第7話 まずは情報収集から

 リベルは少女に背を向けて、椅子の背もたれに寄り掛かっているように朽ちている骸骨を調べていた。相当な時間が経過しているようで確定的なことは言えないものの、落ちていた矢尻が肋骨に残されていた切創痕が一致したため、これが死因だと思われる。


『おい、リベル。なんだこの服は? 着づらいことこの上ないぞ』

『サイズに合うのがそれくらいしかないんだよ。名無しちゃんよ』


 少女に名前はなかった。リベルはとりあえずの仮称として名無しちゃんと呼び、かなり小柄な少女に合うサイズの服をリベルは一着しか持っていなかった。そこそこ格式のあるレストランや商会にて、丁稚奉公で働く子供が着るような給仕服だ。動きやすい服装ながら襟回りや袖口にレースがあしらってあり、一つ格式を上げている。

 そんな給仕服だがサイズ調整のため背面に紐が通してあり、それが少女の長い髪に絡まっていた。愉快なことになっている少女を尻目に、骸骨の検分を終えたリベルはテーブルの上にある一枚のメモ紙に目を通す。時の経過とともにところどころ読めなくなっており、辛うじて読み取れた古代文字を読み上げる。


『油断し……。愚民…襲われ……時間がな…。わた……希望は……完成し…………。それ…名…フィーニス。……金郷へ…………。エルドラド…………復活……………………。……所……し……訪れ………………交………………。どう……願…………』


 それ以上は読めなかった。この文章を書いている途中に息絶えたのか、文章が後半になるにつれて乱れていた。それでもリベルにとって有益な情報はあった。


「黄金郷、エルドラド、復活……。これは楽しそうな匂いがするなぁ」


 これまで追っても追っても蜃気楼が如くたどり着けなかった所に手が届くチャンスが降って湧いたのだ。今すぐにでも追いかけたいというはやる心を押さえ、他に手掛かりがないか探すためにメモ紙から視線を上げる。そこに給仕服との戦闘を終えた少女がやって来た。


『リベル。何かあったのか?』

『あ? あー、そうだな。とりあえずお前の名前っぽいのはあったぞ』

『わたしの名前?』

『ほら、ここ』


 リベルはメモ紙を少女に渡す。文脈から察するにフィーニスというのが少女の名前だろう。メモ紙を読んだ少女はリベルを見上げる。


『ふむ、ならばこれからはわたしのことをフィーニスと呼べ』

『名無しちゃん卒業だな。成長が早くて何よりだ』

『なぜか無性に腹立たしく感じるのは気のせいか?』

『気のせいだ、フィーニス』


 フィーリスの言葉をサラリと流し、リベルは他に手掛かりがないか、そして遺物がないかを確認していく。しかし、フィーリスが眠っていたベッドとそれに繋がる装置は既に役目を終えたように沈黙しており、何も反応がなかった。わずかに残されていた紙束もボロボロになっており、中身は解析不能だった。


「何もない、か……」


 これだけの機器を作り出せるのだから、それなりに貴重なものがあってもおかしくないと思っていたリベルだが、肩透かしを食らった気分だ。黄金郷への手掛かりは確かに嬉しいのだが、情報だけでは腹はふくれない。目を離せなくなるような素晴らしい光景もないのだから、落胆はより一層深いものとなった。


「隠し部屋も無ければ、金銀財宝も、遺物もない。無い無い無い無いなーんにも無い。はぁ……」

『さっきから何をぶつくさ言っている?』

「あぁ、フィーニスは古代語しかわからねぇんだったか。……教えるかぁ。面倒くさ……」

『少なくともわたしのことを言っているな? 何のつもりだ?』

『お勉強しようねって話。もっと言うとあー、現代語? を使えないと不便極まりないぞ。俺が』

『貴様が不便なのはどうでもいいが、現代の言葉を学ぶのは一興かもしれない。教えろ』

『はいはい』


 余計な仕事が増えたリベルは言うんじゃなかった、と後悔しつつ、この遺跡から出るために机に出していた道具を片付けた。既に外は夜だろうが、流石に骸骨との添い寝は遠慮したい気持ちが勝る。


『ほら、行くぞ。外出だ』

『ああ』


 フィーニスは最後に部屋を見回す。一切見覚えのない部屋だが、恐らくずっとフィーニス自身が眠っていた場所。そう考えると不思議と足が止まる。


『フィーニス?』

『何でもない』


 フィーリスはこの得体の知れない感覚を振り払うように軽く頭を振って部屋に背を向ける。そして、まだ見ぬ世界への一歩を踏み出した。


「またゴーレムとか出て来ないよな……?」


 リベルはかなり警戒していた。町に戻るまでが遺跡探索なのだ。まして、探索と戦闘による物理的、精神的消耗に加え、フィーリスという存在がどこまで影響を与えるか不明だ。何があってもおかしくない。

 しかし、そんなリベルの警戒を嘲笑うかのように何も起きなかった。少なくともリベルの見える範囲では。見えないところでは確実に変化が発生していたのだが、それは関知しえないものだった。


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