第19話 領都グーデナー
「いやはや、まさかあの“発見”のリベルとは思いもよりませんでしたなぁ」
「噂とは別物だろう?」
「ええ、まあ。金と遺物(アーティファクト)があるなら国にさえ喧嘩を売り、気に入った女は必ず手に入れる粗暴で残忍な巨漢だと思っておりました」
「アッハッハッ、ひでぇ噂だ」
リベルは腹を抱えて笑う。噂が噂を呼び、尾鰭どころか翼が生えたレベルで違う本人像は最早、赤の他人だ。ここまでくると更なる変化を見届けたくもなる。
そして、街に入った以上、そろそろ行商人ともお別れだ。
「しかし、あなたに子どもが……と思いましたが、何か事情がおありなのでしょう。それが何かは聞きませんが、どうかあなた方の旅に幸有らんことを願っております」
「互いに達者でな」
「また何処かで会おう」
「ええ、フィーニスちゃんと“お父さん”」
リベルが何者かを知った上で、最後の最後に少しばかりの揶揄いを入れてくるあたり、あの行商人は大物だ。リベルは声を上げて笑う。しかし、その隣のフィーニスは不満げだ。
「リベル」
「何だ?」
「“発見”とは何だ?」
「探していたものを見つけることだな」
「そういう意味ではない! “発見”のリベルとは何だ、と聞いている!」
「声がでかいって」
リベルはフィーニスの口を押える。フィーニスの大声は幸いにも人混みの喧騒に消えていった。最初の町の何十倍の人通りに今更気がついたフィーニスは目を白黒させる。
「ま、それについては後で話してやる。だから二つ名は外で言わないこと」
「“発見”が二つ名? どういうことだ?」
「後で教えるから! 離せって!」
服を掴まれたリベルはフィーニスを引き剥がし、迷子にならないように担いだ。早くも慣れたフィーニスはもぞもぞと動いて自身のベストポジションを確保する。
「しっかり話してもらうからな。さあ、行くのだ。リベルよ」
「はいよ」
もちろんフィーニスはどこに宿屋があるのか知る由もない。偉そうにふんぞり返っているだけのマスコットである。
「リベル、あれは何だ?」
「スイーツショップ。またの名を甘味処」
「後で食べに行くぞ。……あれは?」
「トレジャーハンター連盟。略してトハ連」
「リベルみたいなのの巣窟か。不気味だ」
「おい、俺はかなり紳……」
「リベル! あれは?」
「本屋」
「本だと!? 買い占めろ!」
「破産するわ」
好奇心の塊なフィーニスの質問に一つ一つ答えていく。その陰で肩の上が非常にやかましい。だが、すれ違う人が思わず振り向くのは、そのマスコットが美しいからであって、決して担がれているのが珍しいからではない。そうして目的地に到着した。
「ここにするか」
「随分と大きな宿屋だな。しかし、まだわたしには相応しくないようだ」
「お前はお堅いベッドが好みだもんな」
何せあの遺跡の中でずっと寝ていたのだから。さぞ寝心地が良かったに違いない。リベルの言外の言葉までしっかりと理解したフィーニスに蹴られた。地味に痛い。宿屋の前でフィーニスを下ろし、中に入る。
「いらっしゃいませ。お二人ですか?」
「ああ。二人の同室。とりあえず三日。延長する可能性あり」
「承知いたしました。少々お待ちください」
手慣れた様子で受付に話を通すと、部屋の確認をしにカウンターに戻っていった。そして、バインダーを片手にすぐに戻ってくる。必要事項を書き込み、金を払って終了だ。合計で金貨三枚。素泊まりでこれは中々のお値段だ。
案内された部屋は広々としたリビングと寝室の二つに分かれた部屋であり、それなりに稼ぎのある人間が泊まる場所だ。
「さて、リベル。覚えているな?」
「ああ、勿論だ」
リビングに設置された椅子にフィーニスが座り、真面目な口調でリベルに向き直った。リベルも変化した雰囲気をしっかりと感じ取り、真剣な眼差しでフィーニスを見つめ返す。
「スイーツショップに行くんだな?」
「違うっ!」
ツッコミは早かった。真面目な雰囲気は吹き飛び、悪戯な笑みを浮かべるリベルと、思わず机を叩いて壊したフィーニス。すぐに机を壊してしまったことに慌てふためき、弱々しく「リベル~」と鳴くフィーニスと、ゲラゲラと笑うリベル。
「錬金術で直せねぇのか?」
「あ、その手があったな」
「直るんかい」
錬金術を完璧に使いこなせるフィーニスだが、咄嗟の判断で錬金術を使うのはできないようだ。宝の持ち腐れなので、人目に付かないように練習させようと決めたリベルに、机を直したフィーニスが再び向き直る。
「さて、リベル。覚えているな?」
「ああ、勿論だ」
再びの真剣モード。そして、リベルは口を開く。
「スイーツショ……」
「違うっ!」
「ツッコミが早い」
真面目な雰囲気は完全に失われ、そこには和気あいあいとした空間が支配した。リベルを前にして真面目な雰囲気はその価値をすぐに失うらしい。
「リベル、本当は辛くて話したくないのならそう言ってくれ。無理に聞こうとはしない」
「そんなのはねぇよ。ただ、俺についてくれば遺跡が見つかると思われて追われるのは御免なだけさ」
「割と切実な理由ではないか」
なまじ有名なトレジャーハンターであるため、本人だと知られれば遺跡探索を漫喫できない。それが嫌だからこそ、リベルは時として手ずから嘘の噂を流す。そうして出来上がった本物とは全く異なる人物像は、本物の隠れ蓑になるのだ。
「ならばもう一つ。“発見”の二つ名は?」
「俺が多くの遺跡を発見したからそう呼ばれてるだけ」
「なるほど。単純だな」
リベル本人は事もなげに言っているが、遺跡を見つけることがどれほど大変か。多くのトレジャーハンターが人生で一個見つけられれば幸運と言われている中、単独で複数見つける手腕は人間離れしている。不幸なことに、それを指摘する人間はここにはいなかった。
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