第10話 遠征先での災難

「奈央、準備はできたか?」

 魔法服に剣を差した制服姿のジュディは美しい。

「はいっ」

 軍事演習の付き添い楽隊に入れてもらえた私は、今日から山奥での演習に行く。ジュディも一緒だ。 

「フルートとピッコロ、二つも持ち歩くのは難儀だろう?一つにしてやろう」

 そう言うとジュディは魔法でフルートとピッコロを宙に浮ばせた。呪文を唱えると光が発せられ、フルートとピッコロは合体して一つになった。そしてペペロンのピッコロがそうであったように、ただの小枝に戻った。

「運ぶ時はこれが便利だろう?それに誰も価値ある楽器とは思わないだろうから盗まれにくい」

「ありがとうございます」

「治癒魔法が得意なカレンも現地で合流するはずだ」

「カレンも来るんですね」

「ああ」

「私は魔導士として召喚されているから、奈央たちとは別行動になることが多かろう。現地は危険が多い。怪我などせぬようにな」

「はい」

 ということは、現地ではジュディと共に行動はできないのか。

 少し残念な気持ちでいるとジュディが私のブローチを取って言った。

「このブローチはカレンの魔法がかかっているな。少し手直ししよう」

 ジュディはブローチを元の髪の毛に戻し、今度は別の形のブローチにした。髪の編み込みを輪にしたシンプルなブローチだ。真ん中に洒落た鈴飾りがついている。

「デザインが変わりましたね」

「ああ、カレンのように愛らしいデザインを私は思い浮かばなかったので、こんなものだが」

「いえ、嬉しいです。ジュディの髪の原型が残ってるし」

 そう言うと、ジュディは目線を向こうにやって、咳を一つし、

「そうか」

 と呟いた。ジュディはブローチにキスを一つすると、私の胸にそっと付けた。

「さぁ、出発しよう」


 ルビウス山をもっと越えた山奥。そこが軍事演習の舞台だった。私とジュディは移動魔法でここまで来たが、兵士たちは訓練を兼ねて徒歩でやって来ているという。疲れたという声がここかしこから聞こえてくる。

「奈央、演奏の出番だ」

 水や食料を手渡す部隊とは別に、私たち楽隊は演奏の準備に取り掛かる。

「私は別の仕事がある。しばらくはお別れだ」

「はい。ジュディも気をつけて」

「ああ。夜には再会できるだろう」

 ジュディは私に軽くハグすると、頭のてっぺんにキスを落とした。最近のジュディは少し甘っぽい。

「無事でな」

「ジュディも」

 そうして私たちはそれぞれの持ち場に散った。


 楽隊と合流した私は、練習してきた成果を見せつけるが如く合奏に力を入れた。本格的な演習は午後からだというから、それまでに少しでも兵士たちの体力と気力を回復させたい。

 ところが合奏が佳境に入った頃、山の奥の方から崖が崩れるような大きな音が響いた。あたりが騒がしくなる。

「竜だ!」

「嘘だろう!?」

「竜が山を削ってこっちにくるぞ!」

「この辺りは竜は討伐されたんじゃないのか!?」

「なんであの魔物が!?」

 どうやら竜が出たらしい。私は竜を見た事がないのでどんなものかと思っていると、巨大な恐竜のような体躯の竜がこちらに向かってきた。一匹ではない。三、四匹はいようか。

 兵士たちが戦うが、負傷するものが多勢出ている。

「奈央!」

 ジュディが向こうの方から駆けてくる。

「奈央、無事かっ!?」

「ジュディ!仕事は?」

「緊急事態だ、抜けてきた。ここ一帯に魔法陣を張る。お前たちは魔法陣の中にいなさい。兵士は魔法陣の外へ!戦え!」

 ジュディは呪文を唱えると大きな魔法陣を剣で描き、それを空へと放った。魔法陣からドームのような結界ができる。

「奈央、ここから出るんじゃないぞ」

 しかし私はジュディの言いつけを破った。逃げ遅れた楽隊員が魔法陣の外にいたから、私は迎えに魔法陣を出てしまったのだ。

「早くこっちに」

「す、すまない」

「いいからっ」

 私は彼の腕を取ると魔法陣の方へ押しやった。自分も中へ入ろうとしたその時。

 ドスン!

 竜の足が私の身体すれすれを横切った。逃げる暇はなさそうだ。

「奈央っ!」

 ジュディが叫ぶ。すぐに魔法を唱えるが、別の竜に阻まれる。

「奈央っ!逃げろ!」

 だが竜の両目に捉えられた私は、逃げられないことを悟った。戦うしかない。

 私にあったのはペペロンの小枝とジュディの髪の毛のブローチだった。

 ペペロンの小枝を振り上げる。その時、ジュディのブローチから光が発した。守護魔法が発動したのだけれど何の魔法かは私にはわからなかった。その光はペペロンの小枝に向かって刺さった。するとペペロンの小枝は剣に変わった。

 私の戦う意志がそう変化させたのかもしれない。

「奈央!だめだ!逃げてくれ!」

 ジュディの言葉をよそに、私は剣を竜の両目の前に突き出した。そして振り下ろした。

 それは竜の片目を傷つけた。だがそれだけだった。竜にとっては大した反撃ではなかったようで、大きな口を開けて唸り声を上げる。怒っているようだ。唾液が滴り落ちる。

 ーー食べられる。

 咄嗟にそう思った私は目を瞑って剣をもう一度振り回した。だか今度は空振りに終わった。竜は私の腕をガブリと噛んだ。

「痛い!」

「奈央!」

 ジュディが叫ぶ。そして魔法でこの竜を攻撃した。怒った竜はジュディめがけて突進する。

「ジュディ!だめ!逃げて!」

 ジュディは逃げなかった。逃げたら私がもっと危険に遭うからだろう。大きな剣を竜めがけて突き刺す。もう片方の目を負傷した竜は、そこで動きを止めた。だが。

 別の竜がジュディの身体を横切ったかと思うと、口に咥えてジュディごと持ち上げた。

「ジュディ!ジュディ!いや!ジュディを返して!!」

 私は叫んだ。

 怒った竜はそんな叫びは受け入れず、ジュディを持ち去り山の奥へ消えていった。

「ジュディ!」

 他の竜もつられて帰っていく。たった一匹、両目を負傷した竜だけが兵士たちに捕えられ、今は大人しくしていた。

「奈央!」

 遠征に参加していたカレンが駆けつける。

「カレン!ジュディが!ジュディが連れて行かれた!」

「ああ、わかっている。だが君の手当が先だ。血が出ている」

 カレンは治癒魔法で私の腕を止血した。

「しばらく演奏は無理だな」

「それよりも、ジュディが」

「ああ。今、別動隊が捜索している。だがこちらは負傷者が多い。魔法使いは治癒魔法に駆り出されててんてこ舞いだ。ジュディは自力で戻ってくることを祈るしかない」

「そんな。ジュディは私を助けようとして攫われたのよ」

「奈央、気持ちは痛いほどわかるが、まずは腕を治すことに専念して。明日には山を降りて病院に行こう」

「カレン、お願い。できる範囲でいいの。この腕を治癒魔法で治して。私、ジュディを助けに行かなくては」

「奈央。君は兵士でも魔法使いでもない。危険だ。大人しく捜索隊が見つけることを祈ろう。」

 カレンは治癒魔法を私の腕にかけてくれた。だが完全には治らなかった。

「治癒魔法は本人の自然治癒力を高めるだけの効果なんだ。だから治したいなら本人が養生しないと」

「ありがとう」

「何度も言うけど。今晩は大人しく治療に専念しなさいね。私は仕事があるからもう行くが、大人しくしているんだよ」

 カレンはそう言って負傷した兵士の元へ戻っていった。

 カレンには散々止められたが、私はジュディを探しに行くことを決めていた。なぜならジュディのブローチが温かく光っていたから。きっとジュディが呼んでいるのだ。ブローチの呼ばれる方に行けばジュディがいる。そう確信していた。


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