第8話 遺跡攻略は帰るまで

 ゴーレムと戦った部屋を過ぎても幸いにして何も起きず、例の落とし穴のトラップ前で立ち止まりリベルは汗を拭う仕草をする。なお、汗は一切かいていないので完全に無意味な動作だ。


「ふぅー、あとは落とし穴を飛び越えるだけか。……よいしょっと」

『おい、何をする』

『喋ってると舌噛むぞ』

『何をするって、きゃっ!』


 フィーニスを担いだリベルは、来た時と同じように『運命の分水嶺』でトラップを飛び越えた。いきなり担がれた上に、いきなり飛びあがったことに、フィーリスの口から思わず小さな叫び声が上がる。着地と同時にフィーリスを見ると抗議の視線をリベルに向けていた。


『おい、リベル』

『なんだ?』

『いきなり担ぎ上げるのは女性の扱いとしてどうなのだ?』

『その割に怒っているようには見えないが?』

『感情など“ない”からな』

『えっ!? 何それ可哀そう……』

『別に必要ない』

『いいや、要るね。じゃないと面白くないだろ』

『……』


 喜怒哀楽。それらが無ければ生きている価値はないに等しいとリベルは考えている。それはリベルが命の危険すら楽しむトレジャーハンターだからではない。ささやかな日常に生きる人々にとっても感情があるから新鮮に生きていられる。


『よし、感情の勉強だな。遺跡の素晴らしさについて語り明かそうではないか!』

『わたしは現代語を学びたいのだが?』

『それはついでだ』

『……はぁ、よろしく頼む』


 遺跡のことになると急激にテンションが上がったリベルを見て、内心失敗だったかと疑うフィーニス。そもそも遺跡と感情がどう関係しているかが理解できない。どう断ろうかと考えたが、最終的に口から出たのはお願いの言葉だった。


『大船に乗ったつもりでいていいぞ。遺跡の素晴らしさを懇切丁寧にじっくりと教えよう。まずはだな……』


 リベルが饒舌に遺跡の素晴らしさを語ろうとしたその時、フィーニスの眠っていたえの部屋からガタンと何かがぶつかるような音がした。リベルは音が鳴ると同時に振り向き、遺跡のことでギラついていた目は警戒の色に染まる。そして、その変化はすぐに訪れた。


「……砂?」


 扉の向こうからドサッという音と共に砂埃が舞った。音と舞う砂ぼこりの多さから相当な量の砂があるのは確認できる。だが、あの部屋にそれほどの量の砂はなかったとリベルの記憶は語っていた。もしや探し損ねた隠し部屋でもあったのかと思っていると、真横から正解が飛んできた。


『錬金術の分解だ。錬金術で造られたモノを分解すると砂になる』

『何!?』

『貴様がそれほど驚くとはな。錬金術の素晴らしさでも教えて……どうした。そんな真面目な顔をして』


 フィーニスはさっきの意趣返しも込めて得意気に語ろうとするが、先程とは打って変わって真面目な顔になったリベルの顔を覗き込む。ついでにリベルの頬をつついていると、一文字に引き結ばれたリベルの口が開かれた。


『……フィーニス』

『何だ?』

『しっかり捕まってろよ!』

『いきなり何を……!』


 リベルは駆け出した。それもそのはず、この遺跡は錬金術で造られている。それが指し示す答えとは……。


『ヤバいぜ! ヒャッホゥ!』

『なぜ貴様はこの状況で笑っていられるのだ?』


 通路が崩れ始めた。壁からは際限なく砂が零れ落ち、床は所々に穴が開き始めていた。どうやら地下に広い空間があり、その上にこの遺跡は造られていたようだ。そんな考察をしながらリベルはフィーニスを担いで走る。倒れる柱を避け、崩落しかかっている天井をすれすれで駆け抜ける。


『リベル! 前!』

『最っ高だね!』


 出口目前の通路は完全に崩落していた。リベルが全力でジャンプしたところで到底届かない距離だ。しかし、リベルはどこまでも楽しそうだった。こんな状況でありながら、そんなリベルの横顔にフィーニスは目が離せなかった。

 周りが砂では『運命の分水嶺』はフックが刺さらない。だから、リベルは跳んだ。まだ砂に成り切っていない壁を蹴り、わずかに残った床を蹴り、崩落してきた岩を蹴る。それは一種の芸術とも思える動きで空中を渡っていく。


『足場が……!』

『問題ねぇさ!』


 もう足場にできるものは何もない。そう思ったフィーニスは声を上げる。しかし、フィーニスは衝撃の連続で忘れていたようだ。最初はどうやって落とし穴を飛び越えたのかを。『運命の分水嶺』が正確に崖に偽装されていた扉に刺さる。ここを探り当てた時、扉は本物の崖だったことをリベルは覚えていた。


「よっと」


 リベルは華麗に着地する。そのままだと遺跡の崩壊に巻き込まれかねないので、感慨にふける暇もなく外に出た。夜の冷たい風が月夜に照らされる二人を歓迎するように撫でる。


『ここが、外……』


 フィーリスは暗闇に浮かぶリングを身につけた月を見上げる。知識としては知っていたが、本物を見ると何とも言えない感覚に襲われた。


『随分と見入っているようだが、そんなに月が珍しいか?』

『ああ。始めて見た。何と言えばいいかわからないが、リベルが遺跡を見つけた時はこんな風なのだろうと思う』

『そりゃあ、感動ってやつだろ。これだからトレジャーハンターはやめられねぇ』

『そうか……これが、感動、か』


 リベルに遺跡が関わるとおかしくなる理由がわかる気がした。純粋に、これほどの衝撃を忘れられないのだ。だから、そのために全力を尽くす。子供じみていて簡単なことだった。


『これで感動できるなら、フィーリスにはトレジャーハンターの素質があるかもな』

『そうか。なら、トレジャーハンターとやらも教えてもらうしかないようだ』

『フッ、トレジャーハンターは厳しいぞ?』

『望むところだ』


 月明かりがフィーニスを照らす。砂埃で汚れた顔は、しかしながら、僅かにほほ笑んでいた。それを知るのはリベルただ一人だけだった。


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