第19話 墓地
奈央たち一行は、魔法省の裏手にある共同墓地に来ていた。
「私とベルナール、それにエミル姉さんと長兄の両親は、この墓地に眠っているんだ。」
ジュディドは説明した。
「二人とも不幸な事故に巻き込まれてね。そこで命を落としてしまった。今はこの墓地から我々兄弟を見守ってくれているよ」
ジュディドは両親の墓を案内した。
「ここだ」
「お父さん!お母さん!」
ベルナールが墓に駆け寄る。
兄弟の両親の墓は、共同墓地の一番上に位置していた。だから辿り着くまでに緩やかな丘をずいぶん登った。墓石には両親らしき人の像が彫られている。それはジュディドにもベルナールにも似た彫刻だった。
ベルナールが両膝を地面について、両手を組んで俯く。哀悼の姿勢なのだろう。ジュディドもそれに従う。奈央と悠人は顔を見合わせたが、やはり同じように従った。
共同墓地の丘は見渡す限りシロツメクサが咲いていた。クローバーに埋もれる形で多くの墓が点在している。
丘の下の方から虹色に変わる煙がもくもくと立ち昇っていた。しばらくすると煙は白く細くなった。よく見ると何かの施設があるようで、その煙突から煙が昇っているらしい。
「あれはなあに?」
奈央がジュディドに聞いた。
「あそこは火葬場だ。火葬された亡骸が煙となって昇っているんだよ」
「火葬場…」
「火葬場はね、毎日休まず営業している。亡くなる人は時間を選べないからね。だから一年中、あの煙は昇るんだ。たった一日を除いて」
「たった一日を除いて?」
「ああ、魔法祭の日だけは火葬しないんだ。国一番の祝日だから。魔法祭では鎮魂歌も演奏されるよ。この丘の墓地のために」
「そう」
奈央は消えていく煙の方向を何となく眺めながら言った。
お参りを済ませると、奈央たちは丘を下った。先程の火葬場の横を通る。火葬場の門は開けっ放しにされ、お骨や遺影を掲げた人々がぽつりぽつりと出てきた。
「ここの扉は年中開きっぱなしだな」
ジュディドが門を見て言った。
一日を除いて休むことなく営まれ続ける場所。
「門扉が開け放たれたままでは『扉を開ける』ことはできないわね」
奈央も何となしに門を見る。見た目は重厚だが、経年劣化していた。重量もありそうだ。いちいち閉めるのも大変だろう。
「さあ、行こう」
ジュディドがベルナールの手を引いて丘を下る。一行は街に出る道に向かった。
街中のレストランで食事を済ませると、ジュディドは買ってきた紙に午前中に記録魔法で記憶した三井千尋の原著を写した。
「私には日本語が分からないから、文字を記号のようにしてしか写せなかったが。これでいいか?」
書き写された原著は資料室にあった通り、水濡れの跡や汚れも丁寧に再現されていた。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
奈央と悠人は同時にお礼を言った。
「これ、コピーして三部作れますか?」
「お安いご用」
ジュディドは魔法で白紙の紙に残り二部を転写した。
「『その日は年に一度しか訪れない。何年も失敗し続けたが、今年も挑戦するつもりだ。国中の人が集まるその日、国が隠した魔法使いの扉は姿を現し開かれるのを待つ。ただしひっそりと、誰にも気づかれないように』
このあたりは図書館の本と同じですね」
悠人は自分の記憶を辿りながら原著と照らし合わせた。
「その続きが読めそうで読めないわ」
奈央が文字を凝視しながらため息をつく。
「えっと、『この扉を開…には…特別…場所である……で』
抜け落ちている文字がわかればなぁ」
「その続きが『……地の………扉は、この日だけ……るのだ』」
「結局、どこか分からないな」
奈央と悠人の会話を聞きながら、ジュディドも翻訳魔法で手をかざしながら虫食いの文字を読んでみた。
「翻訳魔法を使っても、やはり水濡れや汚れの箇所は文字が変換されないな」
「そう…」
「いったん、この原著は持ち帰ってじっくり見てみようと思います」
悠人はそう言うと、自分の分の飲食代を置いて立ち上がり、帰って行った。
奈央とジュディドは引き続き虫食いの文字と格闘する。そんな様子を見ていたベルナールが
「僕、これ読めるよ」
と、唐突に言い出した。
「えっ?読めるって?」
ジュディドが驚く。
「この部分。『この扉を開くには、特別な場所であるあの丘で』かな?」
「すごい!どうして分かったの?」
奈央も驚く。
「予測変換魔法だよ。予測だから絶対にこの通りとは限らないけど…」
と、ベルナール。
「ベルは一家の中で一番、魔力が強いからな」
ジュディドは誇らしげにベルナールを見る。
「この次はわかる?」
「えっとね、『墓地の………扉は、この日だけ開かれるのだ』
予測変換できない箇所があるなぁ。ごめんね」
「でもすごい!扉は墓地にあるのね」
「しかしどこの墓地だろうか。さっき訪れた丘の共同墓地に扉はないし」
「火葬場の扉とかは?」
「しかしあそこは解放しっぱなしで閉じられることがない。閉じなければ扉を開くことはできないだろう?」
「そうだけど…あっ!」
奈央が突然に叫んだ。
「祝日は?」
「祝日?」
「そうよ。魔法祭の日は火葬場はお休みでしょう?門扉は閉められるんじゃないかしら」
しばらく考え込んでから
「そうかもしれないな」
ジュディドは賛成した。
三人は火葬場の入り口に戻った。門扉はやはり開け放たれていた。扉の見た目は三井千尋の本にある通りで、重厚で所々に錆があった。
「しかしこの扉からは魔力を感じない」
ジュディドが首を傾げる。
「どういうことだ?」
「これはただの扉だよ」
ベルナールが言う。
「ベルもそう思うかい」
ジュディドが聞く。
「うん。でももしかしたら特別な日だけ魔力が発動されるのかもしれない」
「魔法祭のことか」
「うん。魔法省が扉を隠すには『毎日開かれていて』『特別な日にしか閉まらなくて』『いつもは魔力を封じられている』のは絶好の条件だと思うなぁ」
「ベル、すごい!」
奈央はベルナールに飛びついた。エヘヘという顔をして照れたベルナールが奈央にハグを返す。
「しかし魔法省はどうやって魔力を封じているのだろう」
「うーん、扉を開きっぱなしにすることで、魔力を流しているのかもしれない。僕たちが気づかない程度に少しずつ」
「なるほど」
ジュディドは門扉を触って、魔力が流れていないか確かめたが、分からなかった。
「これでおそらく扉の正体は分かったけれど、肝心の扉を開ける方法がまだ分からないわね。『特別な日』は魔法祭の日、『特別な場所』は火葬場、じゃあ『特別な方法』は……?」
奈央が腕を組む。
「そうだな、まだまだ謎は深い。調べるべきことはたくさんある」
「私もジュディが書き写してくれた三井さんの原著をじっくり見てみるね。悠人先輩には扉が墓地の火葬場の門かもしれないことを明日伝えないと」
「ああ、そうしてくれ。私も引き続きツテを辿るよ」
門扉から手を離してジュディドはそう答えた。
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