第35話 エピローグ
再会した二人は黙っていた。黙ってお互いを見つめていた。
泉の水は冷たく静かに、水に浸かる二人を包んだ。
月はもう既に天頂に昇った。満天の星が抱きしめ合う奈央とジュディドを優しく見守る。ホウホウと夜鳥の鳴き声が辺りに響く。
沈黙を破ったのは奈央だった。ジュディドから身体を離さずに呟いた。
「ジュディ……会いたかった」
そう言うと、奈央はジュディドの顔に両手を添え、引き寄せて唇を奪った。
ジュディドは最初、突然のことに驚いた。だが、驚きと喜びは同時だった。奈央の唇に応え、唇を奪い返し、性急に彼女の口内を彷徨った。
長いキスが終わるとジュディドが声をかけた。
「奈央、全身びしょ濡れだ。このままだと風邪をひく」
そう言って岸辺に奈央を引き上げ、乾燥魔法で奈央の全身を乾かした。ついでに自分も。
二人は手を繋いで夜の道を歩いた。移動魔法を使っても良かったのだが、歩きたい気分だったのだ。
「奈央、おまえの下宿は私が借り上げてそのままにしてあるんだ。寄っていくかい?」
「うん、ありがとう」
奈央はジュディドの顔を見上げて微笑んだ。
下宿は奈央が暮らしていた当時のままだった。奈央は到着すると、自分のベッドに腰掛けた。ジュディドも奈央の横にそっと座る。
「懐かしい…」
部屋の中を見回し、奈央が言った。
「私はおまえが懐かしいよ」
ジュディドは奈央の肩を抱くと、もう一度、今度は余裕を持ってキスを与えた。奈央もそれに応える。キスを与えられながら、奈央は泣いていた。
「……ジュディ」
「なんだ?」
「会いたかった。ずっとずっと」
「ああ、分かっている。私もおまえと同じ気持ちだよ」
奈央は泣きながらジュディドを見つめた。こんなに長い間離れていたのに、ジュディは一心に私を想ってくれていた……。奈央は感動した。
「奈央」
ジュディドは奈央の肩を押した。奈央の身体がベッドに沈むと、前髪にもう一度キスを落とす。
「私がどれほどおまえを想っているか、教えてやろう」
そう言うと、奈央の頬に、おでこに、耳に、鎖骨に、そして唇に次々とキスを与えた。
夜はまだ長かった。
翌日、二人はジュディドの家に来ていた。奈央が戻ってきたとジュディドの家族に報告するためだ。
「奈央!」
最初に出迎えてくれたのはベルナールだった。ずいぶんと成長したものだ。出会った時のジュディドに似ている。凛々しく美しい青年になった。
「ベル!久しぶりね!」
奈央はベルナールとハグをした。
「奈央はますますきれいになったね。口説いちゃいたいくらいだ」
「奈央は私の恋人だ」
ジュディドがすかさず突っ込む。
「兄上ってば、冗談ですよ」
ベルナールは笑って受け流す。
「奈央!?」
里帰りしたエミルに声をかけられる。
「エミルさん!お久しぶりです。わ、お子さんですか?」
「ええ、ラウールというの。男の子よ」
「可愛い」
奈央はエミルから赤ん坊を受け取り、あやした。
そうこうしていると、大男の兄とその細君がやってきた。
「奈央、久しぶりだな。こっちは嫁のキャサリンだ」
「奈央さん、はじめまして。よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
奈央は大男とキャサリンにハグをした。
「今日は奈央が戻ってきたお祝いに家族だけの晩餐会を開こう」
大男の兄がそう宣言した。
晩餐会の後、ジュディドは奈央を夜の庭に誘った。
庭はコスモスが咲き乱れていた。魔法でライトアップされたコスモスは、夜風に揺れていた。
しばらく二人は花見をしながら寄り添って歩いた。冷たい風が心地よい。空は昨日、魔力溜まりの泉で見た空と同じ、満天の星。
「奈央、ここに座って」
ジュディドが奈央をベンチに誘った。奈央が座ると、ジュディドは跪き奈央の手を取って言った。
「奈央、私と結婚してほしい」
ジュディドは奈央の目を見つめた。
「私の妻はおまえしか考えられない」
突然の告白に奈央は息を呑んだ。けれど次の瞬間、
「私もあなたしか考えられない」
そう言ってジュディドの肩に手を回して抱きついた。
「奈央……」
ジュディドも奈央を抱きしめる。
花が風に揺れる。夜空の星は二人を包んだ。
「エミル姉さん、そろそろいい?」
「あっ、ベルナール、まだだめよ!二人はいいところなのよ!」
「おいおい、そろそろ出て行ってもいいんじゃないか」
「あなた、まだよ!二人に余韻を味わってもらわないと!」
草陰から何やら会話が聞こえてくる。ジュディドは奈央を離すと、声の方に出向いた。
「兄さん、姉さん、ベルナールにキャサリン!こんなところで何してるんだ!」
怒ったジュディドを皆が宥める。
「まぁまぁ、兄上。落ち着いて」
と、ベルナール。
「でもよかったじゃない、奈央と思いが通じ合って」
と、エミル。
「結婚するんだろ?式は盛大にやらねばな!」
大男の兄はやる気満々だ。
「ジュディ、素敵だったわ。私ももう一度プロポーズしてほしい」
キャサリンは大男の兄をチラリと見つめる。
「どうしたの、皆んな?」
奈央がベンチからこちらに向かって問いかける。
「二人がくっつくところを見守りたかったのよ、私たち」
「兄上はずっと奈央のことを待っていたんだ。可哀想になるくらい」
「そうそう、だから俺たちは嬉しいんだ。奈央が家族になってくれることが」
「私も嫁いで間もないけれど、新しい義妹ができると思うと嬉しいわ」
皆が奈央を囲んで言った。
「ね、兄上、奈央に渡すものがあるんじゃなかったの」
ベルナールがジュディドをつつく。
「あ、ああ」
ジュディドは奈央の前に来ると、奈央の高さに屈んで内ポケットからある物を差し出した。
「私の髪で作った。鉱石はこの国で一番硬い魔石だ。奈央、受け取ってほしい」
奈央の前に差し出されたそれは、指輪だった。
「日本の風習ではプロポーズに指輪を贈ると、リサから聞いたんだ」
そう言って、ジュディドは奈央の薬指にそれをはめた。奈央は自分の指に乗ったそれを見つめて言った。
「ありがとう。嬉しい」
そうしてジュディドの頬にキスをした。その瞬間、皆が盛り上がった。囃し立てるものもいた。ジュディドは雑音を無視してこう言った。
「奈央、お願いがあるんだが、私にも奈央の髪で作った指輪を贈ってほしい」
「ええ、もちろん」
「キャンセルは受け付けないからな」
ジュディドは横を向きながらそう付け加えた。
「キャンセルなんかしないわ」
奈央は笑いながらそう返した。その場にいた皆も笑顔で二人を見守った。
「奈央もこれで我が家の一員ね」
エミルが嬉しそうに言う。
「奈央、いや、義妹よ、我が弟を頼む」
と、大男の兄。
「奈央が本当の義姉になってくれて嬉しい」
と、ベルナール。
「嫁いだもの同士、仲良くしましょうね」
キャサリンも好意的だ。
奈央は嬉しくなって
「皆んなありがとう。大好き」
皆んなに抱きついた。
好きな人は魔法使い 檀(マユミ) @mayumi01
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