第21話 忘れていたこと

 その日から三日、リベルはいつもとは違う騒がしい日常を過ごした。ただ間違いなく言えることは、この三日間はリベルの人生で一番散財したことだ。

 例えば、フィーニスのためにトレジャーハンターに相応しい丈夫で多機能な装備を新調した。これらは魔道具の類で温度の調節機能、衝撃吸収、魔法障壁、汚れなどを自動で落としてくれたりする優れものだ。

 中々に値の張る代物だったのだが、遺跡探しの際に相手にしたサーベルウルフの毛皮がいい仕事をしてくれたのだ。普通に使うなら皮をなめしたりする必要があるためそれなりの期間が必要になるのだが、既製品との物々交換と金で解決した。

 給仕服の代わりに立派な一張羅を手に入れたフィーニスは、リベルに見せつけるようにその場でくるりと一周回る。


「どうだ? 似合っているだろう?」

「俺の見立てだからな。流石、俺」

「リベルのセンスは信用できん」

「フィーニスはお子様だからしょうがない」

「そのセンスが理解できるくらいなら、わたしは子どものままでいい」

「そこまで……!?」


 リベルは驚きのあまり目を見開く。しかし、このフィーニスは的確に見抜いていた。この顔は冗談であることを。リベルは本当に困惑すると変顔をする余裕もなくフリーズするのだと。宿屋の食料のほとんどを食い尽くしたその日、リベルはまさにその顔をしていた。

 そんなリベルには触れず、フィーニスは他にも買ったり、貰ったりした装備に手を伸ばし、その感触を確かめる。腰に装着した小さめのナイフ。身体の至る所に装備したライターやその他小道具。そして、リベルが折れるまで散々駄々をこねてこねてこねまくって手に入れた、スペアの『際限なき強欲』。これを強請られた後のリベルは珍しく名残惜しそうな顔をしていた。


「ふふっ」

「無くすなよ」

「当然だ」


 リベルにとって遺物(アーティファクト)は己の、トレジャーハンターとしての軌跡である。そんな自身にとっての勲章を他者に気軽に渡したくない。フィーニスに渡したことは、本当に苦渋の選択だったのだ。


「さて、リベル」

「なんだ?」

「そろそろ盗賊を捕まえた金が入るはずだろう?」

「あー、そうだな。とりあえず詰め所に行ってみるか」


 この三日間があまりに濃すぎて、記憶の彼方に飛んでいっていた当初の目的を思い出したリベルは立ち上がる。初めての体験に待ちきれない様子のフィーニスは既に扉の前に立っていた。


「よし、目的地に出発……だ……?」

「どうした? フィーニス」


 ビシッと扉を指差したフィーニスの言葉尻は唐突に疑問形に変わった。リベルは何かあったのかと周囲に視線を配りながら片手に短剣を握る。


「……ていた」

「あん?」

「忘れていた!」

「はぁ」


 フィーニスは勢いよくリベルに振り向き、リベルの服を掴む。緊急事態ではないことを理解したリベルは短剣をしまうと、気の抜けた返事と共に目の前の子どもの相手をする。


「何を忘れてたんだよ」

「とても大事なことだ」

「そんなに?」

「ああ」


 フィーニスが深刻そうな雰囲気を漂わせる。しかし、リベルは全くといっていいほど、どうでもよさそうに目がそっぽを向いている。

 そうして、フィーニスが重々しく口を開いた。


「目的地をわたしは知らないのだ」

「……領軍の詰め所じゃねーのかよ」

「違う。この旅の目的地だ」

「あーね」


 そう言われれば言い損ねていたな、とリベルは埋もれていた記憶を掘り起こす。なんだかんだで言う機会を逃していた。そもそも、言う必要を感じなかったのもある。


「リベル、わたし達が向かっているところはどこなのだ?」

「えー、いいじゃん。どこでも」

「嫌だ。知りたい」

「ピューミラス」

「……ぴ?」

「ピューミラス。正確にはその街にある『王の墳墓』だな」


 砂漠のオアシスに鎮座する「王の墳墓」。それを取り囲むようにある街の名がピューミラス。「王の墳墓」は石造りの巨大な四角錐の建造物だ。四方には同じく石造りの巨大なモノリスが配置されている。非常に有名な観光地であり、古代文明の遺跡でもある。攻略済みとされているが、たまに新たな部屋が発見されることもあるため、未だに多くのトレジャーハンターが訪れている。


「『王の墳墓』か。聞く限りかつての王の墓のようだが……」

「その通り。山のような金銀財宝が一緒に埋葬されていたらしい」

「らしい?」

「俺の生まれる前から見つかっている遺跡さ。俺も行ったことがある。あの巨大な遺跡を手ずから探索したかった……!」


 リベルの手にギュッと力が籠る。本当に悔しいのだ。あれ程の巨大な遺跡がもし手付かずの状態であったなら、と思わずにはいられない。絶対に心躍るような体験ができるに違いない。

 しかし、フィーニスの感想は違った。


「それはただの墓荒らしではないか?」

「それは言わないお約束」

「……本当に?」

「取り締まる人も法もない。つまり合法だ」

「物は言いようだな」

「ロマンは何人にも止められねぇんだ」


 誰が何と言おうと、ロマンこそがリベルを突き動かす原動力なのだ。その煮え滾るようなロマンによって見つけ出され、自身の目的に同行してくれるのだから、フィーニスは言い返す言葉がない。


「……仕方のない奴め」


 フィーニスはそう締めくくった。

 そうして、二人は領軍の詰め所に向かうのだった。


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