第11話 再会と口付け
ジュディの捜索隊に加わることを希望した時、カレンは反対したけれど、私は譲らなかった。
「ジュディは強い魔法使いだ。自分の身くらい守れる。あいつはすぐに戻ってくる。だから奈央は自分の養生を優先して」
カレンは私のことを心配してくれていた。
「カレン、ありがとう。でもどうしても行きたいの」
「……そんなにあいつのことが大切なのか?あいつにとって奈央はただの弟子だろう?」
「ジュディは私にとって恩人。大事な人なの。今度は私が助けに行かないと」
「だからって奈央一人で行かせられないよ」
「心配かけてごめんね。でもどうしても行きたいの」
「……わかった。でも約束して。無事に帰ってくると」
「うん」
正直、無事に帰って来れるかは分からなかったけれど、そう言うしかなかった。
カレンは軽く私をハグすると、頬にキスをして
「幸運を」
と言って送り出してくれた。
捜索して三日目。捜索隊も諦めかけていた。
山は軍事演習の場所よりももっと深くなり、道すらない。食料も尽き始めていた。
私たちはジュディのブローチが示す方向を頼りに進んだ。
「なぁ、お嬢さん、こんなちまちまと進まないでも、移動魔法で見つけられないのか?」
ジュディが言っていた、魔法なしは僕にされるという話を肝に銘じ、私は自分が魔法を使えないことを黙っていた。
「おまえさん、魔法は使えないのかい?」
が、それも三日も寝食を共にすれば隠せそうにはなかった。時が経つにつれて、私が魔法が使えないことが次第に知れ渡ると、「使えないやつ」「魔法なし」「木偶の坊」等と揶揄する声も聞こえ始めた。
魔法なしが肩身の狭い思いをするということを身に染みて感じた。それと同時に、ジュディたちがいかに私を大切にしてくれていたのかも思い知った。
ある男に襲われそうになった時、危険ではあったが私は捜索隊と逸れることを決意した。
頼るべきはジュディのブローチだけだ。
ジュディ。どこにいるの?
ジュディ。無事でいて。
私はジュディに会いたくて仕方なかった。
こんな山奥でひとりぼっちという寂しさもあった。でもそれ以上にジュディを恋う気持ちが増していた。
ジュディのことを思いながら彼を探す。早く会いたいと願いながら。
ブローチは依然として光を放っていたから、きっとジュディは無事なのだろう。そう期待して道なき道を進んだ。
獣道を掻き分けたその先に、少し開けた場所があった。この辺りに人がいてもおかしくないような場所だ。
ブローチの温度が上がる。光も強くなった。ジュディが近くにいるのだろう。
私はジュディの名を叫んだ。
その時、長い銀髪にボロボロのマントを羽織った人影を木陰の隙間から見つけた。
「ジュディ!ジュディ!」
人影はこちらを向いた。しばらくこちらをじっと観察しているようだった。
「奈央!」
気づいたと同時に人影が駆け寄る。
「もしかして探してくれたのか?」
それには答えず、私はジュディにしがみついた。そしてわんわんと泣いた。
「ジュディ!ジュディ!会いたかった!!」
「奈央。心配かけてすまなかった」
ジュディは私を抱き寄せ頭を撫でた。
「腕を怪我しているな。私が守りきれなかったせいだ。すまない」
魔法をかける。治癒魔法だろう。
「ジュディのせいじゃない」
「きてくれるとは思ってもみなかった。きっとおまえたちは私が一人でも大丈夫だろうと踏むと思っていたんだ」
「大丈夫だったの?」
「ああ。私はこれでも強い方なんだよ。竜の一匹や二匹なら倒すことも懐柔することもできる」
「それで竜はどうなったの」
「根城に返したさ」
「そうだったの」
「その途中に面白いものを見つけた」
「面白いもの?」
「ああ。おまえの世界が見える洞穴を見つけたんだ」
「私の世界?」
「その洞穴はおまえの住んでいた世界と繋がっているらしい」
私の住んでいた世界と?お父さん、お母さん。学校に友達。吹奏楽部の皆んな。
「そこから奈央の世界を見ていたんだ。ニホンというのだな。豊な国だ」
「はい」
「懐かしいだろう?連れて行ってやろう。こっちへおいで」
ジュディは私の片腕を引くと、森の奥の方へと連れて行った。
「ここだ」
洞穴は崖の近くにあった。
「落ちないように気をつけて。私が魔法で支えてやるから」
崖を降り洞穴の中へ入る。
「この先はどんどん狭くなる。それから、ここは竜の根城でもあるんだ。今は眠っているが気をつけろ」
洞穴を進むと、だんだんと明るくなってきた。
「どうして奥に進んでいるのに明るくなるの?」
「もうすぐおまえの世界があるからだよ」
ジュディは私の手を引きながら言った。
「ここだ。覗いてごらん」
洞穴の先にあったのは、窓の大きさくらいの穴だった。そこから外を覗くと、高い空の空中から下を覗き込むように外の世界が見えた。
確かに日本だった。スカイツリーや東京タワーが見えた。ここは東京なのだろう。
「おまえの住んでいる場所は目まぐるしいな。」
「はい」
「できることなら帰してやりたいが、魔法でどうこうはできなさそうなんだ。この外に出ようとしたら、私は弾かれてしまった」
「そうなんですね…」
しばらく沈黙が続いた。
私は東京の街をしげしげと眺めた。そんな私を横目で見ていたジュディが聞いた。
「……奈央は帰りたいか?」
(帰らないでくれ)
「…こちらで暮らしてはいけないか?私がおまえを守るよ」
(私の元にいてくれ)
ジュディの顔が歪む。帰してやるのが愛だともう一人の自分が叫んでいる。
「私は……帰りたい。」
(お父さん、お母さん)
「帰りたい。けど……帰れない。ジュディを残して帰れない。大好きだから。いなくなってわかった。大好きだって」
(この人を捨てる事などできない)
瞬間、ジュディに腕を掴まれ、引き寄せられる。そのまま抱きしめられた。ジュディの心臓の音が耳に響く。ヴィヴァーチェで波打つ。速く速くと。
私も彼の背中を片腕でしっかりと掴んだ。自分の鼓動も伝わっているだろう。
「……ジュディ?」
上目遣いになってジュディの顔を覗き込んだ途端、唇が降りてきた。そのまま私の唇に重なった。
こんなに心臓はうるさいのに、沈黙はしばらく続いた。
「奈央、私も同じ気持ちだ。おまえが大好きなんだ。自分でも信じられないくらいに」
ジュディはもう一度私にキスを寄越した。今度は深い口付けだった。
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