第12話 カレンの告白

「……っ」

 ジュディはいつまでも私の唇を吸い続けた。

「……ジュディ、ん」

 優しく腕を絡めて私を離そうとしない。

 ようやく離してくれた時、ジュディは私を見下ろして言った。その目は潤んで光をキラキラと捉えていた。

「奈央の唇は甘いな」

 くすくすと笑う。

「今度は奈央からしてほしいなぁ」

 冗談まじりに水を向ける。

「えっ」

 私は真っ赤になった。

「やっ、ムリムリ、それはムリ」

「それは残念」

ジュディは真顔になった。本当に残念そうだ。

「でもいつかは奈央からしてくれることを期待するよ」

私の頭にキスを落としてもう一度軽くハグをした。

「さぁ、奈央が迎えに来てくれたことだし、帰ろうか」

「うん。でも道のりはすごく険しかった。帰り道も難儀しそうよ。ここは竜の根城でしょう?」

「奈央、私を誰だと思っている?」

 ジュディは片目をウインクすると、移動魔法で一瞬で街の診療所まで飛んだ。

 あっけに取られる私にジュディがポンと肩を叩く。

「奈央、腕の治療がまだだろう?行っておいで」

「うん」


 診療所にはカレンがいた。治癒魔法で診療所の手伝いをしているらしい。 

「カレン!」

「奈央!無事でよかった」

「心配かけてごめんね」

 それだけを言うと、私はカレンの顔をまともに見れなくなった。

 カレンはジュディの許婚だ。あんなことがあったとはとても言えない。

「奈央?」

 カレンは私の態度を不思議に思ったようだ。

「カレン」

 今度はジュディがカレンに話しかけた。

「大切な話があるんだ、時間を取れないか?」

「いいけど…何?」

「後で話す」


 私は診療所で怪我の手当てをしてもらった。しばらく重いものは持ってはいけないと言われた。フルートもだ。楽士の仕事はしばし休みとなろう。

 手当が終わって診療所の外に出ると、裏からジュディとカレンの話し声が聞こえてきた。

「婚約を解消してほしいだって?」

「ああ。」

「突然どうしたんだ?」

「好きな人ができた。だからカレンとは結婚できない」

「好きな人お?それってまさか奈央のことじゃないだろうな?」

「……その通りだが」

「奈央は異世界の娘だぞ。結ばれると本気で思っているのか?」

「それはこれから考える。」

「これからって」

「奈央が私を必要としてくれるのなら、私は全力で彼女を守る。ここで生きていくために」

「そうは言っても、おまえさんとこの両親や家族は何と言うか。特に大男の兄さんは」

「兄さんにも説明する。それよりも何よりも、当事者であるカレンに断りを入れたかった」

「そう言われても……」

 カレンは少し迷ってから続けた。

「私も元々乗り気じゃあなかったから婚約解消は願ってもないことだ。だが」

「だが?」

「相手が奈央というところが解せん」

 それはおまえも奈央が好きだからか?と聞きかけたところで奈央が割って入ってきた。

「カレン!ごめんなさい!」

「奈央!?」

「ごめんなさい。カレンの許婚を奪うような真似をして。」

「奈央、落ち着いて。私はジュディを奪われたとは思っていない。むしろ…」

 むしろ、の先がつかえて言えないカレン。奪われたのは奈央で、奪ったのはジュディだと。

「奈央。とにかく私にはジュディではない好きな人がいるんだ。だから奈央は何も悪いことはしていないんだ。ただ…」

 ただ、その心が自分に向いていないことが寂しいだけだと、カレンは叫びたかった。

「とにかく、奈央が後ろめたく思うことは何もないんだ。安心して」

「カレン…」

「ジュディ」

「なんだ?」

「しばらく奈央を借りるぞ…話がある」

 話の内容は察しがついたので、

「わかった」

 とだけジュディドは答えた。

 

 診療所にある休憩室に移った私とカレンは、椅子に座って向き合っている。お茶とお茶請けのお菓子もカレンが魔法で用意した。

 コポコポとお茶を入れながら、カレンはおもむろに聞いてきた。

「奈央はジュディが好きだろう?」

「…うん」

「そのジュディと思いが通じた…違うかい?」

「…うん。その通り」

「あのね」

「うん?」

「私は昔から男というものに恋愛感情を抱いたことがないんだ」

「そうなの」

「むしろ女性が好きというか。変わり者なんだ」

「そんなことないよ。好きな相手がいるって素敵なこと」

「そうだよな」

 カレンは一呼吸置いた。

「私は、ジュディの許婚であることが苦痛だったんだ。だから了承なんかしていない。それに好きな人だっている。誰だと思う?」

 カレンが私の瞳を覗き込んでじっと見つめる。

「君だよ、奈央」

「私……?」

「そう。びっくりさせたかな?」

 私は首を縦に振る。

「チンピラたちに追われていた私をポケットに入れて匿ってくれたね。奈央はその後も果敢に戦って」

「やだ、恥ずかしい」

「そういうところに惚れたんだ」

「……ありがとう」

「でも悔しいなぁ。ジュディにまた好きな人を取られてしまった。学生の時から私が好きになる女の子は皆んなジュディが好きなんだ」

「ごめんね」

「謝ることはないさ」

「でも」

「奈央、もし少しでも私に情けをかけるのなら、手を貸して」

 私は怪我をしていない方の片手を差し出した。

 カレンは手を取ると、手の甲にそっとキスをした。唇が触れるだけのキス。

「これで話は終わり。明日からは元通り仲の良い友人として付き合って」

「……もちろん」

「じゃあ、もう行きな。ジュディが待ってる」

 背中を押され、私は休憩室を出た。

 カレンの啜り泣く声が聞こえてくるような気がしたが、振り返ることも慰めることもできなかった。


 外に出るとジュディが待ってくれていた。

「奈央。話は済んだか?」

「ええ」

「おいで」

 ジュディは私をしっかりと抱きしめた。

「これから波乱が始まるだろう。私たちの絆がしっかりと試される」

「はい」

「奈央、何があっても私を信じて。必ず守るから」

「ジュディも。何があっても私を信じて。私も守る」

「ふっ。頼もしいお姫様だな」

「姫じゃなくて楽士よ、守られているだけじゃ物足りない。自分の力で生きていく」

「そうだったな。おまえはそういう娘だ」

 ジュディが私の手を引いた。

「おいで、屋敷に帰ろう」


 移動魔法でジュディの屋敷に戻った時、いつもは出迎えてくれるエミルさんやベルナールがいなかった。不思議に思ったが、皆んなそれそれに仕事や学校があるのだろうと思い直し、自分の客間に戻った。ベッドにダイブした途端、眠気に襲われ、私はそのまま寝入ってしまった。

 ジュディは私が寝入るのを見届けて、引き上げたらしい。起きた時には誰もおらず、窓からは傾きかけた日が差していた。


ガシャーン!

屋敷の奥から何かを壊す音が響いた。ついで、怒鳴り声も。どうやら大男の兄らしい。

私は部屋のドアを開けてそっと盗み聞いた。

「婚約を解消したとは何事だ!ジュディド!」

「お互いに乗り気ではなかったんです。それに私には大切な人ができました。奈央です」

「大切な人だって?そんなものは一時の感情でしかない!家の取り決めを勝手に破るとは何事だ!今すぐ取り消して来い!」

「兄さん落ち着いて」

 エミルさんの声だ。

「落ち着けるか!エミル!おまえも言ってやれ!」

「あらぁ私はジュディの味方だもの」

「僕も!」

 ベルナールも加勢する。

「ったく。おまえら姉弟というやつは!とにかく認められん!出直してこい!」

 そう言うとドアを激しく叩きつけて大男の兄が部屋から出てきた。

 間の悪いことに、廊下に出ていた寝起きの私と鉢合わせてしまった。

 大男の兄は私を見下ろし、じろりと睨みつけた。

「客人。うちの弟をたぶらかすとはどういう了見だ?今すぐ出ていってもらおうか」


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