第17話 100年前の来訪者
魔法祭で魔法使いの扉が開くかもしれないことを悠人に伝えると、悠人は100年前の日本人の伝記を取り出した。図書館でコピーを取ったのだ。本当は原本を借りたかったのだが、郷土資料は持ち出せなかったので写しを取っておいたのだった。
「これ、もう一部コピーしたからあげるよ」
「ありがとうございます」
「ここ読んてみて」
「えっと、『魔法使いの扉は特別な日、特別な場所、特別な方法でしか開かない。魔力溜まりの泉と竜の根城で帰還に失敗した私は、最後の望みである魔法使いの扉に賭けた。』
特別な日、特別な場所、特別な方法。特別な日とは魔法祭のことですね。あとはどういう意味かしら」
「『その日は年に一度しか訪れない。何年も失敗し続けたが、今年も挑戦するつもりだ。国中の人が集まるその日、国が隠した魔法使いの扉は姿を現し開かれるのを待つ。ただしひっそりと、誰にも気づかれないように』」
「国が隠したってどういうことでしょうか。秘密の扉だから?」
「さぁ。それについては詳しく書かれていないね。…この伝記を書いた人は三井千尋さんというみたいだ。男性か女性かはわからないけれど」
「結局、この三井千尋さんという人は日本に帰れたのでしょうか?」
「どうだろう、この本はそのことについても言及されていない」
「悠人先輩、私、家でこの本をじっくり読んでみますね」
奈央は下宿に伝記の写しを持ち帰り、ベットにうつ伏せになってコピー用紙を広げた。
『……国中の人が集まるその日、国が保管する魔法使いの扉は姿を現し開かれるのを待つ。ただしひっそりと、誰にも気づかれないように。
私は魔法使いの扉がある場所に乗り込んだ。友人の魔法使いと共に。扉は古びてところどころ錆びていたが、重厚な作りをしている。
魔法使いの扉というからには魔法使いしか開けられないのだろう、そう思い込んでいた私は、今年も友人に頼んで扉を開ける魔法を何種類も試してもらった。だがだめだった。開かない。
開かない扉は景色を映し出した。懐かしい日本の風景だ。故郷の山や川、集落が見える。それは友人にも見えていたようで、私の心が作り出した幻影ではないようだ』
魔法使いの扉を開けようと奮闘する三井千尋の姿が描かれていた。だが肝心の開け方については記述がない。なぜだろう。三井は結局、扉を開けられなかったのだろうか。
『扉の景色は次第に薄れていった。友人はそれを止めようと魔法を飛ばす。だが扉は待ってはくれなかった。私は遠のく故郷を惨めな気持ちで眺めた。思わずに故郷の歌が口をついて出た』
じっくりと伝記を読んでいると、約束の時間にジュディドが訪ねてきた。
「奈央?」
「ジュディ。今ね、三井千尋さんという日本人の伝記を読んでいたの。この人も日本に帰る方法を探していたみたい」
「伝記?……これは日本語か?珍しい文字だ。込み入った文字と丸い簡単な文字が混在している」
「それは漢字とひらがなよ」
「ふうん」
そう言うとジュディドは伝記に手をかざした。手元がぽうっと明るく照らされる。照らし出された部分の日本語はこの国の文字に変換された。翻訳魔法だろう。
「大丈夫。元の文字に手を加えたりはしないから」
「うん」
昨日、ジュディドが読んでくれた貸出図書は、どれも知っている情報しか載っていなかった。だがこの本は違う。実際に体験したことのある人間が書いているのだ。これほど貴重な資料はない。
ジュディドも食い入るように読み進める。そしてある点に気づいた。
「この三井という人物は己の世界への帰り方を見つけたようだな」
「え、どうしてそう思うの?」
「『魔法使いの扉というからには魔法使いしか開けられないのだろう、そう思い込んでいた私は』とあるだろう?『思い込んでいた』と過去形で記されている。ということは、この本を書いている時点では魔法使いしか開けられないとは考えていないということだ。つまりおそらくだが魔法なしの三井でも開けられることを発見したのだろう。
加えて言えば、我々が持ち合わせている情報によると、むしろ魔法使いでは開けられない扉だ。もしかしたら魔法なしでないと開けられないのかもしれない」
「なるほど。それなら私にも開けられるということかしら。でもなぜその方法を具体的に記さなかったのだろう。私達はそれを知りたいのに」
「そうだなぁ。魔法省がその部分を発禁処分にしたのかもしれない。そもそも日本語で出版するという時点で異例のことだろう。だが文化的財産価値を見出したんだろうな。出版することは許した。都合の悪い箇所は伏せてね」
「魔法省はどうして魔法使いの扉を隠そうとするの?」
「魔法使いの扉が開かれれば誰もが簡単に奈央達の世界に行ける。逆も然りだ。人口の流出入を防ぎたいのではないだろうか。現に魔法使いがお前の世界に現れたら大騒ぎだろう?」
「でも……」
でも、と言いかけて奈央はそこで戸惑った。魔法使いにとって魔法が使えない人類がいる世界は、簡単に征服できるおいしい場所なのではないかと聞きかけたが、止めておいた。
ジュディドは奈央の考えていることを汲み取ったようで、
「簡単には征服できないさ。魔法のレベルは人それぞれ。修練を積んでいない魔法使いはそれ相応の魔法しか使えないからね。音楽と一緒だよ。練習しなければ上手くならない。いくら素質があっても」
「そう」
素質があっても練習しなければ上手くはならない。音楽に例えられたことで、奈央はジュディドの魔法が身近なものに感じられた。
「ところでジュディ、魔法祭で魔法使いの扉が開くって言うけど、どういう意味なのかしら」
「魔法祭は国中の人間が集まる。そうなればどこかに潜んでいる魔法なしも祭に参加するかもしれない。だから扉が開くチャンスができるということではないのかな。」
「そういうこと!」
「今、魔法省のツテを辿って魔法使いの扉について調べている。奈央達も調査を続行しなさい。何か分かったことがあれば共有しよう」
「うん、ありがとう」
今日だけでも魔法使いの扉について随分進展した。やはりこういうことは人数を割いて地道に調べるしかないのだろう。エミルさんやカレンにも聞いてみようかと奈央は考えた。
「それにしても今年の魔法祭まで時間がないわ。それまでに扉を探し当てることも扉を開く方法も見つけられるかしら。私、練習もあるのに」
「練習?何の?」
「悠人先輩と二重奏をする予定なの」
「ああ、今日の魔法砲は奈央達のことだったのか」
「魔法砲?」
「魔法砲というのは魔法使いの伝達手段の一つで、情報を砲弾にして空に放つと20キロ圏内の特定の人に伝わるんだ。で、今日はビルアーニャが魔法砲で二重奏の宣伝をしまくっていたのさ。誰が出演するかまでは情報がなかったが」
「監督ってば気が早い。二重奏、今日打診されたばかりなのよ。あっ、そういえば私、魔法使いの扉のことに夢中で悠人先輩に二重奏のお誘いがあったこと伝え忘れてた」
「明日出勤したら伝えればいいさ」
「それもそうね。魔法使いの扉のことと合わせて報告するね」
ああ、と言ってジュディドは奈央のそばに寄った。そして頭を撫でで言った。
「しかし羨ましいな。奈央も悠人も音楽が得意で」
奈央の髪の毛を掬う。これが欲しいというかのような手つきで。
「誰にでも得意不得意はあるでしょう?」
「そうだな。カレンなんかはオールマイティな魔法使いなんだが、私は音楽はてんでダメで。楽譜を見ているとオタマジャクシに見えてくるんだ。だから学生の頃も及第点を取るのに精一杯だったんだよ」
ジュディドは苦笑いした。
「ジュディに苦手なものがある方が似合わないわ。ジュディって何でもできちゃいそうなのに」
奈央はクスリと悪戯っぽく笑った。
「苦手なものくらいいくらでもあるさ。音楽だろ、兄さんだろ、昔は恋愛も苦手だった。それから悠人もいけ好かん」
「ジュディも人間味があるのね」
「そりゃそうだよ。私は奈央に嫌われるのを世界一恐れる、か弱い魔法使いさ」
そういうとジュディドは奈央を抱き寄せ、愛しい髪に唇を落とした。
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