第2話 日の出とともに出発

 翌日。例の客―リベルは日の出とともに町を出ていた。昨晩聞いた話の真相を己の手で確かめるためだ。口先では嘘と断じていたリベルだが、トレジャーハンターの勘が話は本物だと告げていた。


「とは言ったもの、北側の森って範囲が広すぎるんだが。ま、おおよそ見当はついているけど」


 リベルの足取りに迷いはない。足場の悪い森の中を、木々の間を縫うように進むこと一時間ほど。目の前に10m程度の崖が姿を現した。崖の上には遠回りするしか行く方法はなさそうだが、リベルにそのつもりは毛頭ない。


「人目を忍んで住みながら、それでいて街に行き来しやすい場所。こうなると簡単じゃね?」


 可能性だけを考えれば無数に選択肢はある。だが、その中でも最も可能性の高いものを選択した結果、リベルはここにいるのだ。リベルは崖に沿って歩きながらそれらしいものを探す。


「洞窟……はありきたりだな。つまらん。もっと遺跡遺跡している遺跡がいいなぁ。金銀財宝が眠っていて、ついでに遺物アーティファクトがあればなお良し。あぁ、愛しの遺跡ちゃんたちよ! 今この俺が会いに行くからね!」


 テンションの上がったリベルの声が森に響く。こう言っては何だが、リベロは遺跡や遺物が尋常ではないほど好きなのだ。傍から見ると理解できないほどに。もしこの光景を親子連れに見られていたら、隣にいる親は子どもの目と耳を塞ぎ、リベルをいないものとして扱うに違いない。

 しかし、今回に限ってはその声に反応する存在がいた。


「グルルルル……」


 そこらの野犬よりも数段低い唸り声。その異様なまでの気配は明らかに野生動物とはかけ離れたものであった。その気配だけでリベルは即座にそれが魔獣であると見抜いた。魔力を持った獣―魔獣と呼ばれる存在は、度々人間と敵対し、多くの被害を出している。一般人なら魔獣と相対した時点で死を意味するほどの存在を前に、リベルは未だに笑顔を崩してはいない。

唸り声の主が木々の間からゆっくりと姿を現す。体格も大きく、平均以上の身長であるリベルよりも大きい狼。異様に長い犬歯が特徴的なそれは“サーベルウルフ”と呼ばれる魔獣だ。それが5匹の群れを作り、リベルを餌として狙いを定めていた。


「あらら、魔獣が群れなんて作りなさってまぁ。困ったもんだねぇ」


 リベルは大袈裟に肩を竦めて見せる。まるで近所の悪ガキのいたずらを笑って見守る大人のような態度だ。そんな小馬鹿にしたような態度は言葉を持たないサーベルウルフにもしっかりと伝わったようで、内一匹が雄叫びを上げながら襲い掛かってくる。


 血飛沫が散った。


「あらよっと」


 リベルの手にはいつの間にか鋭利なナイフが握られていた。血の滴るナイフを振って血を払うのと同じくして、リベルの背後からドサッと物が落ちる音がする。首を切られて絶命したサーベルウルフの死体だった。


魔力持ホルダーちなのはお前らだけじゃねぇんだぜ?」


 サーベルウルフたちは僅かにたじろいだ。野生動物よりも優れた知能が、目の前の餌だと思っていた存在が得体の知れない何かの可能性を示唆する。これまで狩る側だった彼らには、狩られる側の感情などにわかには理解できようもない。得も言われぬ感覚が彼らを支配する。


「おーおー、弱っちい犬っころはすっこんでろ。尻尾巻いて逃げ帰んな」


 リベルの放った言葉の意味は理解できずとも、明らかに自分たちを見下していることは伝わる。なまじ優れた知性が、野生動物の優れた危機察知能力を鈍らせてしまった。彼らは牙をむき出しにしてリベルに襲い掛かる。リベルの周囲を取り囲み、背後の一匹が襲い掛かる。彼ら狼が最も得意とする狩りの方法だ。


「あらら、どうして襲い掛かってくるかねぇ。最近のモンは血の気が多すぎるぜ」


 リベルは大袈裟に呆れたような仕草と声音をしつつ、振り向きざまに手に持っていたナイフで掬い上げるようにして背後の一匹の喉元を切り裂く。その手に伝わる感覚から仕留めたと確信し、そのままサーベルウルフたちの次の行動を予測する。その予測通り動く背後の気配に対して振り向くことなく、またしてもいつの間にか左手に持っていた短剣を投擲した。


「ガッ……」


 短剣は口をガバッと広げ、その最大に武器である犬歯で噛みつこうとしていたサーベルウルフの口に吸い込まれた。鋭い剣先は口内を切り裂き、的確に脳みそも破壊した。

 ドサッと二頭のサーベルウルフの死体が地面に落ちる。ピクリとも動かない仲間を見た残りのサーベルウルフは完全に萎縮していた。彼らに襲われた存在は、きっと今の自分たちと同じに違いない。ちっぽけな知性はささやかながらの走馬灯と、これから確実に来る死を理解していた。


「このまま放っておいても被害が出るしな。お前らに恨みはねぇが、まぁ、そういうこった」


 一分。それが二匹のサーベルウルフに残された寿命だった。

 周囲に散らばったサーベルウルフの死体を見ながら、リベルは使った武器を回収する。その顔は少しも楽しそうではない。だが、それは別に殺しをしたことを悔やんでいるわけではない。もっと別のことを考えていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る