第16話 金蔓がやって来た

 リベルが開戦の狼煙を上げる少し前、街道を進む馬車を監視する複数の視線があった。


「どうだ?」

「へへへ、まだ呑気に進んでいやす」


 盗賊たちの中でも特に目の良い団員が、質問を投げかけてきたガタイの良い髭面の男に返答をする。髭面の男はそれを聞いて静かに頷き、振り返った。


「本当に仕掛けるのか?」

「当たり前じゃないですか。あんな上物を捨て置く事などできませんよ」


 言葉遣いは丁寧なものの、その言葉を放った本人の風貌はお世辞にも綺麗とは言えなかった。長く伸びた髪は手入れなどされておらず、くぼんだ目と痩せた腕は健康とは程遠い。もし、髭面の男と戦えば一瞬で殴り殺されそうなものだが、実態はその正反対だ。

 一月前、この盗賊団を率いていた頭目の髭面の男は、目の前の人物に手も足も出ず地面に伏した。その理不尽な強さから、この男は魔力持ちホルダーだとすぐにわかった。


「御者はともかく、あの寝ている男。危険な匂いがする。小娘もだ」

「ほう? この僕が負けるとでも?」

「そうは言っていない。だが、団員には危険だ」


 元頭目の危機察知能力は確かだ。おかげでこれまで領軍に見つからず過ごせていた。その能力が寝ている男は危険だと、元頭目にアラートを叩きつけている。少なくともこれまでの元頭目なら絶対に手を出さない獲物だった。


「団員などと盗賊風情がいうものではないですよ。所詮は犯罪者のクズです。僕の駒として使われた方が幸せですよ」

「……」


 元頭目は奥歯を噛み締めた。「オマエもそのクズじゃねぇか」と言いたかった。しかし、実力差は明白で、不幸を買ってしまえば死ぬのは元頭目だ。己の命惜しさに押し黙る他なかった。


「仕込みは済んでいますね?」

「……当然だ」


 一番危険な任務を任された団員は先日逃げ出そうとした者だ。見せしめとして散々甚振った上でまだ使う。本当に駒としてしか見られていないと誰もが理解した事だろう。


「頭目、立ち止まりました」

「今はわたしが頭目ですよ」

「へへ……すいやせん」

「まぁ、いいでしょう。君はそれなりに使えるので許してあげます」

「あ、ありがとうございやす」

「さてさて、皆さん。準備はいいですか? あちらに何か動きがあれば全力で走ってくださいね。あぁ、それと、逃げようなんて不埒な真似はしないように」


 何人かがゴクリと唾を飲んだ。戦闘のどさくさに紛れて逃げようと画策していた者たちだろう。釘を刺された以上、逃げられなくなった盗賊たちは生きるために目の前の獲物に集中する。

 そして……。


「ぐああぁぁぁああ!」

「どうした!?」


 リベルたちを見張っていた団員がいきなり大声で倒れこんだ。元頭目は駆け寄って観察すると、その団員の肩にはナイフが深々と刺さっている。真っ赤な血が服を染め上げ、触ると伝わる確かな温もりとぬめりとした感覚が現実だと訴えかけてきた。


「何処からだ?」

「まさか、あそこから?」

「馬鹿言え! 弓じゃないんだぞ!」

「じゃあどこからって言うんだよ!」


 団員たちが取り乱して口論となる。そして、思わず立ち上がって木の影から出た団員の一人の腕にナイフが直撃した。


「くそぉ、痛ぇ……」

「まさか本当にあそこから投げてきてるのか!?」

「嘘だろ!?」

「あの男、本当に人間か!?」

「……魔力持ちだ。絶対にそうだ。じゃなきゃ説明できねぇ!」


 魔力持ちという言葉に団員たちの血の気がサッと引いてゆく。ついこの間、その魔力持ちに成す術無く負けたのだから、その強さははっきりと覚えている。打って変わって静まり返り、団員たちは自然と頭目に視線を向けていた。


「魔力持ちがなんですか? あなたたちはただ僕の言うことを聞いていればいいのです。さあ、あの馬車に向かって走りなさい。僕が彼と相対するまでに生きていられれば生き残れます。それとも、この場で全員死にますか?」


 目の前の恐怖に盗賊たちは敗北した。各々簡素な武器を持ち、一斉に林から飛び出て馬車に向かって走る。前からは高速で迫るナイフ、後ろからは死の恐怖に挟まれ、それこそ死に物狂いで走った。身体にナイフが刺さろうがお構いなしだ。

 それでも頭目がリベルと接敵した時に立っていたのは僅か六人だった。


「御機嫌よう」

「ご挨拶どーも」

「どうです? 私の部下になりませんか? あなたの強さなら優遇しますよ」

「おっと、いきなり勧誘かい? モテ過ぎるのも困りものだな。俺って罪な男だぜ」


 リベルの飄々とした態度は一々頭目の神経を苛立たせた。何より魔力持ちである自分を前に恐れおののくようなことはなく、そこらで無様に転がっている駒と同じようなものを見るような目をしているのがいけ好かない。


「的確に殺さず無力化とは、随分と腕が立つようですね。もしかして博愛主義者ですか?」

「いいや?」


 それではなぜなのか。敵を減らすのは常道。それなのに、わざわざ殺さない理由に少しだけ興味が湧き、リベルの言葉を待つ。そして、語られた内容に頭目は激怒した。


「盗賊は生きたまま引き渡すと高値で買い取ってもらえるから。それが魔力持ちともなれば尚更な」


 盗賊を生きたまま領軍に引き渡すと報奨金に加えて、盗賊たちを犯罪奴隷として売却した利益の一部が手に入る。リベルが手間をかけて生かしておくのはただそれだけの理由だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る