第20話 寄り道

「うむ、甘くて美味い」

「一つでいいな。飽きそうだ」

「残りは貰ってやってもいいぞ」

「欲しければくれてやる」

「ありがたく貰っておこう」


 リベルとフィーニスは件のスイーツショップにいた。フィーニスが欲張って十個のスイーツを頼み、リベルは小さめのものを三個注文した。その砂糖たっぷりの甘さにリベルは一個で撃沈し、フィーニスは計十二個をぺろりと平らげた。


「太るぞ」

「頭脳労働に糖分は必須だ。つまり、わたしには必要だったのだよ」

「まるで俺が頭を使っていないみたいだな?」

「違うのか?」

「え? 俺ってそんな風に思われてるの?」


 純粋な瞳で見つめ返されたリベルは、人生で一番の衝撃を受けたかもしれない。これだけ世話をしている相手に馬鹿だと思われていたのだから。腕が落下するか思うくらい肩を落としたリベルなどどこ吹く風で、フィーニスの興味は別のところに移っていた。


「そんなことで落ち込むな、リベル。次は本屋に行くぞ。気になる」

「そんなこと……」


 フィーニスの言葉の刃にグサグサと貫かれたリベルの心はズタボロだ。時として無邪気さは、汚れた大人に猛毒となることがここに証明されてしまった。

 しかし、これまでリベルは立ちはだかる数多の壁を越えてきた。今回も過去と同じように克服するであろう。


「いや、待てよ? 頭を使っていない状態で今の俺ってことは……頭まで使えるようになったら最強では?」

「何をぶつぶつ言っている?」

「フィーニス、俺は真理に気がついてしまった」

「は?」

「頭が回るようになった俺は超絶完璧イケメントレジャーハンターなのではないか、とな」

「そのネーミングが既に絶望的だな」

「フッ、僻むなよ」

「その頭を物理的に回してやろうか?」

「そうしたら本は買えないな」

「うぐ……」


 リベルのカウンターが決まった。リベルの逆転勝ちでこの勝負は幕を下ろした。気分が良くなったリベルは席を立つ。続けてフィーニスも席を立った。目的地は本屋だ。店に入るなり店主にギロリと睨まれた。しかし、視線はすぐに何処かに向いてしまう。どうやら店主のお眼鏡にかなったようだ。


「ふむ、読めぬ」

「だろうな」


 早速とばかりに手近な本を一冊手に取ったフィーニスは、すぐに元あったところに本を戻した。当然ながら会話はできるようになったと言っても、まだ読み書きは練習できていない。歩きながらではやりにくいので保留していたからだ。


「気になる本のジャンルは?」

「魔法と歴史が知りたい。錬金術もだ」

「その中だと歴史しかないだろな」

「何故だ?」

「錬金術は眉唾物。魔法は非売品だ」

「なんだと!?」

「落ち着けって。魔法の本なら俺が持ってる。錬金術は……諦めろ」

「ぐぬぬ……」


 リベルですら“無い”と言った以上、フィーニスは引き下がるしかない。魔法に関する書物をリベルが持っていなければ素直に引き下がったかどうかは怪しいが。

 リベルは数冊の本を買い、本屋を後にする。買った本はフィーニスが大事そうに抱きしめていた。


「もう夕方だし、散策は明日だな」

「リベル……」

「わかってるって。読み書きを教えろって話だろ? あと、魔法の本もか」

「分かっているなら良い」

「へいへい」


 宿屋に戻り、机の上に本を置く。魔法の本は貴重品なので必要な時にその都度リベルから借りることになった。


「空腹だ、リベル」

「え……。あれだけ食べたのにか?」


 つい先ほどスイーツショップでたらふく食べたというに、もうお腹が減ったらしい。リベルは若干引き気味になってしまう。それを見て慌てた様子でフィーニスが弁解を始めた。


「い、いや、これはだな……。あれだ、甘いものは別腹と言うだろう?」

「……」

「それに、わたしは成長期なのだ! いくら食べても問題あるまい!」

「……」

「ええい! もういい! 早く食べに行くぞ!」

「あ、開き直りやがった」


 プンプンと怒りながらリベルの服を引っ張り部屋から出る。早くしろ、と言わんばかりにリベルを睨みつけた。「こいつ感情ありまくりじゃん」とリベルは思いながら、フィーニスを連れて宿屋の一階に向かった。目的地はまさしくそこだ。


「外には出ないのか?」

「宿屋には食堂が併設されている場合も多いのさ」

「あの宿屋にはなかったな」

「田舎の安宿に過度な期待はするな」


 そもそも食堂が無い場合や、食えるだけマシというレベルの“食事”が出てくることもある。それも旅の醍醐味と言えばそうだが、どうせなら美味いものが食べたいのが人情というものだ。


「ならばここは期待していいのか?」

「いいぞ。美味いから」

「何故リベルは知っているのだ?」

「来たことあるから」

「リベルだけズルくないか?」

「フィーニスが寝坊助だから」

「いつまでそれを引きずるつもりだ!?」

「気が済むまで、かな」

「むっ!」


 だって楽しいもの。リベルの言わんとすることは正確に伝わったようだ。フィーニスは当分揶揄われることを悟り、徹底抗戦の宣言をする。


「破産させてやる」

「やってみろ。好きなだけ食えばいい」

「遠慮はしないぞ」


 リベルは甘く見ていた。目の前の少女が秘める異次元の胃袋を。

 フィーニスは甘く見ていた。目の前の大人の圧倒的な経済力を。

 最後に泣いたのは、他の客の分がなくなると申し出てきた支配人だった。


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