えた。

 楽隊の団員は皆、魔法使いである。奈央たちのように魔法なしは珍しいが、それで虐げられたりいじめられたりはしない。ここの連中は音楽にしか興味がなく、魔法ができるかどうかは問題ではないようである。実際、魔法学校では落第だった者が、得意の音楽で生計を立てていたりもする。

 監督兼指揮者のビルアーニャは二人が魔法なしであることを知っていたが、それで差別されることは一切なかった。むしろ応援されていた。

「音楽は虐げられた者の悲しみを吸収して昇華される。おまえたちは練習に励むのみだ」

 ビルはそう言った。

 音楽さえできれば認めてもらえるこの場所が、奈央も悠人も居心地が良く気に入っていた。

 

 週末、奈央はジュディドの屋敷に来ていた。今日は大男の兄が不在だということで招かれたのだ。ベルナールもいる。

「奈央は紅茶でいいかしら?」

 エミルが接待する。

「ありがとうございます。手伝います」

「あら、いいのよ。奈央たちは古文書の解読に忙しいでしょう?私に手伝えることがあったら言って頂戴」

 そう言うと、邪魔にならないようにと気を遣って、部屋を出て行った。

「ベル、ここの箇所は何て読める?」

「うん、えっとね」

 ベルナールが翻訳魔法と予測変換魔法を駆使して読み上げる。

「『……今日、私は街の共同墓地に行った。この丘には私の愛する伴侶が眠っている…』」

「三井千尋さんは結婚されていたのね。」

「そのようだな」

「『……私の伴侶は音楽が好きだった。だから私はここに来るたびに歌を捧げた。歌は風のにって天国の伴侶の元へ届くだろう。色々な歌を歌った。鎮魂歌だけではなく、伴侶が好きだった私の故郷の歌も歌ってあげた。……私はこの世界に来て50年を過ごそうとしている。今更帰っても、故郷には私の居場所はないのかもしれない。子供のできなかった私たち夫婦は、二人で過ごすこの世界の時間を大切にした。しかしその伴侶も亡くなった。私は故郷への想いが再熱した』」

 ベルナールが静かに音読するのを奈央は聞き入った。

「三井さんは長い時間をこの国で過ごしたのね」

 奈央のその言葉に、ジュディドは顔を歪めた。

「そうだな」

 そっけなく簡単にそう答えた。奈央もこれほど長い時間、自分と過ごしてくれるだろうかと考えながら。

「『……私は故郷への想いが再熱した。もう5年も故郷へ帰る方法を探し続けた。そこでようやく見つけたのが三つの道だった。魔力溜まりの泉、竜の根城、そして魔法使いの扉。私が通れそうなのは魔法使いの扉だけだ。だがその開け方がわからない。魔法使いの扉は特別な日、特別な場所、特別な方法でしか開くことができない。特別な日と特別な場所は見当がついた。伴侶のおかげだ。伴侶が亡くなった日、私は偶然にそれを見つけた。伴侶が私に帰ってもいいよと背中を押したのだろうか。あとは方法だけだ。故郷の景色が私を強く誘う。戻ってこいと』」

「これほど故郷に執着するのは伴侶がいなくなった寂しさからなのか…」

 ジュディドが眉間を寄せながら呟いた。

「きっとそれもあるんでしょね。伴侶のいない世界にいても仕方ない、と。でも、元々住んでいた世界にもう一度帰りたくなったんじゃないかしら。たとえもう家族はいなかったとしても」

「おまえにはその気持ちがわかるのかい?」

 心配そうに聞く。

「ううん。想像」

「そうか」

 ジュディドはほっとため息をつくと、ベルナールを抱えた。ベルナールが眠そうに船を漕いでいたからだ。

「ベル、魔力を使いすぎただろう。今日はここまでにしよう」

 そう言うと膝に抱いて眠らせようとした。ベルナールは眠い目をこすりながら、

「奈央おねえちゃん…」

 と言って、奈央の膝に登り、そのまま眠ってしまった。

「おねえちゃん、ここにいて…」

 ベルナールの懇願はジュディドの奈央へのそれと同じだった。

 小さな天使のお願いに奈央は胸が熱くなった。そして可愛い頭を撫でて、耳元で囁いた。

「私はここにいるよ」

 奈央は天使を抱いたまま、先ほどベルナールが解読してくれた文章をノートに書き写した。

 ジュディドは奈央のその言葉が自分に向けられたものであるかのように錯覚して、胸が切なくなった。

 

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