第3話 遺跡はどこかな

 サーベルウルフの死体に刺さった最後の武器に右手が触れる。するとどうだろう。刺さっていた短剣は跡形もなく消えた。その短剣はまるで幻だったかのように思えたが、短剣の刺さっていた傷口から血が流れており、実態があったことを物語っていた。

 これはリベルの持つ遺物の能力である。リベルが右手に装着しているグローブがこの怪現象の元凶だ。名を『不特定な獲物ジャック・ザ・リッパー』と言う。両手で持てるサイズの武器ならいくらでも亜空間に収納できる代物だ。


「どうすっかな。それなりに高値で売れるから、牙と毛皮と爪は欲しい、が……時間がなぁ」


 トレジャーハンターはとにかく金がかかる。食事代に宿代はもちろんのこと、荒事をすれば武器や防具のメンテナンス代、情報を得るための金品なども必要だ。しかも、遺跡が必ずあるとは限らず、金銀財宝や遺物がある可能性は低い。加えて今回のように魔獣に出くわしたり、遺跡内のトラップで死ぬ可能性すらある。トレジャーハンター業で生計を立てることは困難なのだ。少しでも大当たりを引く可能性を高めるために数をこなさなければならない。


「……目の前の金貨を捨てるのももったいないか」


 遺跡は逃げない。他者に先を越される事もあるが、同業者と同じタイミングでかち合うことは滅多にない。先を越された場合は素直に負けなのだ。そう己を納得させて、リベルは慣れた手つきでサーベルウルフを解体するのだった。


「結構かかったな」


 既に太陽は真上を通り過ぎていた。肉や内臓はその辺りに捨てておく。硬くて臭いので食べられたものではないが、野生動物にとってはご馳走である。

 リベルは脂肪の付いたナイフを拭きとり、亜空間にしまった。そのまま今しがた解体した戦利品に向き直る。戦利品は血や砂が付着しており、あまり清潔とは言えない。そのうち毛皮を一枚手に取ると両手で広げたリベルは息を吸った。


「『アクア コルムナ』」


 リベルの目の前に水の柱が生成された。魔法―魔力を対価に様々な現象を引き起こすものだ。リベルを始め、魔力を持つ人間や一部魔獣は魔法を使うことができる。今回は水の柱だが、火や空気など様々なもので多様な現象を引き起こせる。

リベルはその中に手に持った毛皮を入れると、中で滞留していた水によって汚れが落ちていく。綺麗になった毛皮を取り出し、バサバサと水気を切った後、それを細く丸めた。そして、それを腰に装着しているポーチに入れた。明らかに毛皮に対してサイズが合っていないポーチに毛皮が吸い込まれていく。

 これも遺物の一つだ。『際限なき強欲ブラック・ボックス』とリベルは呼んでいる。ポーチの口に入るのならどんなものも入る。入れたものの重量は感じず、とても長持ちする。長期間街を離れるのなら必須級のアイテムだ。

 こうして戦利品を洗浄し、ポーチにしまったリベルは歩き出す。ついでにまだ温かいパンを取り出して齧った。


「さてさて、ちょっとしたアクシデントはあったが、再開といこうか」


 そう言ってリベルは再び崖に沿って歩き始めた。

 そうして三日が経過した。


「見つからねぇ……。なんでだよぉぉおおぉ!」


 リベルは膝から崩れ落ちてバシバシと地面を叩く。この三日間、崖に沿って行ったり来たりを繰り返し獣の巣穴や怪しい洞窟などをいくつか発見したものの、肝心の遺跡はその手掛かりすら見つけられなかった。よもや自分の勘が外れたのかとの考えに至り、リベルは現在の無様な姿を晒している。

 そうしていると、次にリベルはスッと立ち上がる。その表情は先程とは打って変わっていつも通り不敵な笑みを浮かべていた。


「いやいや、これは参ったね。だが、ここまで見つからないのなら、逆にワンチャンあるな。遺跡の最奥に続く巧妙に隠された入り口を探す興奮を最初から味合わせてくれるとは……最っ高! フゥ!」


 今のリベルは傍から見れば完全に頭がおかしい人間である。そもそもトレジャーハンター業で生きている時点で両足を異常者に突っ込んでいるのは間違いないのだが。

 元気を取り戻したリベルは、今度は崖に張り付くようにしながら進む。気になった箇所は適宜手で触り、ゆっくりとしたペースで進んでいった。


「ん?」


 壁を弄りながら進む変人は、その手に違和感を覚えた。一見すると何の変哲もない崖だが、その一ヶ所だけわずかに感触が違った。普通は表面には僅かに凹凸のある感覚があるのだが、そこだけは凹凸が一切ない。丁寧に研磨された大理石のような感覚だ。そして、この感覚はリベルにとってよく知っている感覚だった。


「あぁ……、あぁ……! 見つけた……! まったく、こんなところに隠れていたなんて、とんだ恥ずかしがりちゃんだなぁ♡ ほら、俺にその姿を見せてごらん♡」


 言葉だけ聞くと正しく変態である。しかし、現実には崖に向かって手をすりすりと動かす度し難い変態だ。

 リベルはその場所に力を込めた。するとどうだろうか。その場所はすっと奥に押し込まれるのだった。そこは巧妙に偽装されたスイッチであり、それをリベルは押したのだ。

 スイッチの隣の崖からパラパラと砂利が落ちる音がした。そんな小さな喝采と共に、未知への扉が開かれた。


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