第12話 町でのあれこれ

 周囲を飛び交うフィーニスには理解できない言葉に、嫌でも自身の使う言葉が異なっているという事実を認めざるを得ない。


『……本当に言葉が違うのだな』

『信じてなかったのか?』

『お前の話は疑うくらいが丁度いい』

『ひどい言い草だ』

『しかし、これは早急に現代語とやらを覚えねばならないな』


 このままでは思うように意思疎通もままならないことを知ったフィーニス。現代語学習を目下の目標としつつ、リベルに教えを請おうとしたその時、複数の視線が己に注がれていることに気がついた。


『おい、そろそろ降ろせ』

『はいよ』


 そんな中を、少女を担いでいた成人男性が通るのだから、少なくない視線が寄せられる。リベルの肩から降ろされるとようやくその視線から解放され、フィーニスは睨みつけるようにリベルを見上げた。


『まったく、デリカシーのない男だ』

『周りから見れば、勝手に店を抜け出して遊んでいた子どもを連れ戻す護衛に見えるさ』

『そういうものか?』

『そういうものさ』


 すっかり好奇心の視線が外れた様子から、リベルの話が間違っていないと思い、フィーニスは納得する。それと同時に、周囲の見たこともないものが目に入るようになった。何から何まで知らないものばかりで、頭が痛くなるほど新鮮だった。


『目移りしているところ悪いが、まずは宿をとらねぇと野宿になっちまう』

『野宿も悪くないと思うのだが?』

『安心しろ。これから嫌というほどすることになる』


 トレジャーハンターになった暁には、一番多いのが野営だ。おかげで町があると宿屋に泊まりたくてたまらなくなる。リベルは既になっている。

 リベルはフィーニスが迷子にならないように手を握って進む。他にも人攫いに連れていかれないためという意味も含まれている。なまじ美少女なフィーニスは人攫いにとって格好の的だ。下手をすると森の中の方が安全とまで言える。

 人の波をかき分けてリベルは一つの宿屋にたどり着いた。出発前に泊まっていた宿屋だ。というより、この小さな町ではここが一番マシな宿屋なだけである。慣れた手つきで受付を済ませ、割り当てられた一室でひとまず落ち着く。


『ほー、これが宿屋か。ベッドと椅子と机だけしかないな。つまらない』

『お前は宿屋に何を求めてるんだ……』

『当然、見たこともない面白い物に決まっているではないか』

『変わった宿屋は王都とか領都に行かねぇとないだろうな』

『あるのか?』

『最初は楽しいが、何度も泊まると飽きるな』

『リベルだけずるいぞ』

『自分で稼いで泊まれ』


 軽いやり取りをしつつ、リベルは座ったばかりなのに立ち上がる。折角休めると思った矢先の出来事なので、フィーニスは少し不満げだ。


『また歩くのか?』

『何も食わなくていいってなら置いていくが?』

『それなら仕方がないな。食事はどうやら“楽しい”らしい』


 不思議と足取りが軽くなり、時間の経過が早くなったような感覚。リベル曰く、それが“楽しい”という感情だと言っていた。ならばその“楽しい”を味わう機会を逃すわけにはいかない、とフィーニスも立ち上がる。


『つっても大した店なんてないしなぁ。またあそこに行くか』

『おい、早く行くぞ』

『お前、場所分からねぇだろ』


 フィーニスに催促されるようにしてリベルたちが向かったのは、この物語の始発点とも言うべき例の酒場だ。フィーニスのような子どもを連れて行くべきか悩むところだが、生憎、リベルはこの小さな町で他にまともな料理を出す店を知らないし、期待もできない。

 まだ空がほのかに明るい中、例の酒場に到着した。中は既に出来上がった男どものむさ苦しい熱気と酒の匂いが充満していた。それでも席はいくつも開いていたので、一番端のカウンターに陣取った。


『ほう、酒で酔うとあんな風になるのか』

『お前は水かミルクだぞ。俺は飲むが』

『ズルいぞ、リベル!』

『お子様の飲酒は法律で禁止されているんでーす』

『ぐぬぬ……』


 流石のフィーニスも順法精神はあるようで、口を引き結んでリベルを睨みつける他なかった。そんな向けられる憎らしそうな目などどこ吹く風で、リベルは酒とミルク、腸詰と野菜炒めなどの食事を注文していく。


「数日見ない間に子どもができたのかい?」

「俺の知らぬ間にできちまったんだよ」

「お客さん……そのうち刺されるぞ」

「罪な男ですまんな」

「ウチで流血沙汰はよしてくれよ」

「フッ、善処しよう」


 マスターはフィーニスのことを、過去にリベルが捨てた女性の子どもと誤解し、リベルはそんな誤解を理解しつつも訂正はしない。なぜならその方が面白そうだから。もっと言うなら変に否定し話を拗らせる必要はないから。誰が遺跡の奥で眠っていた古代語を操る少女を拾ったなんて奇怪な話を信じるだろうか。普通だったら信じないだろう。


『なぁ、リベル』

『なんだ?』

『この匂いは何だ? あのスープとは違うが、お腹が空く匂いだ』

『腸詰を焼いているのさ。そこそこ美味いぞ』

『本当か? 待ち遠しいな』

「何を話しているんだい?」


 フィーニスと会話していると、酒とミルクの入ったコップを手に持ったマスターが会話に入ってきた。日常生活ではまず聞かない古代語を全く理解できない様子で首を傾げながら二人の前にコップを置く。


「古代語だよ」

「古代語? そんな大昔の言葉をなんでわざわざ?」

「なーに、ちょっとした勉強とゲームさ。本気で古代語を覚えるなら使わないといけないからな。この子には普段から古代語を使うように言ってある」

「はぁ」

「なんだその返事は? そっちが聞いたんだろ」

「いや、まぁ、その……複雑なんだなってな」


 マスターは何かを察したように頷いて行ってしまった。リベルが嘘をついていて、フィーニスが現代語を喋れないことを見抜いたが、そんな不信感を飲み込んで、二人を単なる客としてもてなすことにしたようだ。

 リベルはある種の職人気質なマスターに内心で敬意を表するのだった。


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