第24話 セルアーニャの研究室

 奈央は悠人を誘って、ジュディドと共に三人でセルアーニャの研究室を訪れた。

 セルアーニャの研究室は魔法学校の歴史研究科にあった。部屋は膨大な資料で埋め尽くされており、天井から床までびっしりと本が積み重なっている。

「ようこそ、我が研究室へ」

 セルアーニャはお茶を淹れながら出迎えてくれた。

「ちょうどお茶の時間にしようと思っていたところなんです」

 茶菓子を棚からゴソゴソと引き出す。

「今日はお忙しい中、お時間をいただきありがとうございます」

 ジュディドが礼を述べた。

「いえいえ、『魔法使いの扉』についての相談だと伺いましたが」

「はい、実は……」

 ジュディドと奈央は自分たちの仮説について説明した。悠人はその仮説について先に聞かされていたが、まだ信じられないという様子で聞いていた。

「つまり、『魔法使いの扉』を開くには音楽を演奏することと形見をかざすことが鍵となる、と?」

 セルアーニャは興味深そうに話を吟味する。

「はい、私達の検証ではその二つが揃った時、扉が開かれて光の道が現れたんです」

 奈央が答えた。

「面白い検証をしましたね。私は気づきませんでした。それにおそらくそれは正しいと思いますよ」

「正しい?」

 奈央とジュディド、悠人はセルアーニャを直視した。セルアーニャは三人に向かって優しく笑ってみせた。

「ええ。三井千尋さんの原著でも伴侶の写真から光が放たれたでしょう?それが何を意味するか不思議だった。けれど今回の二人の検証で分かりました。

 奈央さんの言う通り、『形見』だったんですね。元の世界に戻るには、この国の死者となるべく『形見』を残す必要がある、と」

 セルアーニャはそこまで言うと、お茶を一口すすって一息ついた。そこへジュディドが自分の仮説を話し出す。

「それから私は、『魔法使いの扉』もとい『死者の扉』は一方通行なのではないかと考えているんです」

「一方通行と言うと?」

「この国からあちらへ帰ってしまえば二度と戻ってこれない、ということです。『死者の扉』というだけあって、こちらの世界には二度と戻らない『死者』という存在にならなければならない、と」

「ふむ」

 セルアーニャは右手を口元にあて、考え込んだ。

「それもあり得なくもない。あちらへ渡ったものを直に知らないから、こればかりは何とも言えませんが」

「そうですか…」

「話は変わりますが、ひとつ、興味深いお話をしましょうか」

 三人は顔を上げ、居住まいを正してセルアーニャの方を向く。

「三井千尋さんですが、この方はおそらく元の世界に帰っていません」

「えっ?」

 三人は同時に声を出した。

「それはどういう…?」

「魔法省の古い記録にチヒロミツイの名があるんです。なんの記録だと思いますか?身寄りのない死亡者リストです。この国での」

「それじゃあ三井千尋さんはこの国で亡くなったということですか?」

 悠人が驚きながら聞く。

「故郷にあれほど帰りたがっていたのに?」

「どういう経緯でこちらに残ったのかは分かりません。ただ、この国で亡くなったのは事実です。お墓は伴侶の隣に作られたようですが、その場所は未だ解明できていません。国が別の場所に隠しましたから」

「お墓があるんですか」

 奈央は聞き返した。

「ええ。身寄りのなかった三井千尋さんは、最期は国の世話になったそうです。だからこそ記録が残ったし、墓の場所も国が選んだ」

「では、三井千尋さんの最期は国が知っているということなんですね」

 そこにこの国に留まった理由の手がかりがあるかもしれない、その理由は何なのか、ジュディドはそう思って質問した。

「三井さんの詳しい最期は国が知っているはずです。残念ながら私の研究ではこのあたりのことはわからないのです。国が隠しているのかもしれません。ただこちらで亡くなったのは事実です」

 セルアーニャは三井千尋のこの国での最期を断言した。


 その時、部屋のドアからノックをする音が響いた。

「セル、入るぞ」

 そう断って入ってきたのはガザフ議長だった。

「おやぁ?」

 ガザフ議長は奈央とジュディド、悠人の三人を見つけると、面白いものを見つけたような顔をした。

「おまえさんたち、まだ『魔法使いの扉』を追っかけてるのか?」

 問いには奈央が答えた。

「今日は私たちの立てた仮説が正しいか、セルアーニャさんに話を伺いに参りました」

「ふーん、そりゃあ熱心なことで。魔法使いの扉を見つけるというのは本気なんだなぁ。ここと向こうを行き来するのも、さぞかし大変だろうに」

「えっ?」

 ガザフ議長の言葉に最初に反応したのはジュディドだった。

「今、何とおっしゃられましたか、議長殿」

「ん?だから、熱心だなぁ、と。こっちとあっちを行き来するのは大変なのに」

「つまり扉は一方通行ではないのですか!?」

「えっ?…ああっ、しまっ……」

 ガザフ議長の狼狽えたその言葉で、彼が何か隠していることをジュディドは悟った。

「知っていることを教えてください。この国と元の国を往復できる道があるんですね?」

 ジュディドはガザフ議長に迫った。

「無理だな、教えられんよ」

ガザフ議長は頑なに拒む。

「ガザフ議長殿、教えていただけないだろうことは承知していますが、極秘事項とは何なのですか?」

「言えん」

「教えてください」

「……言えん」

 ジュディドが秘密を白状させる魔法をかけようと呪文を唱え姿勢を構える。ガザフ議長は冗談だと受け止めたが、ジュディドの目は本気だった。

「おいおい、そんな物騒な魔法を出すな!

 ……この国とかの国を行き来できる通路がある『らしい』ってことだ。言えるのはここまでだ」

「確実にあるのですか?」

「あるかないかも極秘だ」

「では質問を変えます。三井千尋はその道を見つけましたか?」

 ガザフ議長は少し考えてから、

「そうだな、極秘事項は教えられんが、俺からもひとつ情報をやろう」

 ニヤッと目だけ笑う。

「三井千尋はどうやら向こうの国とこちらの国、どちらも行き来していたらしい」

 その言葉に一番驚いたのはセルアーニャだった。

「どういうことですか!?」

 セルアーニャが立ち上がってガザフ議長に詰め寄る。

「私はそんな話は初耳です。元の国には帰らなかったのではないのですか?」

 たじろいたのはガザフ議長だった。

「いや、これは俺の想像だが、三井千尋は両方の国を行き来できる方法を見つけていたんだろうな。最期はこの国で亡くなったが、生前はあっちの国にも何度か戻っていたようだ。

 と言うのもだ、三井は晩年、国の世話になったろう?亡くなった後に出てきた三井の持ち物からは、この国の物ではない持ち物がわんさか出てきたらしい。電車の時刻表だとか、暦の違う手帳だとか、家族の肖像だとか。

 それにな、国が見つけた三井千尋の日記があってな、ぼやかしてはいるが、行き来しているらしい記述がいくつもあるんだ」

「つまり、三井千尋さんがこちらとあちらを行き来した状況証拠があるということなんですね」

 悠人がガザフ議長の話をまとめる。

「そうだが、両側通行の扉についてはあくまで俺の想像だ。証拠はない。三井の持ち物に向こうの国の痕跡が多数あるっていうだけだ」

 奈央とジュディドはガザフ議長の言葉を黙って聴いた。この言葉に深い興味を持ちながら。

 三井千尋は両側通行の道を見つけていた。それは奈央にとってもジュディドにとっても希望の道となる。

 何としても、その道を見つけなければーー!

 二人は同じことを考えた。


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