第21話 セルアーニャとガザフ議長
バーベキューパーティーの当日は快晴だった。パーティーは盛況で、楽隊の団員の他、その家族や友人が集まった。
「肉、足りねーぞ」
「こっちに野菜くださーい」
団員とその家族や友人たちは楽しそうに食事をついばみ、談笑していた。
奈央はジュディドにエミル、ベルナールを呼んだ。兄さんも呼んでいいかと聞かれたので大男の兄も来ている。
悠人は楽隊の仲間や大男の兄と楽しそうに飲み食いしていた。
「奈央、楽しんでいるか?」
ジュディドが食事を奈央に手渡して聞いた。
「あっ、うん。楽しんでる楽しんでる」
「魔法使いの扉のことが気になっているのではないか?」
「……」
言葉には出さなかったがその通りだった。
「実は今日な、このパーティに魔法議会の議員が出席していると聞いたんだ。ビルアーニャに頼んでツテを繋いでもらおうかと思って」
「ジュディはビルと知り合いなの?」
「ああ。知り合いというか、学生の時の音楽の講師が彼だったんだよ」
「ジュディが落第した音楽の授業?」
「ゴホン、ちゃんと追試で合格したさ。で、ビルはああ見えて顔が広いから、議員とも繋がりがあるらしい」
「ビルってすごいんですね。でも議員さんがどうして魔法使いの扉に詳しいのかしら」
「それは俺から説明しよう」
ビルアーニャが会話に入ってきた。
「ビル!」
「おう、奈央、魔法使いの扉について知りたいんだってな」
「あ、はい、そうなんです」
「おおーい、セルアーニャ!」
呼ばれてやって来たのはビルによく似た体躯の男だった。
「こいつ。魔法議会の議員で、俺の弟。魔法使いの扉の研究をしてんだ」
ビルは弟を親指で差してニヤッと笑ってみせた。
「魔法使いの扉の研究?」
セルアーニャはビルとは違った落ち着いた眼差しで奈央を見下ろした。
「はじめまして。セルアーニャと申します。議会議員をしておりますが、同時に魔法使いの扉についての研究も職務としております」
「議員さんでかつ研究?」
奈央が不思議に思って尋ねると、
「大学の講師も兼ねているんですよ。いわゆる学識者議員というやつです。国の政策について学識経験から発言したりもします」
「そうなんですね」
そんなすごい人がこんな近くにいたなんて。
「しかし、職務ということは、当然我々一般人に公開できないこともあるんじゃないのか?」
ジュディドが単刀直入に聞く。
「そうですね。ただ、ビルの話によれば、極秘の部分はどうやら自力で解かれていらっしゃるようですから、私が隠すことも少ないかと。私も魔法使いの扉の不思議については興味がありますし、お手伝いさせていただければと思います」
「ご協力ありがとうございます。早速ですがよろしいですか?」
奈央が真剣な顔つきで聞く。
「魔法省の奥の部屋で三井千尋さんの原著を見つけました。どうしてあんな見つかりやすいところに置いてあるのですか?でもジュディには見つけられなかった。なぜ?」
「ああ、やはり見つけましたか。あれはですね、魔法使いには見つからない強力な魔法がかかっているんですよ。でも必要な人、魔法なしのことですが、魔法なしには開かれていなければならない。『必要だと強く望む者には見つけられる』んです。だからあそこに保管してあるんです」
セルアーニャがニコリと目を細めて笑う。
「あなた方は見つけられた」
「はい。それから、火葬場の門扉には魔力が感じられないとジュディもベルも言いますが、なぜですか?」
「ただの扉だからですよ。あれが『魔法使いの扉』であることはすでに見抜いておられるんでしょう?
それならお伝えしましょう。あれはただの扉です。『魔法使いの扉』は魔法使いには開けれないと聞きませんでしたか?何の変哲もないただの扉だからですよ。魔法をかける必要のない扉。だからこそ厳重に隠す必要もない」
「では特別な日に扉が開くというのは…?」
「『奇跡』ですね。扉は魔法なしでないと開けられない。君たちの起こす奇跡が扉に魔力を与えるのです」
「奇跡?」
それは三井千尋さんが起こした奇跡と同じものを再現せよということなのか……。
「奇跡ですから、表面だけ真似をしてもだめでしょうね。本質を真似ないと」
セルアーニャは奈央の考えを見抜いた様子で言った。
「本質……」
奈央は黙ってしまった。代わりに口を利いたのがジュディドだった。
「『魔法使いの扉』が魔法なしのためにあるのは分かった。しかしなぜあの場所なのだ?」
「おそらくですが…」
セルアーニャは一呼吸おいて話を続けた。
「おそらくですが、『死』を扱う場所だからでしょう。
火葬場の扉は普段は我々魔法の国の死者たちのために開かれている。しかし魔法祭の一日だけは魔法なしのために開かれる。魔法なしの国に帰るために。帰った者はこの国ではもう存在しない『死者』です。
あの扉は死者が通るための扉、『死者の扉』です」
「魔法使いの扉」は「死者の扉」ーー。
奈央もジュディドも唾をごくりと飲んだ。
その様子を見てセルアーニャが続ける。微笑みながら。
「そんなに怯えるものではありません。『死』は日常の一部です。あの丘の墓地から死者たちが我々を見守るように、『死者の扉』も恐れるような類のものではないんですよ」
「最後に教えてください」
奈央が大切なことを聞きそびれまいと、慇懃な態度で尋ねた。
「『魔法使いの扉』、もとい『死者の扉』の開き方はご存知ですか?」
セルアーニャは少し戸惑ってから
「ええ。形式だけならば」
と答えた。
「先程も申し上げましたように、本質が違ってしまえば向こうの世界へ渡ることはできません。ただ、その形式はあります」
「それはどんな…?」
奈央が尋ねたその時、
「おっと、そこまでだセルアーニャ」
野太い声が後ろから響いた。
「それ以上は国の極秘機密だ」
「ガザフ議長」
セルアーニャがガザフと呼んだ男に目礼をする。
「あなたは?」
ジュディドも目礼をしながら尋ねた。
「魔法省魔法議会の議長、ガザフと言うものだ」
ガザフはそう答えた。
「議長殿、極秘機密とはどういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ。『死者の扉』を開ける方法は外部には公表していないんだ。知りたいなら三井千尋の著作を解読することだ」
「公表していない。それはなぜ?」
「あの扉は魔法使いでは通れない。だがしかし魔法なしは通れる。魔法なしにこの世界を簡単に行き来されては困るのだよ、国としては」
「なぜ困るのですか?」
「さあな。国の秩序とでも言っておこうか。帰るぞ、セルアーニャ」
セルアーニャは呼ばれてガザフ議長にコクリと頷くと、奈央の身長の高さに屈み、耳元で
「そんな大層なものではありませんよ。自力で解かなければ意味がないからです」
と囁いた。そして一同に一礼すると、ガザフ議長と共にこの場を去っていった。
「なーんでぃ、出し惜しみするかなぁ」
ビルアーニャが頭を掻きながら困った困ったという顔をする。
「いえ、そんなことはありませんよ」
ジュディドの言葉に一同は彼を一斉に見た。
「ガザフ議長はヒントを残して行かれました。扉を開ける方法は三井千尋の著作を解読することだ、と」
ジュディドはヒントを聴き逃さなかった。
「バーベキューパーティーがお開きになったら、早速、三井千尋の著書を読み直しましょう」
奈央は勇気づけられた心持ちでジュディドの顔を見上げた。
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