第16話 魔法使いの扉
それからしばらく経って、悠人は宣言通りジュディドの屋敷を出た。就職先を見つけたからだ。奈央と同じ魔法省の楽隊である。
「これから頑張って」
エミルは握手をしながらそうはなむけた。
「弟と同じ顔の客人とも会えなくなるのは寂しいな」
長兄の大男の兄も昨日の悠人の送別会に出席して別れを惜しんだ。
「お兄ちゃん、また演奏聴かせてね」
ベルナールは一緒に暮らして里心がついたようで親しげだ。
ただ一人、ジュディドだけが話しかけられずにいた。
「ジュディドさん、お世話になりました」
「ん、ああ。気にせずともよい。また機会があればいつでも泊まりにくるがいいさ」
「ありがとうございます」
「ジュディドさんにお聞きしたいことがあるのですが、元の世界に繋がる道は魔力溜まりの泉以外にはないのでしょうか?」
「そうだな。一度遠征先で竜の根城を見つけたが、そこにある洞穴も通じていたな。ただ、お前のみで竜の根城に行くのは難しいし危険だ」
「そうですか……」
「気落ちするな。私も他の道を探しているところだ。見つかれば教えてやる」
「よろしくお願いします」
屋敷の者たちに送り出された悠人は、それでも諦めきれずその足で街の図書館に向かった。
悠人は図書館に行く前に奈央の下宿に寄った。一緒に図書館で調べ物をしようと誘うためだ。
「奈央さん、図書館に行かないか?」
「図書館?」
「そう。元の世界と繋がる道の手がかりが何かあるんじゃないかと思って」
「魔力溜まりの泉と竜の根城がそうなんじゃないの?」
「その二つはどちらも僕らにとっては危険で手出しができない」
「でも他に道はあるかしら」
「それを調べるんだ。闇雲に探しても見つからないだろうし」
「そうね。でも私達、この国の言葉は読めないと思うけど…」
「そうだね。でも映像とか音源とか、言葉が分からなくても調べることができる資料もあるはず。何もしないよりはマシさ」
「そうね!じゃあ早速行きましょう」
そういうわけで二人は中央図書館にいた。
「こっちのビデオコーナーにはそれらしい物はないな」
「郷土資料コーナーを見てみたんだけど、無さそうよ」
「音源の方も手がかりは無しか」
「ねえ、先輩、これなんだけど」
「どうした?」
「これ、郷土資料コーナーの隅にあったの。日本語で書かれている」
「ええっ?何だって。見せてごらん」
二人は日本語の資料を読み漁る。
「これは…」
「100年前にこの世界に来た日本人の伝記みたい」
「なぁここ!この国と僕たちの世界との通じる道が書かれている」
「異世界に通じる道は三つ。一つ、魔力溜まりの泉。二つ、竜の根城。三つ、魔法使いの扉」
「魔法使いの扉?」
「どういうことかしら?」
「とにかく『魔法使いの扉』がキーワードになりそうだ。これについてもっと調べてみよう」
私たちはカウンターに行き、魔法使いの扉について尋ねた。司書は案外簡単に質問に答えてくれた。
「ああ、魔法使いの扉ね。魔法省にある扉のことよ。魔法省はこの国の最高権力でしょう?その魔法省にある特別な扉のことをそう呼ぶのよ」
「それは魔法省のどこにあるのでしょうか?」
「ごめんなさいね。そこまでは分からないの。魔法省も秘密にしているみたい」
「そうですか…」
「ああ、でもその秘密に迫るドキュメンタリーなら何冊も出版されているわ。借りていく?」
文字は読めなかったが、奈央と悠人は手分けして数冊を借りることにした。
悠人と別れて下宿に戻ると、奈央は借りた本を机の上に無造作に置いた。
魔法使いの扉。
ジュディだったら何か知っているかもしれない。仮にもジュディは魔法省に務める魔導士だ。
そんなことを考えていると、呼び鈴が鳴り、当のジュディドが尋ねてきた。
「奈央。今日は仕事が休みだと聞いたよ。私も午後から休みだから一緒に過ごそう」
「ジュディ!丁度良かった。聞きたいことがあるの」
「うん?」
ジュディドは返事をすると、奈央の机に無造作に置かれた本に気づいた。「魔法省の秘密ー魔法使いの扉ー」、「魔法使いの扉を探して」、「異世界との繋がりー魔法省の扉ー」。どれも魔法使いの扉に関する本だ。
「奈央は『魔法使いの扉』を探しているのか?」
「えっ?うん、どうして分かったの?」
「おまえが借りてきた本に書いてあるからさ。奇遇だな、私も魔法使いの扉を探しているんだ」
「ジュディも?」
「ああ」
「どこにあるか分かる?」
「いや。魔法省のどこかとは噂で聞くが。どうやらトップシークレットらしくて、職場では誰も場所を知っているものがいなかった」
「そうなのね…」
「そう残念がるな。ガイルが今朝仕入れてきた話だが、魔法使いの扉は本物の魔法使いでは開かないらしいんだ。どんな魔法も効き目がない。ではどうしたら開くのか。そこまでは分からなかった。」
「魔法使いでは開かない魔法使いの扉。どうしてそんなものが魔法省にあるのかしら」
「トップシークレットだから分からないよ。ただ興味深いな」
「魔力溜まりの泉、竜の根城、魔法使いの扉。私の世界に繋がる道」
奈央は呟いた。
「奈央?せっかくの休みだからどこか出かけようか?」
「あ、ううん。もし良ければ、この本を読んで欲しいな」
ジュディドは本を一冊手に取り、奈央のために音読してやった。
翌日、出勤した奈央は相変わらず楽器の練習に余念がなかった。
「自由時間だというのにまた練習かい?」
今日も木立の美しい校庭で一人練習をしていると、監督兼指揮者のビルアーニャに声をかけられた。
「首席でうちの隊に入ってきた時も驚いたが、練習への熱心さは並外れているな」
すっかり感心して褒める。
「ビル!お疲れ様です」
「お疲れ。この間入ってきた悠人といい、今年は新人がすごいな。収穫の年だ」
奈央は照れ笑いした。
「なぁ、奈央と悠人、二人でデュオを組まないか?フルートとクラリネットの」
「えっ、いいんですか?」
「ああ、今度、魔法省主催の音楽祭があるだろう。それに出演するといい」
「魔法省主催の音楽祭?」
「そうさ。国一番の祭りだ。気張っていくといいよ」
「頑張ります!」
「それに、その日はもう一つ特別なことがあるんだ」
「何ですか?」
「魔法使いの扉が開くんだ」
「ええっ!?魔法使いの扉が?」
「ああ、噂だが、異世界とこの国を結ぶのがその扉で、その日だけ扉を開けて異世界に渡ることができるんだとか」
「本当ですか!?」
「いやいや、噂だよ。そもそも魔法使いの扉の存在自体が噂だからなぁ」
「でも、とても興味深いです」
「そうかい。それじゃあ祭では魔法使いの扉を探してみるといいさ」
ビルアーニャはガハハハと笑って去っていた。
奈央は悠人にこの話をするために、悠人が使っている個人練習室に急いだ。
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