第14話 銀狼の双璧

 突然の第二皇子の来訪を受け、祝勝会は急遽幕を下ろすことになった。それと同時にグリツェラ領国一帯に強力な箝口令が敷かれた。桜のやかたで見たことは他言無用。もしリヒトの耳に入れば、トライノーツに流刑中であるはずのシオンを匿った罪で、今度はアイシャの首が飛ぶ。


「あんなに幸せそうな姫様を見たら、誰も口外なんてできませんよ」


 大広間でその様子を目の当たりにした臣民たちは口々にそう言って、敬愛する姫君のために硬く口を閉ざすことにした。

 ちなみに簡単に口外しそうなジーノ・マクベラン男爵はダリオが身柄を預かることになった。「性根を叩き直します」と生真面目な顔で告げ、牢へぶち込んだとか。


 一気にがらんどうになった大広間を見渡し、フードを脱いだシオンが申し訳なさそうな顔を見せる。


「君の勝利を祝うための席だったのに、邪魔をしてしまってすまない」

「い、いえ……それより、どうしてシオン様がここに? トライノーツからの帰還命令が出たのですか?」

「話せば長くなるから、それはまた今度にしよう。しばらく滞在したいんだが、構わないだろうか」

「それは、はい、ええ……」


 抱えた花束で鼻先を隠し、恥ずかしそうに目を逸らして頷く。

 再会の喜びで色々と吹っ飛んでいたが、今までの経緯を考えるとどんな顔をして彼と話せばいいのかわからない。もう婚約者ではないのだし、普通に客人としてもてなすべきなのだろうか。


 対応に困っている様子のアイシャに、シオンは苦笑を浮かべた。


「婚約者でもない男から花束を贈られるのは迷惑だったか?」

「違っ……! う、嬉しいのは本当です、お会いしたかったのも……でも少し混乱していて……も、申し訳ありま――」


 謝罪を紡ごうとした唇に、ふに、と人差し指の腹が押し当てられる。


「謝らないでくれ、君は何も悪くない」

「シオン様……」

「ちゃんと説明する。今までのことも。だがその前に……」


 そう言うと、アイシャが大事そうに抱えた花束から一輪のカスミソウを抜き取った。


「ルーカスに花を供えてもいいか?」

「……はい、もちろんです」


 涙ぐんで頷いた手を取り、シオンはアイシャと大広間を後にした。

 その様子を遠巻きから見守るロイとテンの視線は鋭い。


「あの野郎、どの面下げて花束なんて持って来やがったんだか。ロイさんだってそう思うだろ?」


 テンは晩餐が乗ったままのテーブルに頬杖をつき、面白くなさそうに眉を寄せる。

 婚約関係にあった間も、シオンからの冷遇に傷つくアイシャを近くで見てきた。またあんなことにならないか、テンはそれだけが気がかりでならない。誰よりも彼女を大切に思って尽くしてきたロイも同じ気持ちのはず。


「過去のことを思えば、僕もシオン殿下がアイシャに相応しいとは思えない。彼はグリツェラ領国の宝を蔑ろにし続けた」


 かつてのシオンの態度は、家臣たちにとって忌むべきものだった。ルーカスが「殿下にも事情があるんだ」と言うから、不満をぐっと押し留めていただけで。アイシャには言えないが、婚約が破棄されて安堵したほどだ。


「でも、彼女をただのアイシャ・ルドヴィカ・ディ・グリツェラに戻してくれるのは、きっと彼だけなんだよ」


 七聖家が一門の当主。

 グリツェラ領国の姫君。

 白桜騎士団を率いる銀狼。


 大仰な肩書きをいくつも背負う身体は、近くで見ると驚くほど華奢だ。だがロイたちの前では絶対に鎧を脱がない。強く気高い君主であろうとする。ルーカスを失ってからはなおさらだ。それが頼もしい反面、心苦しかった。だからアイシャが求めてさえくれれば、ロイは本気で婿になろうと思っていたのだが……。


「ルーカス様が生き返らないのと同じで、過去はどうやったって取り戻せない。本当に大切なのはこれからだ。殿下が本当にアイシャを幸せにしてくれるなら、僕は黙って身を引くだけだよ」

「……もし、またアイシャを傷つけるようなことがあったら?」


 あってほしくない「もしも」を口にするテンへ目配せした翡翠の双眸は、いつもと変わらず優し気に弧を描く。


「その時は今度こそ容赦しない。ルーカス様から授かった忠義の剣を彼の血で汚すのも惜しいから、岸壁に生きたまま逆さ吊りにしよう。風に煽られて岩肌へ脳天をぶちまけてしまえばいいんだ」

「こっわ」


 朗らかな笑顔でとんでもないことを言うロイに、テンは大袈裟に身震いする。

 だが、すぐに金の瞳を鋭くした。


「そしたら、最後に縄を切って死体を落とす役目は貰っていい?」

「んー……本当は僕がやりたいけど、テンならいいかな。任せるね」

「おう!」


 さっぱりとした笑顔の二人が物騒な約束をして拳を交差させる。

 それを影で聞いていたルフは「銀狼の双璧こわい」と青い顔で震えながら、主人の健闘を全力で祈ったのだった。

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