第5話 ジュディドとカレン
先ほどまでピッコロだった小枝を握りしめて眺めていると、カレンに声をかけられた。
「その小枝は、あなたの楽士の才能の証だよ。これからもその小枝が楽器として役に立つ事があると思う」
「変化する魔法がかかったまま解けないということ?」
「いや、もう魔法は必要ないさね。あなたの意思がこの小枝をピッコロにする。
ところであなた、名前は何と言うんだい?」
「あ、私は奈央」
「奈央。奈央はジュディドと何か関係があるのかしら?」
「どうして…?」
「あなたのローブに彼の魔法陣が張ってあったから」
カレンはくすりと笑って、
「守護魔法ね。あのチンピラどもから直接的な攻撃を受けなかったのもこのおかげ」
そう説明した。
ジュディドさんは知らぬ間にそんな魔法をかけておいてくれたのか。それにしてもカレンはどうしてジュディドさんのことを知っているのだろう。知り合いなのだろうか。
「でも魔法陣が発動している間は魔法主に影響があるから、あなたが戦っていたことはジュディには筒抜けだね。ほら」
そう言ってカレンは空を指す。上空には魔法服を来た男性がこちらに向かってくる姿が見えた。ジュディドさんだ。
「奈央!」
「ジュディドさん…。ごめんなさい、勝手に抜け出して」
「終わったことはもういい。それより怪我はないか?」
「はい、ご心配をおかけしました」
「カレン、君もだ。君は魔法使いとしては強いから心配ないと思うが、無茶なことはするな」
「はぁい〜。久しぶりに会ったのに説教とはなぁ」
可笑しそうに笑いながらカレンは抗議したが、
「ジュディ、奈央はペペロンのピッコロを手に入れたんだよ」
私のピッコロの話をジュディドさんに振った。
「ペペロン?あの気難し屋のか?」
ジュディドさんは私の手元の小枝を見る。
「これが…?」
「さっきみたいにちょっと吹いてみせてよ、奈央」
カレンがウインクを寄越す。
「えっ、と、じゃあ少しだけ」
私は小枝を口に当てて横に構えた。小枝はするりとピッコロに変化した。あとは単純だった。簡単な曲をサラリと吹き流す。
「ペペロンのガラクタ店にこんな立派な品があるとはなぁ」
「あら、ジュディちがうよ。奈央の能力があるからガラクタが立派な楽器になるんだ」
「ああ、なるほど、そうだな。私の弟子は優秀だ」
優秀と言われて照れくさくなったので、調子に乗りつつもう一曲吹いてみた。
すると小鳥たちが私の方に集まってきた。そして木の実をローブのポケットに敷き詰めていく。
「このピッコロの音色は動物を動かす力があるようだな。これもいつか何かの役に立つだろう」
ジュディドさんが様子を観察しながら言った。
「あの」
私はおずおずとしながら、さっきからずっと気になっていたことを聞いてみる。
「お二人は知り合いみたいですが、どういうご関係なんですか?」
すると二人は顔を見合わせてから、
「いいなずけ」
「幼なじみ」
同時に答えた。
「えっ?」
「カレンは親が決めたいいなずけだよ」
と、ジュディドさん。
「ジュディとは幼なじみの腐れ縁かな〜」
と、カレン。
「カレンは魔法学校を首席で卒業した天才なんだ。特に治癒魔法は彼女の横に出る者がいなかったんだよ」
「褒めすぎだよ。そういうジュディも魔法陣は大の得意じゃないか。今日も君の魔法陣を見て感心していたんだ」
「それはどうもありがとう」
なんだか楽しそうに笑い合う二人を横目にしながら、胸がチクリと傷んだ。理由は分かっていた。私は憧れの先輩に似たこのジュディドさんが好きなのだ。
私も魔法使いだったらなぁ、と思う。魔法使いだったらカレンのようにジュディドさんの横に並べたかもしれない。
いやいや。
考えて否定する。カレンほど有能な魔法使いになれるとは限らない。私は楽士として、ジュディドさんの弟子として、立派に務めよう。
「さて、そろそろ屋敷に帰ろう。ここは治安が良くない。カレン、君もだ」
「私、久しぶりにエミルに会いたいな。屋敷にお邪魔していい?」
「それは構わないが」
「それから、訪問の前に寄りたいところがあるの。」
「うん?」
「奈央を連れていきたいから、ちょっと借りるね」
そう言うとカレンは私の手を取った。
「奈央、これから良いところに連れていってあげる」
身体がふわりと浮く。移動魔法だ。
「ジュディは先に帰っていて。じきに戻る」
「ああ、構わないが、私の弟子をぞんざいに扱うなよ」
ジュディドさんは怪訝な顔をしながらも、寄り道を許してくれた。
「ぞんざいになんか扱うもんか。さあ、奈央。しっかり捕まっていて」
「どこに行くの?」
カレンはウインクを一つ飛ばしただけだった。
移動魔法は俊速だった。一瞬で景色が変わる。
目の前にピンク色の景色が広がる。桜だ。青空に桜色が映え、清々しい春の空気を醸し出している。
「ここは?」
「ルビウス山。あのピンクの花が今は見頃なんだ。奈央の黒髪に似合う景色だと思って、連れてきたかったんだ。今日、ローブに私を隠してくれたお礼に」
「そうだったの」
「美しいだろう?」
「うん。あの花はサクラと言うの。私の住んでいた日本ではとても有名な花なの」
「サクラ…綺麗な名だな」
「うん。花も綺麗」
「なぁ?」
「うん?」
「奈央に聞きたいことがあるんだ」
「なぁに?」
「君はジュディドのことが好きだろう?」
「えっ」
突然の質問にドギマギする。
「答えなくても分かるよ。奈央の様子を見ていればね」
「ごめんなさい…」
「なぜ謝る?」
「ジュディドさんはカレンの許婚でしょう?良い気はしないよね」
「うーん、そうだなぁ」
カレンがじっと私を見つめる。何か言いたげだ。
「確かに良い気はしないな」
「うっ、ごめんね」
「謝らなくてもいいさ。それに私が良い気がしないのはそう言う意味ではないんだから」
「うん?」
「今は分からなくていい」
カレンは目を逸らさずに私の手を取ると、軽く握った。
「いつか教えてあげる」
「うん?」
カレンは目だけ笑ってそれ以上は何も言わなかった。気づいてくれとでも言いたげに。
「さ、もう行こう。ジュディが食事を用意して待っている」
遅い昼食を用意したジュディドさんの屋敷に戻ると、エミルさんやベルナールが出迎えてくれた。
カレンは二人に挨拶のキスをした。そんなカレンは先ほどとは違う、きつい視線をジュディドさんに送っていることに私は気づいた。何か言いたげな苦しげな表情だった。私はその表情を見て苦しくなった。
ジュディドさんはそんなカレンには気づくことなく、今日、私がペペロンのピッコロを手に入れたことを家族に得意げに報告した。
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