第28話 王の墳墓

「いや、これ以上の深入りは失礼ですな。好奇心は猫をも殺す。私個人の興味など、領主の使命の前には不要。貴方方がこのピューミラスに利益を運んでくださるのならば、その正体など些末なことに過ぎません」


 誰かが返答をする前にゼニーズは話を切った。目を閉じて頭を軽く振ると、再びあの胡散臭い仮面が戻ってくる。


「流石は伯爵様」

「はっはっは、この地に生きる者として当然の選択です」


 フィーニスは自身の正体について言及された時、息が詰まる思いがした。何と答えればよいか、リベルと事前に何も決めていなかった。これまでの様に適当にでっち上げても、目の前の男性なら簡単に見抜くだろうと確信がもてるほど、ゼニーズは優秀だと感じていた。


「では連絡用の兵を付けます。もし何かあれば連絡をして下さい。助力は惜しみません」

「助かる。その時にはトハ連にも協力を頼むかもしれない」

「それもこちらで話を通しておきましょう」

「ハハッ、話が早くて助かるねぇ。そんなに未発見区画が楽しみか?」

「もちろん」


 力強く肯定したゼニーズはこの日一番の笑顔だった。領主という肩書が邪魔をしなければ、ゼニーズもリベルと同じような狂人の部類なのかもしれないと思い、そんな危険な人物に目を付けられるところだった、とフィーニスは身震いする。

 ゼニーズはピエールを呼び、同行する兵士二名を連れてくるように伝える。その後、少しだけリベルがこれまで遭遇した遺跡の話をしてから領主の屋敷を後にした。


「「よろしくお願いいたします。リベル様、フィーニス様」」

「うむ、苦しゅうない」

「おい」

「いたっ」


 フィーニスはふんぞり返っていると、リベルに頭を小突かれる。反射的に痛くも無い頭を押さえたフィーニスを無視して、リベルは緊張でガチガチの兵士に話しかける。


「そんな堅苦しくなくていいぞ。もっと砕けて行こうぜ」

「いえ、領主様のお客様に失礼は……」

「俺はあんまり堅苦しいのに慣れてないんでな。出来ればでいいさ。多少言葉が崩れたところでゼニーズも文句は言わんよ。俺がそういうの苦手って知ってるし」

「……では、少しだけ」


 少しだけ表情が柔らかくなった兵士を連れて「王の墳墓」に向かう。収穫祭でもないのに屋台が所狭しと並んでおり、それを買いながら進んでいるため、進行速度はゆっくりだ。兵士の分も買いながら、フィーニスは古代語で話しかけてきた。


『リベル』

『何だ? わざわざ古代語で』

『あのゼニーズとかいう男、信用できるのか?』

『できる。ピューミラスに被害を出さなければ寛容な人だ』

『そうか。ではこの兵士たちは?』

『連絡役兼監視役だな』

『やはりそうか。あの男、抜け目ないな』


 兵士は万一リベル達が良からぬことを企んだ場合に始末する命を受けている。あれだけにこやかに談笑していた相手にする仕打ちとは思えないが、それ以上に、それをわかっていて平然としているリベルに呆気にとられる他無い。


「何を話しているのです?」

「古代語だな」

「古代語……?」

「おっと、別に何か企んでいるわけじゃないぞ? ただ、トレジャーハンターがお宝の情報を赤の他人に簡単に渡すわけには行かねぇのさ」

「なるほど。流石はリベルさん」


 フィーニスは白い目でリベルを見る。しかし、兵士達は納得したようで引き下がった。普通の人が言えば完全に怪しい言い訳になるが、彼らの主であるゼニーズが認める、あの“発見”のリベルの言葉、になる。信用度が段違いだ。


「ところで君達のおすすめの屋台ってある?」

「ありますが……」

「教えてくれよぉ。折角ピューミラスに来たんだから、全力で楽しみたいんだ」


 さり気なく話を逸らしつつ、兵士達との間を詰めてい行くリベル。こうして好感度を上げつつ、ほどなくして「王の墳墓」に到着した。

 天にそびえる四角錐の中段まで階段が続いており、絶え間なく人が出入りしていた。


「間近で見ると迫力があるな!」

「人々が駆り立てられる理由がわかるだろ?」


 フィーニスは「王の墳墓」を見上げ、感嘆の声を上げる。リベルの言う通り、人によってはこれを見てトレジャーハンターを目指すようになる気持ちもわかる。今まさにフィーニスの視界にも、数名の子どもが魅入られたように立ち止まって見つめているのだから。


「さて、フィーニス。こっからがトレジャーハントの始まりだ」

「分かっている」


 フィーニスにとって初めてのトレジャーハント。そして、己が何たるかを知るための第一歩。この胸の高鳴りは興奮か、それとも恐怖か。それは誰にもわからない。しかし、その感情は忌避すべきものではないことだけは確かだった。


「緊張でも失敗でもいくらでもしろ。何があっても俺がいる」

「ふっ、これまでで一番心強いな」

「それだけ言えるなら上等だ」


 歴戦のトレジャーハンターが隣にいる。この時ほど頼りになる男は存在しない。フィーニスの皮肉すらも笑って受け流したリベルは、フィーニスに進むように促す。これまでの様にリベルが先陣を切るのではなく、フィーニスが先頭を歩くのだ。これは単なる練習ではない。リベルなりの信頼でもある。

 緊張した面持ちで長い階段を登り、フィーニス達は「王の墳墓」に入った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る