第27話 ちょっとした事前準備
冷酷無慈悲なフィーニスから盛大にお説教を食らったリベル。何としてでも背負子を破壊しようと行動するフィーニスであったが、そこは歴戦のトレジャーハンター。完璧に死守した。
「くっ、何故届かぬ!」
「まだまだ動きが直線的だなぁ!」
戦闘経験皆無なフィーニスは視線に行動の全てが出る。目ざといリベルにはフィーニスの次の手が手に取るようにわかる。まだまだリベルの本気は引き出せそうにない上、そもそもリベルは真っ向勝負が苦手な部類である。罠と策で相手を嵌める方が得意なのだ。
朝の攻防はリベルの勝利で幕を下ろし、むくれたフィーニスは大量の朝食を平らげた。
こうして、頭を抱えたままのリベルと仕返しができたフィーニスは宿を後にする。
「さて、リベル。早く『王の墳墓』に向かうぞ」
「いや、その前に行くところがある」
「目の前に遺跡があるのに、それ以上に優先する場所……? 貴様、リベルではないな!?」
「お前は俺を何だと思っているんだ?」
「遺跡狂い」
「はっはっは、随分とあんまりな例えだなぁ、おい。間違ってねぇけどよ」
フィーニスの的確な例えに笑うしかないリベル。そのままフィーニスの手をとって「王の墳墓」までの道のりから少し外れた方向に進んで行く。「王の墳墓」へ続く表通りよりも更に広い道でありながら、それほど人の往来はない。表通りに比べると、そこは広さも相まってより閑散としていた。
「なんだ、ここは?」
「ピューミラス本通り。ピューミラスの領主と多数の貴族、名だたる豪商が軒を連ねる栄えある通りさ」
「……その割には静かだな」
「人口比的にしょうがない」
平民や観光客などの方が、総数が多いため必然的に人通りは表通りの方が多くなる。しかし、圧倒的に経済を回しているのは本通りである。それだけピューミラスの貴族たちは儲かっているのだ。
「で、こんなところに来て何をする気だ? まさかリベルに限って煌びやかに着飾りたいなどとは言うまい」
「分かっているじゃないか、フィーニス。俺の輝きは何を着たところで霞むことはない。釣り合う服も宝石も存在しなことを」
「違う。そういうことではない」
「フッ、隠しきれない色気を持つと大変だぜ」
「ダメだ。聞いていない」
そうして辿り着いたのは本通りの突き当り。一番大きな屋敷の前だ。豪華な塀と門で厳重に囲われたそこは、重要人物が住んでいることだけはフィーニスにも理解できた。
リベルは手慣れた様子で門番の兵士に話しかける。すると、兵士は慌てて屋敷の中に走って行き、すぐに戻ってくると、後ろには立派な恰好をした初老の男性も一緒だった。
「お元気そうでなによりです、リベル様。そして、初めまして、フィーニス様。私はピューミラス伯爵家専属執事のピエールと申します」
「どーも」
「うむ、よろしく頼む」
ピエールに連れられて屋敷の応接間に通された二人。出されたお茶とお茶菓子に舌鼓を打っていると待ち人が現れた。扉の向こうから小太りな男性がやって来る。宝石が至る所にあしらわれた、見るからに高価な服に身を包んだ男性は部屋に入るなりリベルの手を握る。
「いやはや、まさか“発見”のリベル様がお越しになられるとは。実にお久しぶりですね」
「相変わらず忙しそうだな。ゼニーズ伯爵」
「ええ、貴方のおかげで観光客も増えました。我々だけでなく、領民も嬉しい悲鳴を上げております」
「それはよかった。……なんだ? フィーニス」
ゼニーズと話しているとリベルは服を後ろから引っ張られた。振り返ると、フィーニスが不思議そうな顔でリベルを見ていた。
「リベルは『王の墳墓』に関わっていないのだろう? しかし、聞く限り『王の墳墓』の発見に関わっているように見えるが……?」
「未発見区画を見つけただけさ」
「関わっているではないか。断じて行ったことがあるだけではない」
「関わったとは言ってないし、俺は未発見“区画”じゃなくて、未発見“遺跡”が好きなのさ」
誰の手にも触れられていない未知の遺跡。それはまさに純情無垢の幼気な少女。それを手ずから自分色に染め上げる快感に似ている。そんな事を言えば誰からも白い目で見られることは確実なので、そっと胸の奥にしまっておくリベルであった。
「話の腰を折ってすまんな」
「いえいえ、リベル様直々にいらっしゃったということは、こちらに利があるということ。いくらでも待ちましょう」
リベルとフィーニスが話している間、ゼニーズはリベル達の向かいに静かに座っていた。フィーニスはゼニーズをにこやかな笑顔を崩さず、寛容な人間であると感じると同時、その胡散臭い笑顔がリベルを彷彿とさせて警戒を解かない。
「まどろっこしい話は無しだ。これから俺達『王の墳墓』に向かう。もしかすると未発見区画が見つかるかもしれん」
「なんですと!?」
ゼニーズは驚きのあまり目を剥いて声を上げる。しかし、それもすぐに引っ込み、口を引き締めた硬い雰囲気を身に纏った。
「あくまで可能性の話しだ」
「それでも可能性が高いから、わざわざ事前にお話してくださったのでしょう?」
「まぁな」
「しかし、わかりませんね。前回で貴方は『王の墳墓』にこれ以上の未発見区画は無いと語っていました。それが、今になって急にそれを撤回するなど不自然です。貴方ほどの力量のトレジャーハンターがそのような大きなミスをするとは考えにくい。つまるところ、貴方の発言の根拠は……貴女ですね?」
ゼニーズは畳みかけるように己の推論を語る。そして、最後にフィーニスを見つめた。その目の奥は、先程の寛容な雰囲気とは裏腹に、どこまでも冷徹さを感じさせる冷たい領主の目だった。
フィーニスが胡散臭いと感じていたソレは正しかった。
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