第22話 過ぎる道中
領軍の詰め所に到着すると、兵士の一人がすぐに兵長を呼んできた。
「よっ、久しぶり」
「盗賊団の件か。少し待っていてくれ」
すぐに兵士が金の入った袋を持ってきた。兵長が内訳を説明し、金額に間違いがないか確認する。そして、間違いがないことを確認出来たので『際限なき強欲』にしまった。
「もう出立か?」
「明日くらいにな」
「そうか。達者でな」
短い挨拶を終えると兵長は詰め所に戻っていった。忙しそうなので速やかにその場から離れる。
延泊している宿屋を目指して雑踏の中を歩く。
「たった三日だが、この光景が見納めとなると何故だが寂しくなるな」
「だからこそ次が恋しくなるし、今が愛おしくなる」
そんなクサい台詞もリベルが言うと様になる。故に事実であってもフィーニスは素直に賛同できない。なので、いつものリベルの真似をして茶化す。
「そうやって女性を口説くのか?」
「堕とした女は星の数ってな」
「最低」
「色男と言ってくれ」
「色欲魔」
「まったく、俺って罪な男だぜ」
「死刑」
「再審を要求する」
「棄却。死刑」
「無慈悲」
こうしていい雰囲気は死刑になった。ほぐれた空気は喧騒に飲み込まれて日常の一部となる。見納めだからと様々な店を見て回り、宿屋の食堂では常識的な量の食事をしてグーデナーでの最終日を終える。
そして翌日。
「乗合馬車か」
「これだけ喋れるなら不審がられることもないだろうからな」
「楽しみだ」
翌朝、朝一の乗合馬車でピューミラスへ向かう。といってもそれなりに遠いので、何個も街を通過することになる。歩くにしても時間がかかりすぎてしまうし、これまでなら古代語しか話せなかったフィーニスがいると怪しまれるので避けていたが、今回からは問題ない。
「野営はないのか?」
「乗合馬車は一日ごとに宿場町で停まるからな。長距離移動ではそこで安宿に泊まるのが普通だ。もの好きは野営してもいいが」
「安宿か。面白いのか?」
「雑魚寝だからなぁ。快適とは程遠い。俺はできる限り個室のある部屋に泊まる」
大部屋での雑魚寝なので色々な人間を見ることができる。だが、大部屋に泊まるような人間は貧乏人や訳アリが多い。お世辞にも治安がいいとは言い切れないのが実情だ。
「少なくとも自衛ができないと話にならん」
「わたしだってそれなりに強いぞ」
「腕力もだが、知識も必要だ」
横暴に振舞う者もいればコソ泥もいる。さらに衛生的に良いとは言えないため、感染症などにも気をつけなければならない。特に女性は様々な意味で標的にされやすいため要警戒だ。それらを正しく対処しなければならないために知識は必須なのだ。
「リベルがいるじゃないか」
「できるとと面倒なことは両立する」
「なら問題ないな」
「フィーニス、お前泊まってみたいだけだろ」
「そうだが?」
「……はぁ~。一泊だけだぞ」
「最初からそう言えばいい」
そうこう話していると乗合馬車がやって来た。荷台が対面式の椅子になっており、屋根代わりの幌が被せられていて雨や日光を遮る仕組みになっている。人を運ぶための馬車は初めて乗るために、フィーニスはキョロキョロと物珍しそうに視線をあちこちに巡らせている。
停留所で待っていた全員を乗せた乗合馬車が出発する。
「遅いな」
「街中だからな。外に出るともう少し早くなる」
リベルの言った通り街の入り口を通り抜け、街道に差し掛かると馬車は速度を上げた。それでも走れば抜かせるくらいの速度だ。
「意外とゆっくりなのだな」
「速く走ると馬が潰れる。馬が疲れすぎない速度がこれなのさ」
途中で挟む休憩は乗客の休憩という意味以上に、馬の休憩という意味合いが強い。それでも普通に歩くより早く、疲れないので利用者は多い。代わりに移動中は暇なのでほかの乗客と会話することも多い。
誰が見ても初めて利用したとわかるフィーニスは、その可愛さも相まって人気者になった。休憩中も喋り続け、気がつけば宿場町に到着していた。
「本当に安宿に泊まるのか?」
「しつこい。わたしは決めたのだ」
「俺も巻き込まれるんだが」
「旅は道連れ世は情け、と言うからな」
「そんな昔から言うのかよ」
フィーニスが言うということは古代文明の時代からあることわざなのだろう。新たな知見を得つつ、リベルは一つの宿をとった。宿屋の主人はフィーニスを見て「やめておけ」と冷たい視線をリベルにおくりつつ、この宿屋について教えてくれた。
「うふふ、楽しみだ」
「後悔しても知らんぞ」
足取り軽く進むフィーニスだったが、大部屋の扉を開けた途端、それまでのことを酷く後悔した。
まず、扉を開けると同時に、中にいた宿泊者から好奇の視線が注がれた。滅多にお目にかかれないほどの美少女に、失礼などという言葉が消え失せた野郎どもは視線を外さない。そして同時に漂う臭い。汗やら何やらのすえた臭いが部屋中に染み込んでいて、慣れないフィーニスは露骨に顔を顰める。
そんなフィーニスなどお構いなしに、何人かの男達が立ち上がって向かってきた。複数の腕がフィーニスに伸ばされたその時、リベルがニッコリ笑顔で扉を閉める。
「どうする?」
扉の向こうでリベルに対する罵詈雑言が聞こえ、壊さんばかりに叩かれる。しかし、複数人でかかってもリベルの力には敵わない。
「……すまない」
「はいよ」
フィーニスは素直に謝罪した。自分が振り回し続けた自覚がある分、罪悪感は強い。リベルはフィーニスを連れて受付に戻ると、主人にキャンセルの旨を伝えた。迷惑料として追加で少し金を払って逃げるように安宿から出て行く。
「何事も経験さ。人ってのは成功と失敗を積み重ねて成長するものだからな」
リベルの言う通りである。追って出てきた数人の男の足元にナイフを投げつけながら、フィーニスに笑いかけるリベルはかつてないほど頼もしく見えた。
「リベルも失敗するのか?」
「俺は失敗すらも自分を輝かせるアクセサリーにしてしまうのさ。なにせハンサムだから」
「……ふふっ」
リベルはどこまでもいつも通りだった。
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