第14話 憧れの先輩

「先輩!?ジュディ、この人、先輩です!!」

 すぐさま先輩の元に駆け寄る。

 近くで見るとぐったりしているが、ジュディそっくりの顔がそこにあった。

「先輩!古谷先輩!しっかりして!」

 先輩は意識を失っていた。泉の水を飲んだのだろうか。

 周りは依然として人集りでザワザワとしていた。

「奈央、落ち着いて」

 ジュディが私の肩を掴む。

「ちゃんと息をしている。それよりここでは目立つ。この者も魔力なしであろう?家に連れ帰って手当をしよう」

「ジュディ…」

 ジュディは移動魔法で先輩を私の下宿に運んだ。

「私も付き添う。安心して看病しなさい」

 そう言うとジュディは治癒魔法を先輩にかけた。

 先輩の顔色が良くなっていく。私もジュディに助けられた時はこんなふうだったのだろう。

「さぁ、あとは本人の回復を待つだけだ」

「先輩、どうしてこちらの世界に…?」

「さあなぁ。奈央みたく池に落ちてここに来たんじゃないのか?」

「どうして池に落ちたりなんか」

「それは意識が戻ってから聞いてみよう。それにしても」

「それにしても?」

「顔、本当にそっくりなんだな。私とこの者。まるで鏡で自分を見ているようだ」

 ジュディは長い銀髪に指を絡めてくるくるともて遊ぶ。

 先輩は黒髪に茶色の瞳、ジュディは銀髪に薄いグレーの瞳。髪色や瞳の色こそ違うが、先輩はジュディと瓜二つだった。

「奈央と初めて会った時、おまえは私を『センパイ』と呼んだが、この者のことだったんだな」

「はい。そっくりだったから間違えちゃって」

「……おまえはこの者を好いているのか?」

「え?はい。憧れの人です」

「ほう」

「演奏がとても上手いんですよ。先輩は」

「…そうか」

 しばらく沈黙があった。

「なぁ?」

「はい」

「なぁ、……この男と顔が似ているから私のことを好きになったのか?」

 突然、何を言い出すのかと思えば。ジュディは言ってしまった後、しまったと思ったのかそっぽを向いている。

「確かに意識したのは顔が似ていたからだけど、私はあなたを好きになったのよ。いつも私を守ってくれようとするジュディを。あなたは命の恩人でもあるし」

「そうか」

 安心したのか、ジュディは私の肩をそっと抱いた。そのまま首筋に唇を置く。

「ひゃっ」

 私は思わず素っ頓狂な声が出た。

「こんなところで!先輩もいるのよ」

「いるからだろう。見せつけているんだよ」

「もうっ」

 ジュディは他の男性が絡むと執着心が強くなる。それを可愛いともめんどくさいとも思った。

「ところでこの男の名は?」

古谷悠人ふるやゆうとさん」


 翌日、先輩は目を覚ました。

 私は楽隊の仕事の休みを貰って、先輩の看病をすることにした。

 ジュディは出かける時、間違っても間違いがないようにと念を押して仕事に行った。

「瀬戸口…さん?」

「そうです。古谷先輩」

「悠人。おまえは弱っているから看病に奈央を貸してやるが、不埒な真似は絶対にするなよ」

「…誰でしょうか?」

「私の恩人。ジュディ、遅刻するよ」

 渋々とジュディは出て行った。

「先輩は泉で溺れているところを助けられたの」

「泉?僕は確か池で溺れて…」

「その池が泉と繋がってるのよ。先輩、信じられないかもしれないけど、驚かないで聞いて」

 私は横になっている先輩の瞳を覗いた。

「ここは魔法の国なの。さっきいた男の人はジュディと言って、魔法使いで、あなたを助けてくれたの」

「魔法の国?にわかには信じ難いな」

「そうですよね」

「でも確かにさっきの人は魔法使いのような格好をしていたね」

「はい」

「ところで瀬戸口さん」

「なんでしょう」

「君が失踪して騒ぎになっていたんだ。まさかこんなところにいたなんて」

「帰り方はわからないの。あの泉に潜っても溺れるだけだってジュディが」

「…そう。そうしたら僕も帰れないな」

「先輩。ジュディが私たちの世界とこの国をつなぐ道を探してくれているの。だから落胆しないで」

 先輩はふっと笑った。

「そうだな」


午後、容態がすっかり回復した先輩は言った。

「奈央さん、僕は楽器を探しに行かなければならない。池に落ちた時、一緒に持ってきたはずなんだが見当たらないんだ」

「もしかしたら泉にあるかもしれない?」

「うん」

「悠人先輩、一人で探しに行くつもりなの?」

「うん」

「だめだよ。私達魔法なしは虐げられる。このローブを羽織って!」

 私はエミルさんのお下がりのローブを手渡した。私は楽隊の制服を着る。

「行くならこの格好で行きましょう。少しはごまかせるかも」

 私達は当然だが移動魔法が使えなかったので、魔力溜まりの泉まで歩いた。移動魔法では一瞬だったのが、小一時間ほど歩いた。

 泉は街の外れの森の入口にひっそりと隠れていた。

 先輩は早速楽器を探した。先輩のパートはクラリネットだったはず。

 楽器は泉の淵にケースごと浮かんでいた。

「あれだ!」

「悠人先輩、届きそう?」

「二人で手を繋いで距離を稼げばなんとか…」

「じゃあ早く!」

 私達は手を繋いで私が泉の脇の木立に掴まり、悠人先輩が泉の方へ手を伸ばした。

「何をしている?」

もう少しで届きそうというところで声をかけられた。ジュディだった。

 その拍子で私達は手を離してしまい、悠人先輩は泉の中に落ちた。

「悠人先輩!」

 私が叫ぶのと同時に、ジュディが魔法で先輩を宙に浮かせた。ケースに入ったクラリネットも一緒だ。

「…ありがとうございます。助かりました」

「礼には及ばん」

「ジュディ、どうしてここが分かったの?」

「エミルのお下がりのローブには私の魔法陣が張ってあるだろう。それに奈央にはブローチを渡してある。二人がどこにいるかローブとブローチが伝えてくれただけだ」

 そういえばそんなものがあったっけと私は思い直す。

「悠人、その楽器が大切なのは分かるが、魔力なしがこの泉で泳ぐことはできない。今後は近づかないように」

「はい…」

「さて行こうか」

「えっ、どこへ?」

 私が聞き返す。

「フランツの楽器店だよ。そのクラリネットは水に濡れて故障しているだろう?修理が必要だ」

「…あ、ありがとうございます!」

 悠人先輩がジュディに頭を垂れた。

「…本当に奈央と同じ世界から来たんだな。ニホンという頭を垂れる風習の」

 ジュディは切ない顔をして悠人先輩を見下ろした。

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