第4話 ワクワクが止まらない

 静かに開かれた扉を前にしてリベルは仁王立ちしていた。


「スゥー……ハァー……。あぁ、素晴らしい……! 奥ゆかしくて心くすぐるこの風味。間違いない。スゥー……誰にも手を付けられてない新鮮な遺跡だ……ハァー……。興奮してきたぁ♡」


 肺が破裂する寸前まで空気を吸い込み、遺跡の空気を心ゆくまで堪能するリベル。如何にも気持ち悪いだけの行動に見えるが、実はしっかりとした目的があるのだ。ただし、そのリポートには意味がなく、気持ち悪いだけである。


「……どうやら毒ガスとかはなさそうだな。よかった。それじゃ次」


 リベルはコートのポケットから手に収まる程度の大きさの円筒を取り出し、先端のキャップを外すと勝手に火が付いた。本来なら竈や煙草に火を着けたりする発火筒なのだが、リベルは手に入れやすさから好んで使っている。それを遺跡の中に放り込み火が消えないことを確認したリベルはようやく遺跡に足を踏み入れた。


「……暗いな」


 発火筒を拾い、キャップをして消火したリベルは太陽の光が届かない遺跡の奥を見ながらそう呟いた。遺跡探索において暗闇は強敵である。未知の遺跡で常に気を張らなければならないうえ、トラップなどに気がつきにくくなるため、トレジャーハンターによっては暗闇こそが最大の敵と言う者もいるくらいだ。


「魔力はもったいねぇか。仕方ない」


 まだまだ遺跡探索は始まったばかりで、遺跡の規模や何があるかも不明である。そんな状態で命綱とも言える魔力を消費するのは悪手だと判断したリベルは『際限なき強欲』からランタンを取り出して灯を点した。頼りない光がリベルの影をゆらゆらと躍らせる。


「さぁて、存分に楽しもうねぇ♡ あぁ……素晴らしいよ。そんなに恥ずかしがらないで♡ もっと力を抜いて、リラックスリラックス。存分に楽しもうじゃないか♡」


光に照らされた遺跡の壁に張り付いて頬を赤らめる変態、もといリベルはしばらく気持ち悪い独り言を言っていた。その後、大変満足したリベルは壁から離れ、別人のように顔を引き締める。

 リベルはランタンを掲げ、細心の注意を払いながら一歩を踏み出す。ほんの些細な違和感も逃さないように。床、壁、天井、どこにトラップが仕掛けられているかわからない。通路の曲がり角から魔獣が出てくるかもしれない。隠し部屋に繋がる仕掛けがあるかもしれない。幾多の危険を前にリベルの目は先程の変態とは裏腹に真剣そのもの。しかし、その口は楽しさを押さえられないように笑っていた。

 角を曲がり、薄暗い光が通路の先に開けた空間があることを示したと同時、リベルは足を止めた。


「部屋が見えて気が散る距離に仕掛けるとか、作ったやつは相当イイ性格してたんだろうな。俄然やる気が出たけんだけどね」


 一見すると何の変哲もない通路。しかし、本当によく見るとわずかに光の反射加減が違って見える箇所がある。堆積した埃で見えづらくなっているが、床の材質が違うのだ。もしリベルがあと一歩踏み込んでいたら確実にその箇所を踏んでいただろう。

 これまでの通路には何もなく、目の前に空間が見える。自然とそれまで意識していたことに空白ができるタイミングに仕掛けられたトラップ。製作者に称賛を送りつつ、リベルは冷静にトラップの大きさを目視する。


「だいたい俺三人分くらい。ざっと五くらいメートルか。飛び越えるにはちょっと天井が低いな。俺の大切なお顔が傷付いちまう。世界の損失だ」


 キメ顔でそういうリベルにツッコミを入れる者はだれ一人もいない。しかし、リベルは気にしない。肩を落とすようなことはなく、すぐさまこのトラップを飛び越える準備をし始める。

 左手をフリーにして、感覚を確かめるように何度か振る。そして、勢いよく左腕を向かいの天井目掛けて振った。リベルの袖口から勢いよく飛び出たワイヤーフックが天井に刺さる。リベルが腕部に装備している遺物―『運命の分水嶺フォルトゥーナ・フィルム』だ。

フックが抜けないことを確認し、ジャンプすると同時にワイヤーフックを縮めることで天井にぶつかることなくトラップを飛び越えた。


「ま、こんなもんだろ」


 シュタッと華麗に着地し、リベルは『運命の分水嶺』を回収する。ワイヤーはシュルシュルと袖口に収まり、最後にカチャンと小さく音が鳴った。

リベルは先程までぼんやりとしか見えていなかった空間を、ランプを掲げて照らすとそこは大きな空間が広がっており、向かいには扉らしきものが見えた。


「おっと? もうゴールかい? もうちょっと歯ごたえがあると思ったんだけどなぁ」


 周囲を警戒しながらリベルは部屋に足を踏み入れ、扉の前に立つと残念そうに肩を落とした。遺跡ならばもっとトラップや魔獣、様々な仕掛け等々があって欲しい。リベルにとって遺跡探索とは死なない程度に刺激的なものでなければ面白くないのだ。もっと言えば大した仕掛けもない遺跡には金銀財宝、まして遺物等はないことが非常に多い。失意を隠せないまま、トラップがないことを確認したリベルは扉に触れた。


「はぁ~、外れかぁ……お……?」


 扉に触れた途端、扉に光の線が何本も浮かび上がる。それが部屋全体に広がり、部屋が明るく照らされた。


「まさか……生きてるとはな……!」


 こんな小規模の、それもトラップもしょぼいような遺跡が未だに稼働していることにリベルのテンションは急激に上がっていく。現在も稼働している遺跡は非常に珍しく、遺跡建造に高度な技術が使われている証拠だからだ。

 リベルが感動に打ち震えていると、部屋に更なる変化が起こる。部屋の中央に幾何学模様が浮かび上がり、そこから金属のナニカが現れた。それは人型でありながら四肢と胴体が離れており、おおよそ人間が入っているとは考えられないモノだった。


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