第29話 怪しきは一目で
「王の墳墓」内部は複数の階層と枝分かれした回廊が複雑に入り組んでいる構造をしている。それぞれの回廊の部屋には、そこで発見された装飾品や調度品、棺やミイラなども飾られていた。勿論、それらは特殊なガラスで隔てられており、観光客は直接触れられない距離に置かれ、兵士達が睨みを利かせている。厳重な警戒網が敷かれていた。
「おぉ……! 何かは分らぬが、色々と飾られているな!」
「だからって俺を叩くなよ……」
宝石と黄金で装飾された出土品を見てフィーニスが目を輝かせる。見るたびに興奮してリベルをペシペシと叩き、リベルの苦言は右から左に流れていく。何処に未発見区画があるのか不明なため、観光がてら「王の墳墓」内部を歩いているのだ。
「これが王の棺か……。リベル、何故ここは装飾品が飾られていないのだ?」
「残念ながら発見以前に墓荒らしが持っていったからだ」
「まったく、不届き者はどの時代にもいるものだな」
「まったくだ。俺より先に遺跡探索をするなど言語道断。小一時間ほど問い詰めたい気分だ」
「……ここにも不届き者がいたか」
フィーニスの白い目をさらりと受け流したリベルは興味深そうに展示物を観察する、と言っても、この部屋には石の棺と、同じく石製の調度品しかない。貴金属だけでなく、この墓の主もいないのだ。展示品の隣に据えられている説明文には謎として紹介されていた。
「次に行くぞ、リベル」
「はいよ」
早々に見学を終えたフィーニスはリベルを引っ張って次の部屋へ向かう。そうして全体を見て回ったリベルたちは一度外に出た。内部はそれなりに広かったため、既に昼過ぎになっていた。
「ふぅ~、動いた後のアサブジュースは格別だな!」
「歩いただけだろ」
「ウォーキングは立派な運動なのだよ」
「これを運動って言ったらトレジャーハントなんてできねぇんだが?」
「ならば、わたしがその常識を打ち破ろう」
「既に常識の埒外だからやめてくれ」
リベルは割と本気でそう思う。ただでさえ錬金術が使えるだけでも常識外れなのだから、せめて態度だけは常識内に納まっていて欲しいと願う。そんな願いが叶うとはリベル本人も思ってはいないが。
「やはり、未発見区画は見つかりませんでしたか……」
そうして休憩していると、兵士が少し落ち込みながら話しかけてきた。未知の第一発見者として期待していたのだろう。普通に生活していれば味わえない感覚であり、今回はリベルがいるためその期待が大きかった分、落胆も大きい。
『どうする?』
『場所は分かってんだろう?』
『もちろんだ』
『じゃ、話すか』
二人の兵士の落ち込み具合を見て、リベルは早々に話すことを決断する。遺跡を前におあずけをされる苦しさは人一倍理解できるのだから。
「見つかったぞ」
「そうですよね……。そんな簡単に……え? えぇっ!?」
「本当ですか!?」
「どうどう、落ち着けって。そんじゃ、休憩も終わったし、行こうか」
「「はい!」」
心が少年に戻った兵士二人は目を輝かせる。フィーニスは若干あきれ顔に、リベルは同好の士がいてニッコリだ。そんな二人を連れて、フィーニスを先頭に歩き出す。
『リベルは場所を分かっているのか?』
『目星は付いている。だが、前回調べた時には何もなかった。だが、今回はお前がいる』
『任せろ』
『頼りにしている』
フィーニスは自信満々に胸を叩く。そして、目的地まで一直線に進んで行く。そこは、最下層の行き止まりにある一室。それほど目立つ調度品が無く、観光客もすぐに引き返してしまう部屋。一説には建造時の休憩室と考えられている部屋だ。
「ここだ」
「ここ?」
「何も無いですが……。前回、リベルさんも何も無いと判断していたと記録にありました」
「俺は常に進化を続ける男。つまり、当時の俺と今の俺ではレベルがダンチなのさ」
「「流石です!」」
「フッ」
「貴様らは何をしているのだ……」
格好つけている馬鹿筆頭を無視して、フィーニスは目の前の壁を真っ直ぐに見つめる。本当に何もない壁を見つめるその様子に、調度品を警備している兵士が怪訝な視線を送っていた。
『ここが……』
フィーニスは緊張していた。自身が何なのかの答え、もしくはヒントが目の前にあるのに、一歩が踏み出せない。それが何故なのかはわからない。
『怖いのか?』
『リベル。……そうか、わたしは怖がっているのか』
『恐怖ってものにも種類がある。楽しいがたくさんあるようにな。お前が感じているのは未来への恐怖ってところだろう』
『未来への恐怖……?』
『見通せないものを見ようとして勝手に感じる恐怖さ。不確定な未来への不安と言っても差し支えない』
『不安、か……』
『案ずるなって言っても無理だろうな。俺も最初はそうだった。今でも感じる時もある』
『そうなのか?』
何時でも自信満々で余裕ある態度のリベルでさえ、今のフィーニスのような恐怖を覚える時があるのか、と不思議な感覚に包まれる。その感覚は温かく、安心感を与えるものだった。
『ああ。だが、どうなろうとも俺は俺。イケメンで色男で才色兼備なトレジャーハンターに変わりはない。わからないモノに思考を割いたって意味がねぇんだ。だから、その感覚に襲われたら言ってやるのさ。知ったことかよ、ってな』
『……ふふっ、ただ開き直りではないか』
『フィーニスは得意だろ? そういうの』
『かもしれぬな』
リベルとの少しの会話。たったそれだけでフィーニスを縛っていた緊張の糸はあっという間に解けていく。それまで石のように硬かった身体が嘘のようだった。
『やってやろうぜ』
『心得た』
リベルのニッという笑いにつられてフィーニスも自然と口角が上がる。そして、掛け声に合わせて壁に手を触れた。
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