第25話 ピューミラス

 リベルが砂にダイブしてから三日後、二人はついにピューミラスの街に到着した。遠くに見えたオアシスと豊かな自然。そして、中央にそびえる巨大な四角錐の建造物。間違いなくピューミラスだった。


「あれがピューミラス……」

「すごいだろ?」

「ああ、これなら観光に来て損はないと言えるだろう」


 遺跡に興味のない一般人ですら、遠くに見える「王の墳墓」から目を離せないだろう。そこにあるだけでどこか神秘的で、荘厳で、魅入られる。「王の墳墓」がきっかけでトレジャーハンターになった人間も多いと聞く。


「……リベル、なぜここは木々や川があるのだ? それに日差しも強くない。気温も暑くはあるが、砂漠の中とは大違いだ」


 フィーニスは「王の墳墓」に釘付けになっていたため気がつくのが遅れた。ピューミラスの街に近づくとリベルやフィーニスが身に纏っているローブを着ていない者が増え始めたのだ。


「あの『王の墳墓』が周辺の環境を変える遺物として機能しているらしい」

「あの建物そのものが遺物、だと……?」

「ああ。トハ連が調べた結果だから信用していいよ思うぞ」

「にわかには信じられぬ。あれは錬金術で造られていないのだぞ。錬金術無しでこれほどの遺物を作れるものなのか……」

「見ただけで錬金術で造られたかどうかわかるのか?」

「当然だ」

「なにそれ、ちょっと羨ましい」

「ふふんっ」


 得意気に笑うフィーニス。本人曰く、感情を何となく理解してきたとのこと。良い兆候だとリベルは思う。

 頃合いを見てローブを脱ぎ、ピューミラスへと入った二人は声をかけられた。二人に声をかけたのはサンドワームに襲われた時に一緒にいた商隊のメンバーだ。最初は幽霊でも見たかのように恐る恐るといった感じだったが、二人が本物とわかると声のトーンが上がる。


「よかった! 本当に本物だ!」

「言ったろ。魔力持ちを嘗めんなって」


 あまりに騒がしいからか、それともこの商隊のメンバーが戻って来ないからか、他のメンバーまでやってきては同じリアクションで歓迎される。気がつけば生き残った全員が集合していた。


「あんな化け物から逃げきるなんて流石です!」

「倒したぞ」

「そうなんですね! ……へ?」


 商隊のメンバーは最初、リベルの言った言葉の意味を理解できなかったようだ。あのサンドワームが倒される光景が思い浮かばなかったらしい。

 一度静まり返った商隊は、言葉を理解した途端、砂漠もかくやという熱気を伴い爆発した。各々から賛辞の言葉を貰い、助けた謝礼も兼ねて夕食を一緒に取ることとなった。


「うふふ」

「加減しろよ」

「なぜだ? いくらでも、と言っていたではないか?」

「ものの例えだ。お前が本気で食ったら破産する。俺は素寒貧でも楽しいが、彼らには生活がある」

「ならば仕方ない。加減しよう」


 急いで宿屋をとり、伝えられた酒場に向かう。中に入ると既に宴会が始まっていた。すぐにリベルの前にも酒が置かれ、フィーニスの前には見慣れないエスニックなドリンクが置かれた。


「何だ、これは?」

「アサブジュースだな」

「アサブ?」

「クックック、飲んでみればわかるさ」


 眉を顰めるフィーニスを見てリベルが笑う。リベルはそれ以上言うつもりが無いらしく、自身は酒とつまみを口に放り込んでいた。

 フィーニスは恐る恐るコップに口をつけ、アサブジュースを舐める。舌に広がるのはさっぱりとした甘さだった。後味がスッキリとしていて、疲れた日には一気飲みしたくなるような美味しい飲み物だ。


「美味いな!」


 フィーニスは早速コップを空にする。その飲みっぷりに感嘆した商隊メンバーが追加を寄越した。

 ここから宴会は長かった。初めての宴会に中てられたフィーニスは衆目を集めているにもかかわらず、人前で使用を控えるよう言っていた錬金術で手品を披露し、アサブジュースでの競い飲みを始め、出てくる食事を片端から食べつくしたりとやりたい放題だった。それでも一線を越えずにある程度セーブはしていた。


「あいつは……」


 これにはリベルも頭を抱えるしかなかった。商隊も喜んでいるし、止めるに止められないのだ。もうどうにでもなれ、とコップに残った酒を一気に流し込む姿があった。

 街がすっかり静まり返った頃、宴会はようやくお開きとなった。眠りに落ちたフィーニスを背負い、リベルは宿への道を歩く。「王の墳墓」があって尚、昼からは考えられないほど冷え切った風がリベルの火照った身体を冷やしてくれた。


「はぁ~、どうなることやら」


 リベルは後ろの寝息を聞きながらひっそりと肩を竦める。冒険には危険がつきものだが、それにしてもサンドワーム戦は危なかった。まさかリベル自身が持つ切り札の一つを使うとは思ってもみなかったからだ。

 黄金郷への道のりはまだ始まったばかりだというのにこの有様では、何かもっと大きな困難が待ち構えているようだ。


「ハッ、上等だ。面白れぇ」


 「旅の半ばで力尽きることになるのでは?」。それは常にリベルが考えていることの一つである。夢の中に埋もれて終わるのもまた一興だと思う反面、もっとずっと楽しみたいから全力で生きるとも決めている。


「見つけてやろうじゃねぇか。エルドラド」


 どんな困難があろうとも、それら全てを乗り越えて進む。そう思いを新たにしたリベルはフィーニスを背負い直し、宿まで真っ直ぐに歩くのだった。


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