第26話 朝のひと時

 夜が明け、太陽がとっくの昔に地平線から顔を出した時間。通りは住民と観光客でごった返し、さながら一つの生き物のように蠢いている。そんな光景を窓越しの眼下に納め、その近くのベッドに築かれた布団の砦を勢いよく引っぺがした。


「おはよう、寝坊助」


 いつもの光景。いつもの言葉。しかし、今回は役者が異なっていた。非常に珍しいことにフィーニスの方が早く起き、リベルが寝ていたのだ。

 刺すような日光の直撃を受けたリベルは、窓に背を向ける様に寝返りを打った。


「あと五万年……」

「そのまま一生寝ていろ」

「冷たいなぁ、フィーニスは。この太陽の日差しの様に温かくあれよ」

「暖かくしてやろうか? 物理的に」

「そんなに俺に起きて欲しいとはな。照れるぜ」

「やっぱり寝ていろ。そして、暖かくしてやる」


 リベルはゆっくりと体を起こし、大きく伸びをする。サンドワーム戦の消耗と、そこからの砂漠横断の疲労が祟ったようだ。野営時はいつ何時、何があっても即応できるように警戒しているリベルだが、消耗した状態でそれを続けるのは疲れる。そんなことは露も知らないフィーニスは実に能天気そうだが。

 フィーニスはベッドの縁に腰かけるとリベルを見つめる。


「珍しいな。リベルが寝坊とは」

「疲れたからな」

「やはりか」

「俺の体力もフィーニスの胃袋くらい異次元だったらなぁ」

「その話はいらぬだろう!?」


 唐突に引き合いに出された自身の事柄に声を荒げるフィーニス。人離れしたレベルで食べるのは本人もよくわかっているが、それを他人に指摘されるのは少々恥ずかしい。手に持っていた布団をリベルに投げつけて口を塞ぎ、フィーニスは話を戻す。


「そういうのは早く言ってくれればよいのに」


 フィーニスにとってリベルは得難い存在だ。この旅が始まって以来、常識知らずの自分が振り回し続けてきた自覚はある。それでも見放されることはなく、ずっと頼りにしてばかりだった。

 だが、一方的な関係は不公平だ。等価交換を根底のルールとする錬金術を扱うフィーニスにとって、不公平は唾棄すべき事である。だからこそ、フィーニス自身もリベルに頼るだけの存在ではなく、頼られる存在でありたいと強く思うようになった。


「なんだ? 心配してくれるのか?」

「悪いか?」

「……いや、別に」


 いつものように悪戯っぽく笑うリベルだったが、予想外のストレートな返答に若干の困惑を隠せなかった。


「なんだ? 照れたのか?」

「フッ、お前が俺の心配をするなんて百年早いわ!」

「わたしはお前の生まれるずっと昔から存在しているのではなかったか?」

「うわっ、フィーニスってバb……」

「その口、二度と喋れなくしてやろうか?」


 この旅の道中、リベルはフィーニスの正体について、己の予想を話したことがある。もっとも、遺跡で考えていたことから新たな仮説などは増えていないが。

それを聞いたフィーニスは落ち込む様子など一切なく、どうでもいいように生返事をしていた。フィーニスにとって今が全てであり、どうしようもない過去はどうでもいいのだ。

 それはそうと、布団やベッドから生えた棘を見て、リベルの背中に冷や汗が流れる。


「……随分と錬金術が早くなったんじゃないか?」

「そうか? 練習の成果だな」


 人の目がない時を見計らってフィーニスに錬金術の練習をさせていたのが花開いたようだ。今では事前動作無しに錬金術を使用できている。リベルでさえ気を抜いていたら勝てないかもしれないくらいだ。

 ひとしきり揶揄いあった二人の空気は程よく和んだ。錬金術で棘を元の素材に戻し、フィーニスはリベルを指差して宣言する。


「もっとわたしを頼れ。わたしは守られるだけのか弱い存在ではない」


 宣言されたリベルは一度目を閉じる。フィーニスの言葉通り、フィーニスは強く、賢い。まだまだ足りない事も多いが、脅威的学習能力を鑑みれば、それらもすぐに克服してみせるだろう。加えて、本人がトレジャーハンターに興味があることも考えれば、様々な状況を体験させるのも大事だ。


「わかった、フィーニス。お前を頼るよ」

「……そうか」


 フィーニスが顔を綻ばせた。認めてもらえたという達成感と、頼られるという充実感から自然と笑みがこぼれる。


「あぁ、そうだ」


 リベルもニッと笑う。そして、思い出したかのように「際限なき強欲」からある物を取り出してフィーニスに見せる。

 最初こそサプライズプレゼントかとドキドキしていたフィーニスだったが、取り出されたソレを見て笑顔は固まり、困惑と疑問符が頭に浮かんだ。


「リベル……何だ、それは?」

「これか? これはな……俺特性の背負子さ!」


 フィーニスの思考が停止した。しかし、それでもリベルのお口は止まらない。


「サンドワーム戦で思ったんだ。これから先、お前を背負いながら戦うのにどうやったら効率的か、ってな。そして行きついたのがこれだ! これならお前がずっと俺にしがみついている必要はないし、俺も多少は動きやすくなるはず! これ夜なべして作ったんだぜ? すごいだろ! いやー、参ったね。俺の発想ってヤツ、に……さ…………」


 得意気に語るリベルは奇妙な現象を目の当たりにした。日が差して温かいはずの室内なのに、何故だか物凄く寒いのだ。まるで極寒の北の大地のようだ。全身に刺すような痛みを伴う冷気がリベルを襲う。

 ふと前を見ると、その発生源は目の前にいた。冷気だと思ったのはこれ以上ないくらい冷たい視線だった。


「リベル」

「ひっ……」


 リベルの引き攣った口から情けない声が出た。いつも余裕綽々なリベルが本能的に恐れるほどの怒気がそこにはあった。

 それもそのはず、フィーニスは今しがた得た多幸感をぶち壊されたのだから。頼りにすると言った端からこの扱い。しかも、よりによって赤子が使うような道具を自慢げに披露された。これで落ち着いていられる者がいるだろうか。いいや、いまい。


「そこに直れ!」


 フィーニスの怒号が表通りまで響き渡った。

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