第13話 大いなる冒険への第一歩
酒場の料理に舌鼓を打ったリベルとフィーニスは、多めの硬貨をカウンターに置いて席を立った。
すっかり夜の帳が下りて星がきらめく夜空を優しい風が包み込む。
『美味しかった』
『そりゃよかったぜ。明日からはまたスープ生活だからな』
『スープも美味いぞ?』
『最初だけさ』
長期間の探索では保存の利く食料が必須だ。いくら『際限なき強欲』であっても、時間が停止するわけではない。そうなると選択肢が限られる上、保存食の多くは多量の塩が使われている関係で、単体で食べるには非常に味が濃い。スープにするのはそれらの塩抜きと味付け、水分補給も含めている。しかし、それらが長く続けば飽きるのも必然だ。
『また食べに行くぞ』
『いいぜ。そのうちな』
宿屋に戻ると、フィーニスは旅の疲れかベッドに倒れこむや否や、布団すらかけずに寝息を立て始める。リベルはそんなフィーニスに布団をかけた。
「そう言えばコイツ、素っ裸で寝てたんだっけか。……掛け布団、必要か?」
ふと思い出して些かの疑問が脳裏をよぎったが、だからといって放逐するほどリベルは人でなしではない。小さく上下する布団を一瞥した後、リベルも床に就いた。
―
翌朝、リベルはいつも通り朝の支度を終えて、いまだ寝ているフィーニスに起床を促す。顔すらも完全に毛布にくるまり、小さな要塞となっているフィーニスを軽く揺らす。
『起きろ、寝坊助』
『……ぁぁ……』
心底眠そうな小声がするだけで、もぞもぞと動いた布団は再び停止した。リベルのテンションの低い寝起きの顔が、次第に笑顔に染まっていく。しかも、青筋がしっかりと浮き出るほどにだ。
リベルは毛布を掴んで引き剥がす。朝の冷えた空気に晒されて、フィーニスがさらに小さくなりつつ、起き抜けの焦点が定まらない目でリベルを見上げた。
『何をする』
『起きろ、寝坊助』
『まだ太陽が昇り切っていないだろう?』
『明るくなったらもう朝なのさ』
暗い夜を照らす蝋燭やランプは当然ながら無料ではない。なので、少しでも節約するために一般人は夜早く寝て、朝は空が白み始めたら活動を開始するのだ。
フィーニスの朝の支度が終わるころにはとっくに太陽が完全に顔を出して、路上は通行人で溢れかえっていた。
『待たせたな』
『待ちわびたぞ。さて、出発前に朝飯でも買っていくか』
『うむ。案内しろ』
『はいはい』
この小さな町のどこにこんなに人が住んでいたるのかと疑いたくなる人混みをかき分けて、リベルたちは屋台が並ぶ一角を訪れた。各屋台には行列ができており、リベルは己の勘を頼りに、その一つに並ぶ。
『いい匂いがする。まだか?』
『少しは我慢を覚えろ、この食いしん坊寝坊助が』
『記憶によると、成長するには良く寝てよく食べる必要があるのだ。わたしはそれに従っているに過ぎない』
『太っても知らんぞ』
『うっ……』
『そっちの常識はあるんだな』
『うるさい』
どうやらフィーニスの中でも肥満はよくないという知識はあるようだ。どの時代の常識かは不明だが、古代語を扱う時代の常識だと思われるため、これからの前途が窺い知れる。つまるところ、リベルが苦労しそうということだ。
そんなことを少し話しているうちに、行列はどんどん進んで行く。朝の忙しい時間帯なので提供は早く、手に持って食べられるものが好まれるので当然だ。
「いらっしゃい」
『リベル、早く注文をしろ』
『ちょっとは待てよ』
隣の小さな食いしん坊をなだめつつ、リベルは素早く屋台を観察する。どうやら並んだ屋台は少し大きめのパンを上下二つにスライスし、そこに肉や野菜を挟むスタイルのサンドイッチのようだ。漂う匂いからも悪くない肉と少しばかりの香辛料を使っていることがわかり、リベルは自身の勘が正しかったと確信する。
「ノーマルを二つとスパイスを二つ。全部肉多めで」
「ははっ、よく食べるねぇ」
「美味さに期待してんのさ」
「なに、期待は裏切らないよ」
店主は手慣れた動作でサンドイッチを作っていく。リベルの注文以上に肉と野菜を多めに挟んだサンドイッチが完成し、リベルも書かれていた値段よりも多くの硬貨を手渡す。両手にサンドイッチを持った二人は行列に押されるようにして屋台を後にした。
『ふむ、香りは合格だ』
『さいですか』
小さな手に似つかわしくないサンドイッチをもってご満悦そうなフィーニスを呆れ半分で眺めつつ、リベルは自分のサンドイッチを『際限なき強欲』にしまう。そのままフィーニスの腕を引っ張って町の入り口まで向かった。
『次の街までは歩きだ』
『……また歩くのか? 馬車とかはないのか?』
フィーニスは森の中を歩いて疲れ果てていた記憶を思い出し、さっきまで高かったテンションが露骨に下がる。殊更フィーニスの見た目がいいためか、気が弱い人ならば良心呵責に苛まされるかもしれない。しかし、リベルには通用しない。遺跡のためならば紛争地域にすら嬉々として突撃する気狂いなのだから。
『体力をつけろ。歩き慣れろ。現代語を覚えろ。エルドラドのことを思い出せ』
『わたしばかりが大変ではないか』
『衣食住は確保してやっているだろ?』
『それだけか?』
『放逐してやろうか?』
『……はぁ、リベルは仕方のないやつだな』
『えっ? 俺が悪いの?』
リベルは自分が悪者扱いされたことにショックを受けたように固まる。それはオーバーリアクションの冗談だとわかり切っており、フィーニスの口角は本人の与り知らぬところで自然と上がっていた。
当然、フィーニスは自身に必要な事柄は把握している。もちろん、自身に足りない事柄も。それらを完璧に補え、その上で一切物怖じしないリベルが頼りになることは、この二日間で身に染みるほど理解していた。
こうしてエルドラドまでの道中やることが決まった二人は、揃ってその一歩を踏みし出した。
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