第6話 招待
大男の兄が私を見下ろし睨みつける。
屋敷の大男の部屋で、私は彼から言いつけられた試練が達成できたことを報告した。
「ふん、まさかペペロンのガラクタを手に入れることができるとはな」
物言いは相変わらず憎らしい。けれど私がジュディドさんの弟子でいることは約束通り許してくれた。
「それにしてもお前にチンピラに立ち向かう勇気があったとはなぁ。貧相な小娘と思っていたが案外骨があるな」
言い方は気に食わないが、褒められたらしい。本当は一人で試練を達成できたわけではないけれど、ベルナールに外に連れ出してもらったことやカレンが小枝にかけた魔法については言わないことにした。ジュディドさんのローブの魔法陣のことも内緒だ。
廊下の向こうの方からバタバタと騒がしくこちらへ走ってくる音がする。その足音はこの部屋に辿り着くと大声で告げた。
「ご当主様、ご客人のカレンさんと奈央さんを出せとチンピラどもが押し寄せてきました!」
「何だと?仕返しに来たのか?」
「おそらく」
「厄介な客人を招いてくれたものだな、カレンも、お前さんも」
大男の兄はやれやれという物言いで席を立つ。
「ジュディド達を呼べ!戦うぞ!家の中には一歩も通さん!」
しかしながら大男の兄はいきり立って家の外に出て驚いた。チンピラ達はかしこまって整列しているのだ。呼び出されたジュディドさんとエミルさんも呆気に取られた顔をしている。
「カレンさまと奈央さまに御用がございます。どうかお二人にお目通りを願いたい」
チンピラの代表が恭しくお願いをする。
「カレンも奈央も当家の客人だ。二人を差し出す差し出さないも、まずは用件を聞いてからだ」
当の私とカレンはというと、大男の言いつけで部屋に籠っていた。ただ、部屋の窓から外の様子が見えたし、カレンが魔法で外の声を聞けるようにしてくれていたので状況はだいたい伝わってきた。
「ねぇ、カレン。私たち差し出されちゃうのかしら?」
「どうだろうねぇ。あいつら慇懃なフリして後から復讐とかしかねないしなぁ」
「それは怖い」
「でもまぁ私は魔法の腕にはそれなりに自信がああるし、大丈夫よ」
「カレンって頼もしい」
「そうですとも」
外ではまだチンピラ達とのやり取りが続いている。
「実は私どもは治癒魔法に明るい魔法使いを探しているんです。カレンさまはその道の達人と聞いて接触を図りましたが、逃げられてしまい…」
「そりゃあ、おまえさん達が乱暴をするからだろう?」
大男の兄が突っ込む。
「その節は申し訳ない。我々は一般人との接し方に慣れていないもので」
「それで、奈央も必要なのはなぜだ?」
ジュディドさんが険しい顔をして問い詰める。
「奈央さまは裏通りで演奏している姿を見て、是非我々と共に来ていただきたいと思った次第です。楽士は癒しの仕事にも通じておりますので」
「それではおまえ達の仲間に治癒が必要な者がいるということか?」
ジュディドさんが聞いた。
「はい。ボスのお孫さまに必要なんです」
ジュディドさんと大男の兄が顔を見合わせ、思案する。
「お孫さまは先日、事故で片足が不自由になってしまったのです。心にも身体にも癒しが必要な状態なんです」
「事情は分かったが、二人とも身内ではないので我々だけでは決めかねる。当人達の意見も聞こう」
大男の兄が提案した。
「カレン!奈央!聞いているんだろう?出てこい」
大男の兄に呼ばれて、私とカレンは外に出た。危ないからとカレンが私を庇うように前に出る。私は念のためにペペロンの小枝を持って行った。
「話は聞いていただろう。君達はどうしたい?」
ジュディドさんが聞いた。
「私は、音楽が必要な方がいるなら行ってあげたいです」
私はそう答えた。
「私も行くよ。治療が必要なんだろう?」
カレンも続く。
「分かった。それなら行っておいで」
「ありがとうございます!!」
チンピラ達が一斉にお礼を言う。
「奈央」
ジュディドさんが近づいてきて労わるように私を見下ろした。
「おまえに持っていて欲しいものがある」
ジュディドさんは自分の毛束を掴むと、魔力で削ぎ落とし、三つ編みにして束ねた。彼の美しい銀髪が揺れる。少し短くなったその髪は風に流れた。
「これを」
美しい銀髪の三つ編みを私に差し出す。
「奈央。おまえの武器は楽士の美しい音色だ。だがそれだけでは心許ない」
「はい…」
「だからこれを持っていくといい。魔法使いは身体中のあちこちに魔力がこもっている。だからこの髪にも私の魔力が微量なりとも入っている。おまえを守る盾になる。何かの役に立つはずだ」
「はい。ありがとうございます」
「奈央のことなら大丈夫。私が全力で守る」
カレンはジュディドさんの銀髪を受け取り、魔法でブローチに形を変えた。そしてそれを私の胸にそっと添える。心臓のあたりが温かくなるような感覚を覚えた。
「行こう、奈央。我々の仕事をしに」
私達の仕事。そう、これは立派な仕事の依頼なのだ。どんなことにも手を抜くつもりはないが、仕事なら尚更気を抜くわけにはいかない。
「あっ、フルートも持っていきたいので、いったん部屋に戻りますね」
「その必要はない」
言うが早いか、ジュディドさんは移動魔法でフルートを取り寄せた。
「ほら、おまえの相棒だ」
「ありがとうございます」
私はジュディドさんに買ってもらったフルートを受け取った。
チンピラ達のボスの家は豪邸だった。ジュディドさんの家も広かったが比ではなかった。何より家の中の調度品が金ピカで、ここの家は成金趣味でもあった。
私とカレンは丁重に迎い入れられた。客間に通され、美味しい紅茶が出された。お茶を飲んでいる最中に、ボスと呼ばれる好々爺が入ってきた。
「今日はよくおいでくださった。礼を申します」
好々爺は柔らかい笑みを浮かべながら手を差し出したので、私とカレンは握手をした。
この人の良さそうなおじいさんがチンピラ達を束ねるボスだということが信じられなかった。
「聞いておられるかもしれんが、ワシの孫娘は片脚が動かぬ。孫娘はそのことで傷心しきっておる。」
「はい」
「そこでそなたらの力が必要なのじゃ。どうか孫娘を救ってくだされ」
「はい、精一杯務めさせていただきます」
私は言った。
「彼女は部屋に一日中閉じこもっておる。気難しく会うのも一苦労じゃが、しかし会っていただきたい」
「どちらのお部屋ですか?」
カレンが聞く。
「案内いたそう」
好々爺に付いていくと、アンティーク調の可愛らしいドアの部屋に案内された。
「ここが孫娘の部屋じゃ」
老人はノックを数回した。
「ローザ、ワシじゃ。お前のための客人を招いた。入るぞ?」
すると中からか弱い声で抵抗があった。
「お祖父様、わたくしは今、誰とも会いたくありません…」
私とカレンは顔を見合わせた。どうしたものか…、と二人とも考えていた。
「私、試しにここで演奏してもいいですか?」
私は思い付いたことを提案してみる。
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