第11話 町に戻ろう

 なぜか泣いているリベルを見てフィーニスは慌てる。リベルが涙を探す理由がわからなかったからだ。しかし、それもすぐに知ることになる。


『う……うぉぉぉおおおぉぉぉ!』

『うわぁ! な、なんだ!? どうしたリベル!?』


 唐突に大声を上げて泣き出したリベルに驚き、釣られるようにフィーニスも素っ頓狂な声を上げてしまう。それでも何とか理由を聞き出そうとしたフィーニスは次のリベルの言葉に毒気を抜かれてしまった。


『遺跡が壊れちまったよぉぉぉおおおぉぉぉ! なんでだぁぁぁあああぁぁぁ!』

『……』

『なんで……なんで……! もう二度と会えないなんて……。そんなの、悲しすぎるじゃないか……』

『……』

『せめてもう一度、一度だけでいいから顔を見せてくれよ……!』

『……』


 泣き崩れて地面を涙で濡らすその姿は、目の前で最愛の人を失った悲劇の主人公といったところか。相手が遺跡という点を除けば、それなりの悲劇の物語の一部に見えるだろう。今まさに隣で見ているフィーニスの目は冷気を宿していると見間違えるほど冷めきっているが。


『昨日までは……あんなに、元気だったのに……』

『骸骨はあったな』

『今は、もうこんなに冷たいだなんて……』

『遺跡に温かいも冷たいもないだろうに』

『最後に、もう一度だけ、その姿を見せておくれよ……』

『そもそも壊したのはリベルではないか』

『うぅ……うぅ……』

『ところでリベル。先ほどから古代語で話しているのはわざとか? 実は内心余裕であろう?』


 本当に悲しみに暮れるのならば現代語で喋るはずだ。少なくともわざわざ古代語で話す理由がないのだから。それに気がついたフィーニスは、この茶番を一刻も早く終わらせるようにリベルに要請する。

 リベルは涙を拭い、ゆらりと立ち上がった。その目は涙で潤い、泣いていた影響で目元が赤くなって……などいなかった。


『さて、行くか』

『すごい変わり様だな』

『フッ、褒めるな』

『呆れているのだ』


 なんとも器用なヤツだ、とフィーニスは呆れを通り越して感心していた。当のリベルはさっきまでのことはまるでなかったかのように洞窟に背を向ける。ここから立ち去ることを察したフィーニスは同じように回れ右をする。何時でも出発できるとリベルを見上げると目が合った。


『もういいのか?』


 リベルの言葉にフィーニスはすぐに返答できなかった。どうやらフィーニスが奇妙な感覚に囚われている瞬間を見られていたらしい。もしかすると、フィーニスが落ち着いた頃合いを見計らって泣きまねを開始したのかもしれない。変に気を使われているような気がして、フィーニスの感覚は荒々しく波打つ。


『うるさい。早く近くの町とやらまで案内しろ!』

『はいはい』

『なんだ! その顔は!』

『伊達男』

『そういう意味ではない!』

『クッ……アッハッハッハッ!』


 堪えきれず吹き出して笑うリベル。何が面白いのかフィーニスには全く理解できないまま、荒々しく踏み出した。それを追うようにリベルも歩き出す。フィーニスは早く歩いているつもりなのに対し、リベルは悠々とそれに追いついた。


『町はこっちだぞ』

『早く言え』


 フィーニスはリベルの指差す方向に歩く方角を修正した。そうして、二人が町に到着したのは太陽が空を赤く染め始めた頃だった。


『ようやく到着か。疲れたぞ』

『途中から担がれてたくせによく言うぜ』


 現在、フィーニスはリベルの肩に担がれている。長時間歩いたこともないうえ、足場の悪い森の中を進むのはド素人のフィーニスにはあまりにも困難だった。最初こそ自分で歩けると豪語していたのだが、次第に休憩する感覚が縮まり、このままでは日が出ているうちに町にたどり着けないと判断したリベルがフィーニスを担いで運んだのだ。


『意外と近かったな』

『フィーニスが遅いだけだ』

『歩きにくいのが悪い』

『慣れないとこれから大変だぞ』

『善処しよう。あと、もう少し乗り心地を良くしろ』

『俺は馬車じゃねぇよ』


 そもそも人は人を運ぶように作られていない。そんなものは馬車の仕事だ。そんなことを言いながら村の入り口に到着する。槍を携えた見張り番が首を傾げながらリベルたちに話しかけてきた。自分たちには理解できない言葉を発している二人に困惑しているようだ。


「えっと、この町の住人じゃなさそうだけど、町にはいるのかい?」

「ああ、そうだ」

「そうなのか。二人だね。通行料は大銅貨2枚だ」

「ほいよ。お仕事ご苦労さん」


 リベルは懐から四枚の大銅貨を取り出して見張り番に渡す。手渡された銅貨の枚数を見て見張り番は目を丸くした。


「こんなにいいのかい?」

「今夜は美味いもんでも食えよ」

「そうかい、ありがとう!」

「じゃあな。後少し頑張れよ」


 リベルはフィーニスを担いだまま入り口を通る。その後姿をニコニコしながら見張り番は見送った。町の中は帰路に就く人や、閉店間際の露店や商店が呼び込みをかけていて賑わっていた。


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