第23話 砂の海にて

「我々の視界いっぱいに広がるは砂漠。まさしく砂の海。日中は苛烈な日光と気温が降り注ぎ、夜は万物の熱を奪い去る暗闇に包まれる。ここは試される大地。しかし、そんな過酷極まる環境でも逞しく生きる生物はいる。例えば穴掘り蜘蛛は地下深くに穴を掘ることで寒暖差を凌ぎ、例えば羊と見紛えるほどの毛量を誇るスナネコは、日中の大半を砂に潜って過ごし、極寒の夜に活動する。それぞれの進化は非常に興味深い。しかし、どの地域にいてもそれほど大きな変化がない種もいる。そう、それは人間。彼らは自らの姿を変えるのではなく、環境を変える方を選択した。その存在は自然界の中で極めて異質だ。田畑を耕し、家を作り、文明を興す。水がないなら川の流れを変えるなど、その行為は他の動物ではあり得ないほど巨大で複雑だ。そして……」

「リベルはさっきから何独り言を言っている? 熱で頭でもやられたか?」

「俺を見ている全ての皆に聞いてほしくてつい、な」

「わたし達二人の他に誰がいる? この砂漠に!」


 リベルが熱弁を振るっていたところ、ついにフィーニスに止められてしまった。ただでさえ暑くて堪らないのに、隣で熱弁なんて振るわれたのだから、堪忍袋が茹でられてしまったようだ。

 フィーニスは見渡す限りの砂の海を指差す。そこに動く影は直射日光除けの巨大なローブを頭からすっぽりと被ったリベルとフィーニスの二つだけだ。


「まだピューミラスには着かないのか?」

「あと数日ってところかな」

「遠いな」


 はぁ、とフィーニスはため息をつく。入ってくる空気は灼熱の暑さを含んでおり、全然涼しくない。グーデナーで新調した装備には空調機能も付いているが、この暑さを完全にシャットアウトすることはできないようだ。


「何でこんなことに……」


 フィーニスはうだるような暑さの中、そう思わずにはいられなかった。





 遡ること五日前。それまで何かといろいろありながらも旅路は順調だった。そして、ついにピューミラスの街がある砂漠までやって来たのだ。ピューミラスに行くだけなら目印となる石造りのモノリスを辿っていけば到着するのだが、何かの縁で砂漠専門の大規模な商隊と共に砂漠を渡ることになったリベル達一向。しかし、問題はここからだった。一日目の野営時に魔獣に襲われてしまったのだ。


「ぎゃあぁぁあああぁ!」

「モノリスがあるのに、何で!?」

「に、逃げろっ!」

「うわぁあぁぁ!」


 ただの魔獣なら魔道具の一種であるモノリスが魔獣避けとして機能する。しかし、今回襲って来たのは異常成長したサンドワームだった。その巨体と黒い身体、本来なら柔らかいはずの皮膚が金属のように硬質化した化け物は難敵だった。放っておけば全滅すると判断したリベルはフィーニスを抱え、サンドワームを引き付けたのだ。


「俺が引き付ける!」

「逃げろ! 死ぬぞ!」

魔力持ちホルダーを嘗めんじゃねぇ!」


 威勢よく啖呵を切ったはいいものの、リベルは難題だということを理解していた。両手が使えるようにフィーニスを背負い直し「フランマ スパエラ」をサンドワームに当てる。火球が顔?に当たったサンドワームは身体をうねらせ、わき目も降らずにリベルに襲い掛かってきた。


「どうするつもりだ?」

「とりあえず商隊と離れる! 逃げ切れよ、お前ら!」


 返事を聞く暇すらなく、リベルは砂の上を滑るように駆ける。凡人とは比べ物にならない速さだが、サンドワームは悠々とそれに追随し、攻撃まで仕掛けてくる始末だ。途中で他にヘイトが向かないよう適宜投げナイフや魔法で攻撃するも、ダメージが通っている様子はない。


「硬くて長くて黒くてフニャフニャしやがって! このち……ミミズ野郎がァ!」

「……ち?」

「お前はそこを気にしなくていいから!」


 思わず口走りそうになった言葉を飲み込んだリベルは、フィーニスの質問を遮る。少なくとも女性が使うべき暴言ではない。そもそも、暴言など使ってはならないのだが。


「効いていないようだぞ」

「魔法が? 言葉が?」

「両方」

「厳しいねぇ!」


 リベルは自身の動きがフィーニスの負担にならないよう気を配りながら戦闘する。必然的に無茶な動きはできず、背中にフィーニスがいるので腕などの動きは制限され、軽いとは言っても人一人分の重量は確実に体力消費させ、より深く砂に足を沈み込ませる。


「ハッ、面白れぇ!」

「リベル、勝てるのか?」

「俺流の“敵の倒し方”ってのを見せてやるよ!」


心配そうなフィーニスをよそに、リベルは注意深くサンドワームを観察していく。目を引くのはその巨大さと硬質化した皮だが、それに隠されている弱点を少しずつ暴いていく。遺跡を探すように目ざとく、トラップに気を付けるように繊細に。他者からは何をしているのか掴みにくい攻防が繰り広げられていた。

 一方のフィーニスは、最初こそそんな軽口が叩ける状態だったリベルに安心していたが、次第に言葉が少なくなっていき、動きも精細さが欠けるようになり、どんどん不安が募っていく。どんなリベルの攻撃も通らず、それでも魔法を使いつ続けるリベルだったが、無情にも時間だけが過ぎていった。少なくともフィーニスにはそう見えた。


「リベル」

「ハァ……ハァ……何だ?」

「わたしを置いて逃げろ」

「……俺が、『はい、わかりました』って言うタマに見えるかよ!」

「だが……」


 このままでは二人ともサンドワームの夜食になってしまう。せめて片方だけでも生き延びる道を選択すべきだ。そう言おうとしたフィーニスをリベルが制する。絶望に染まりかけていたフィーニスの瞳とは違い、リベルの瞳はギラギラと燃え、その口は笑っていた。


「ハァ……ハァ……、条件は整った……!」

「何の?」

「勝利の、さ!」


 リベルが立ち止まり、遠くを指差す。その先には今まさに顔を出そうとしている太陽の輝きがあった。どうやら夜通しサンドワームと戦っていたらしい。


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