第10話 本題へ

 焚き火の上にあった鍋は洗って片付けられ、炎は小さく揺らめいて二人の影を揺らしていた。地面からの冷気で身体を冷やさないように厚手の毛皮を地面に敷き、布団代わりのマントにくるまったフィーニスにリベルが向き合う。


『それで本題だ』

『ああ』

『エルドラドの手掛かりについて教えてもらおうか』


 何だかんだでここまで聞きそびれてしまっていた本題にようやく入った。リベルは手にペンとメモ紙を持ち、全てを聞き逃さんと前のめりになってフィーニスの言葉を待つ。


『手掛かりと言っても簡単な単語だけだ。“王”、“復活”、“砂漠”。この三つの言葉が黄金郷に続くヒントになると記憶している』

「……」

『なんだ、その……大層なことを言った割に情報が少ないという批判は受け入れないが……』

『そこは受け入れろよ!』


 ヒントを聞いて黙り込んだリベルを、機嫌が悪いと思ったフィーニスはほんの少しだけ声のトーンを下げて言い訳をする。その言い訳になっていない言い訳にツッコミをしたリベルは大きく伸びをした後、マントにくるまった。寝る体勢である。


『な、なぜ寝ようとしている!?』

『次の目的地が決まったから』

『な!? たったあれだけの単語でわかったのか!?』

『たぶんな』

『それはどこだ? どこなんだ?』

『ふわぁ~。そろそろ寝るぞ。明日早いんだから』

『おい! 教えよ! リベル!』

『悪い子には明日までお預けでーす』

『何だと!?』


 リベルはすぐに寝息を立て始める。そんなリベルのマントをフィーニスは掴んで揺する。まるで食事を待ちきれない子供のようだ。いや、他人が見れば確実にフィーニスを子供と見るに違いない。しかし、必死なフィーニスの抵抗虚しく、リベルが起きる気配はない。じきにフィーニスにも眠気が襲ってきて、そのままリベルを枕にして寝入るのだった。


『うぅ……』


 目を焼くような眩さを感じたフィーニスは小さく呻き声を上げる。そして、その光を遮ろうと半ば無意識に手に掴んだマントで顔を隠そうと持ち上げようとした。しかし、それを阻む無礼者が一人。


『フィーニス、起きろ。朝だぞ』


 無情にもマントを引き剥がされ、朝のひやりとした冷気がフィーニスの肌を刺激する。まどろみにあった意識が急速に鮮明になっていき、目をゆっくりと開くと、そこには見慣れた顔があった。


『……リベル……?』

『おう、俺だ。朝から俺の素敵フェイスが見られるなんて幸運だな、フィーニス』


 朝から無駄に元気なリベルに反抗する気すら起こらず、フィーニスは渋々体を起こしてペタンと座った。そこにマントを肩から掛けられる。


『眠い……』

『なら温かいもの食って目を覚ませ。のんびりしている暇はないぞ』


 目の前にスープの入った器が置かれた。漂ってくる香りにフィーニスの身体は急速に覚醒を始める。一口スープを口に含めば身体が温まり、二口含めば硬くなっていた身体がほぐれるような感覚がする。昨日と違い、味わうようにスープを飲んでいたフィーニスは、ある程度目が覚めたところで忙しそうにしているリベルに声をかける。


『忙しそうだな』

『火の始末と今後の予定を決めて、大まかな日程を推測し、必要な物をリストアップしている。ついでに食えそうなものを見つけてきた。忙しいったらありゃしない』

『そうか、大変だな』

『トレジャーハンターになるなら必須だ。次からはお前もやるんだよ』

『……面倒くさ』

『やるんだよ』


 言うが早いが、早速リベルは食べ終えた鍋や器の洗い方や火の始末、敷いていた毛皮の整備などを丁寧に教えていく。フィーニスは呑み込みが異常に速く、あっという間にリベルの説明を理解して学んでいく。


『やればできるじゃねぇか』

『わたしにかかればこれくらい余裕だ』

「ならもっと任せていいな」

『今、何と言った? 何だその邪悪な笑みは? 答えろリベル!』


 口角を吊り上げるリベルに何かぞわぞわした感覚を覚えたフィーニスは全力で抗議する。しかし、リベルは笑顔を崩さないまま一切取り合わなかった。土を被せた焚き火が鎮火したこと、野営地に何も残っていないことを確認し終えたリベルはフィーニスを連れて歩き出す。


『こちらはわたしのいた遺跡の方角ではないか』

『そうだが?』

『そうだが? ではない。なぜ、こちらに向かっているのか聞いているのだ』

『そりゃ遺跡の見納めに決まってんだろ』


 したり顔で言うリベルはスタスタと歩く。といっても洞窟までは数分もかからない。崖にぽっかりと空いた空洞はよく目立っていた。二人して中を覗くと床は完全に抜け落ち、そこの見えない暗闇が口を広げていた。その先は瓦礫と砂で完全に埋まっており、ここから侵入することは不可能だと告げていた。

 記憶あるのはほんの僅かな時間だったというのに、フィーニスは奇妙な感覚に襲われる。防ぎようのない冷たい風が身体中を吹き抜けて、足の感覚がなくなり、立っているのに浮いているような感覚。思わずリベルのコートを強く掴む。


『悲哀、郷愁、寂寥……。なるほど』


 己の頭から引っ張り出した知識から言葉を紡ぐ。フィーニスにとってこの感覚は未知のものだった。リベルと話している時のような安らぎのあるものではなく、目を逸らしたくなるもの。それすらフィーニスは味わうようにゆっくりと咀嚼していく。荒れていた感覚が静寂を取り戻し、何時しか瞑っていた目を開ける。もうそこにはフィーニスの感覚を荒らすものはなかった。


『なあ、リベ、ル……? なぜ泣いているのだ?』


 先ほどから妙に静かだったリベルを見上げると、そこには涙を流すリベルの姿があった。


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