第18話 扉を探して魔法省へ
「なあ奈央。お願いしたいことがあるんだが」
「うん、なあに?」
「おまえの髪の毛を分けてくれないか?」
「髪?かまわないけれど」
「ありがとう」
そう言うとジュディドは奈央の前髪を一房、根本からそっと抜いた。痛くないように魔法をかけて。
「どうするのそれ?」
「私の御守りさ」
ジュディドは小さく束ねた奈央の髪の毛をタイピンに変化させ、ローブの内ポケットに差して仕舞った。
「おそろいね」
奈央が微笑む。
「ああ」
ジュディドも微笑んだ。
「なぁ、奈央は髪の毛を贈る意味を知っているか?」
「考えたこともなかった」
「『君のそばにいさせて』」
そう言うと同時に、ジュディドは奈央を引き寄せて前髪に優しくキスをした。先ほど一房抜いた場所を愛おしむように。奈央は真っ赤になって言葉が出なかった。
「私をお前のそばに居させてくれるだろう?ずっと」
ジュディドのその言葉には、元に世界に帰ってほしくないという本音が隠されていた。
「うん。私もジュディにずっとそばにいてほしい。だから」
「だから?」
「ジュディのそばにいることができて、でも元の世界にも行き来できる方法を探したい」
「そうか」
そんな都合の良い方法があるだろうか……。奈央がこの国に突然やって来たのは異例のことだし、奈央がこの国に留まるのも異例のことだ。その上、例え帰る方法が見つかったとしても、元の国との自由な出入りをこの国は許可するだろうか。
魔力溜まりの泉や竜の根城が示すように、繋がる道はあってもその道は塞がれている。龍の根城で魔法使いが弾かれるのは、国が交通整備で道路封鎖をしているようなものだとジュディドは感じていた。
異世界の者がやって来たり、異世界の風景を見せたり。道が通じれば向こう側に渡ってみたくなる魔法使いは必ずいるだろう。それも一人二人ではなく。
「ああ、そうだな。良い方法が見つかるといいな」
けれどもジュディドはそう答えた。奈央を元気付けるために。
その週末、奈央とジュディド、悠人は魔法省の庁内見学に赴いた。魔法使いの扉か、あるいはその手がかりを探すためだ。面白そうだから僕も行きたいとベルナールがねだったので、彼も連れて行くことにした。
「魔法省と言っても、ジュディは毎日ここで働いているでしょう?今更、何か目ぼしいものはある?」
奈央が尋ねた。
「『国が隠した魔法使いの扉』と三井さんは記していたくらいだから、魔法省は扉を隠していて、表に見える場所では何も見つけられないかもしれないですね」
と、悠人。
「確かに私が働いている限りで目ぼしい扉はないな。だが悠人の言うように表に見えない場所に隠されているのかもしれない。それとももしかしたら一見、何の変哲もない扉に見せかけて隠しているのかもしれない。
魔法省の庁舎は一般公開されているから、立入禁止区域以外は見て回ることができる。今日はそこを調べよう」
ジュディドが言う。
「立入禁止区域の方が気になりますね」
「そこは関係者しか入れないから、内部の人間に協力してもらっていつか折を見て私が回ってくるよ」
そう言ってジュディドは庁舎に入っていく。他の三人もそれに続いた。
初めて見る魔法省の庁舎は重厚な西洋建築だった。だが、古びていて庁内は薄暗かった。中は迷路のように廊下が行き交っている。
「こうしてよくよく見ると、扉ってたくさんあるのね。ここにも、あそこにも」
「こっちの扉はどうですか?伝記にあるように重厚で少し錆びている」
「うん……いや、これらは全て実用の扉だな。扉から魔力のようなものも感じない」
ジュディドは奈央と悠人が扉を見つけるたびに、魔法がかかっていないか一つ一つ丁寧に検証した。その様子をベルナールは面白そうに眺めていた。そのうち自分も手伝うと、魔力を放つ扉を探し始めた。
そうこうしているうちに、一行は一通り回り終えてしまった。
どうやら魔法使いの扉は見つかりそうにない。
「扉ばかりに囚われないで、何かヒントになりそうな資料もついでに探そう」
悠人がそう提案したので奈央は案内板を探したが、入口から随分奥の方に来てしまっていたので見つけられなかった。
「とりあえず進もうか」
四人は手がかりを探しながら奥へと進んだ。
庁舎の一番奥まで進むと資料室があった。奈央達は読めなかったが「資料室」と木の板に書かれたドアは少し開かれており、中から薄明かりが差していた。
奈央は気になってその扉を開けた。奈央について来たベルナールも扉をくぐる。
中はたくさんの図書と展示用の資料が並んでいた。部屋の中央にはこの街の大きなジオラマが配置されている。
「すごい資料の山……この本の中に魔法使いの扉に関する著書はないかしら?」
後からやって来たジュディドと悠人も部屋の中を見回した。
「政治や議会、各街の予算、地域振興……、国の運営に関する原案資料ばかりだ。没になったものを放り込んでいるのだろう。だが魔法使いの扉に関するものはなさそうだ」
ジュディドが資料を手に取って言った。
「そう、残念。ところでジュディはこの部屋に来たことある?」
「いや、初めてだよ。普段、我々魔法部は実地訓練をしていて、座り仕事はあまりないからな。外に出ていることが多いんだ」
「そうなのね。そうしたら魔法省が魔法使いに内緒で秘密の場所に秘密の資料を隠していても気づかないわね」
「そうだなぁ。透視魔法で見た限りではそんなものなさそうだが…」
「ジュディすら見過ごす魔法ってあるのかしら。そういう魔法がかかっていて見えていないだけだとしたら?」
「そうしたら私はお手上げだな」
ジュディドが両手を顔の横に上げて「降参」のポーズをとった。
「すみません、これ」
そこで悠人が会話に入った。
「この本、日本語に見えませんか?かなりの走り書きで読みにくいし、字も薄れてボロボロですが」
悠人が見つけた資料は水害にあったのか水濡れの跡や汚れが目立つ、自筆の資料だった。
「ところどころ読める箇所から想像するに、三井千尋さんの伝記のようね」
「よく見つけたな。この本は透視魔法に引っ掛からなかった。奈央の言う通りだ」
「どうやって見つけたの」
「たまたま。この本が光っているように感じて、惹かれたんだ」
「本に呼ばれたのかしら」
「でもこれだけボロボロだと読めませんね」
悠人が落胆する。
「これが原作の原稿だったら、発禁処分になった箇所が読めたかもしれないのに」
「とりあえずこの本は記録魔法で私の記憶にコピーしておこう」
そう言ってジュディドは本を注視した。写真に撮るように脳に刻んでいるのだとか。
「ね、奈央!このジオラマ面白いよ!僕たちの街が一望できる!」
大きなジオラマに興味を持ってはしゃいだベルナールが、奈央をジオラマの前に引っ張った。
「ここが魔法省でしょ、その向こうが議会図書館。あっちが奈央の勤めている音楽庁舎。僕たちの家はこっちで、奈央の家はここ!」
「へえ、この街はこんな風になっているのか」
悠人が感心する。
「あら、この丘はなに?」
奈央が指さした丘は魔法省の隣にあり、大きな森林公園と一体化していた。かなり広い土地だ。
「そこは国営の共同墓地だな。この近くだよ。ちょうど魔法省の裏手だ」
ジュディドがジオラマを指して説明する。
墓地は小高い山の手にあり、街を見下ろすように配置されていた。
「私たちの国では亡くなった人は私たちを見守っていてくれると考えているんだ。だから街の一番小高い丘の上に墓地ができるんだよ」
「へえ、そんな風習があるのね」
「ジュディ…」
ベルナールがジュディドを見上げながら兄の手を引いた。
「なんだ、ベル?」
「僕、お父さんとお母さんに会いに行きたい」
ベルナールの唐突な発言に奈央と悠人は真意をはかりかねた。しかしそれに対し
「ああ、それなら寄って行こうか」
とジュディドは答えたのだった。
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