第6話 未知との遭遇

 リベルが少女にしばしの間見とれていると、少女の長い睫毛が微かに動く。


「……ん……」

「生きている、のか……?」


 リベルは少女を凝視する。それなりに長くトレジャーハンターをしているリベルですら事態に理解が追い付かず、身構えて警戒する他手立てがない。取り出した短剣を握る手に力が籠る。

 少女の目がゆっくりと開く。緩慢な動きで周囲を確認し、焦点のあっていない血のように赤い瞳が次第にリベルを捉えていく。短い時間でありながら、リベルには嫌というほど長く感じられた。

そして、二人の目が合った。


『……誰だ?』

「こ、古代語……!? どういうこった?」


 リベルは少女が古代語を使ったことにますます混乱した。古代語を習得する人間はほとんどいない。金や時間がかかる上に、生活で使うことはまずあり得ない。魔法を使う際に古代語を使うが固有の単語を覚えればいいだけだし、そもそも現代魔法なら古代語を使う必要すらないので、しっかりと読み書き会話ができる人間は一握りなのだ。


『言葉が通じないのか? 大人の癖に教養がないのか』

『ひどい言い草だな』

『なんだ。話せるではないか』


 少女はリベルが古代語を使ったことに対し眉一つ動かさなかった。まるでそれが普通と言わんばかりだ。それどころか疑問にすら思っていない様子でリベルに質問をしていく。


『貴様は誰だ?』

『俺はリベル。超絶イケメントレジャーハンターさ』


 バシッと格好つけたリベルを少女は頭からつま先までまじまじと見つめる。

 山折れ帽から見える髪は灰色の髪は到底煌びやかとは言えず、垂れ目は優しそうな印象を与えるが、その瞳は狂ったようにギラついている。くたびれたコートにはそこかしこに得体の知れない物体が何個も収納されており、格好つけていながら左手はいつでもそれらを取り出せるようになっている。左右の手はアシンメトリーなグローブを装着しており、思わず揃えろと言いたくなる。

 総括すると、少女から見たリベルはただの不審者である。


『聞いた事が無いな。自称か?』

『真実は時に人を傷つけるんだが?』

『まあいい。リベル。ここはどこだ?』

『まあよくない。……名前すらない遺跡だが?』

『遺跡……? 意味が分からない。ちゃんと答えろ』

『スペス公国の辺境。特にこれといって何かあるわけでもない、どこにでもある町が近くにある』

『スペス公国……? 聞いた事が無い。嘘を言っているのではないな?』

『教養不足は自分だって思考はないのか?』

『……』


 少女の目がスッと細くなる。

危険を察知したリベルは咄嗟に前方に跳んで回避行動を取る。それが正解だというように、今しがたリベルがいた地面から何本も鋭利な棘が生えた。あのままだったら即死だっただろう。

 ザッと着地したリベルは危険を感じつつも湧きあがる喜びを押さえられずに笑みがこぼれてしまう。少女の正体、たった今起きた現象、これから先。何もかもがわからない。だが、だからこそ楽しくてたまらない。未知との遭遇こそがトレジャーハンターの醍醐味の一つなのだから。


『はっはっはっはっ! 随分と奇怪な魔法じゃねぇか!』

『魔法? そのようなまやかしではない。これは錬金術。誰もが使える奇跡の御業に他ならない』

『錬金術……!』


 リベル、否、トレジャーハンターならば一度は聞いたことがあるその単語の登場に心が躍る。否応なく期待値が上昇を続け、リベルの心臓は今にも口から飛び出そうだ。


『その顔、聞いたことはあるようだな。……よろしい。リベルよ』

『あぁん?』


 少女からぱったりと殺気がなくなり、少し考える様子を見せた後、唐突にリベルの名を呼んだ。

 怪訝そうな、それでいて大層不満そうな顔を隠すような素振りすら見せずリベルは少女の言葉を待つ。


『このわたしを黄金郷まで連れていけ』


 黄金郷―俗にエルドラドと呼ばれる有名な古代都市だ。ある人はそれをタチの悪い伝説と言い、またある人はありもしない幻想と切って捨てる。かく言うリベルも幾度となくその関連の話を聞き、探した事もあるが、終ぞ何一つ見つけることはできなかった。

 しかし、たった今聞いた錬金術という言葉、古代語を話す正体不明の少女、出来の良すぎるゴーレム。それらを見た今だからこそ、少女の言う黄金郷が嘘と断じることはできなかった。

 だからこそ、更なる疑問が湧いて出てくる。


『なぜ俺に同行を求める? それだけの錬金術とやらが使えるなら一人で行けるだろう。言っておくが俺はエルドラドの場所なんて知らないぞ?』

『錬金術を知らない貴様に期待などしていない。ただ、わたしも黄金郷の場所を知らないのだ』

『なら……』

『だが、手掛かりはある』


 一度は諦めかけたリベルだったが、手掛かりがあるなら話は別だ。これまで何人たりとも到達できなかった黄金郷をこの目に納めることができるのなら、この話は乗る価値がある。それならば話は早い。


『わかった。その話、乗ろう』


 悩む必要なんてない。これだけ面白そうな気配がビンビンしているのならば、それに乗らないのはトレジャーハンターの風上にも置けないチキン野郎だ。無駄に理屈をこねくり回して考える時間はもったいない。時間は有限なのだから。


『契約成立だ。リベル』

『こちらこそだ』


 この瞬間。リベルと少女の冒険が幕を上げた。


『あぁ、そうだ。リベル』

『何だ?』

『まずは服を所望する』

『……は?』


 そう言えば少女は全裸だったことを思い出し、リベルは早速不安に駆られるのだった。

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