第15話 旅人+行商人=

 馬車の御者席に座る白髪交じりののんびりとした男性は偶然の巡り合わせを楽しんでいた。その男性の隣には豪華な金髪を垂らしたフィーニスが座っていた。馬車には多くの山積みの木箱。その頂点にリベルが仰向けになって昼寝をしている。

 あれから数日ずっと歩き続け、その間に現代語をマスターしたフィーニスが、偶然出会ったこの行商人と勝手に交渉して乗せてもらい今に至る。


「へ~、お父さんと二人で旅行か~」


 行商人はまったりとした口調でそう言った。それを聞いたリベルは誰も見ていないことをいいことに「俺は独身で子どももいねぇ!」と盛大に顔を顰める。フィーニスには自身の出自について伏せるように言っているため、フィーニスが口から出まかせを語った結果、リベルはフィーニスの父親ということになってしまった。今更修正をすれば面倒なことになるのは明白で、行商人が不信感を覚えないのならばその方がいいが、それでもこの嘘はあんまりだとリベルは思う。


「そうだ。中々に外の世界というのは新鮮で楽しい」


 現代語を完璧にマスターしたフィーニスだったが、問題は完璧すぎて年不相応な言葉遣いな点だろう。もっと子どもらしく話させようとしたリベルだったが、フィーニスの思考回路に拙い言葉遣いは逆に難しかったらしく、初めてフィーニスがギブアップした。


「まるで外に出たことないような言い方だけど、もしかして箱入り娘かい?」

「実は最近まで寝たきりだったのだ。今は健康になって、これまで外に出られなかった分を取り返している」

「そうだったのかい。ならこれからもっと楽しくなるといいね~」

「そうだな」


 余計な設定を増やすな、と思わず叱りたくなる心をグッと抑え、リベルは中折れ帽で目元を隠した。リベル以外の他者と会話することはフィーニスにとってよい勉強になると自分に言い聞かせ、口を滑らせないことを祈る体勢に入った。


「そう言えばご老人は何を運んでいるのだ?」

「近くの村で採れた果物や毛皮とかかな。これをグーデナーに売りに行くんだよ」

「グーデナー?」

「ここらで一番大きな街だよ。交易の拠点として発展してるんだ」

「ほう、それは楽しみだ」


 グーデナー領の領都グーデナー。領主一族の名をとっただけの簡単なネーミングだ。行商人の言っていた通り、小規模ながら複数の交易路の交点に位置し、領地の大きさに見合わない活気がある。リベルもあの小さな町に向かう際に通った街だ。


「行商人は一人なのか?」

「普通は商隊を組んでいくのだけどね、時期外れだから今回は自分一人なんだ」

「危なくないのか?」

「ははは、大丈夫大丈夫。魔物は街道沿いには滅多に出ないし、盗賊だって領軍が定期的に潰している。安全だよ」

「そうなのか」


 「危険だろ」とリベルは心の中で盛大にため息を吐いた。そういう言葉はいわゆるフラグというものだ。普段ならこの行商人一人であり、盗賊も何を運んでいるかわからない馬車を一つだけ襲うのはリターンが噛み合わない。

 しかし、今回は目立つところにフィーニスがいる。季節外れで街道にこの馬車以外の人影はなく、しかも年嵩の御者と見目麗しい子ども。盗賊ならば多少の危険を冒してでも余裕でお釣りの来る獲物である。


「そうそう、そういえば……あれ?」

「どうした?」


 それまで楽しく話していた御者が馬車を止め、進行方向を見て首を傾げた。フィーニスもつられて前を見るが、不審な影は見当たらない。


「何もないが?」

「いや、人が倒れているでしょ?」

「ああ、そうだな」

「それがおかしいんだって」


 行商人曰く、その倒れている人に違和感があるらしい。トレジャーハンターのような旅人にしては装備が貧弱で、そこらの村人にしてはしっかりとし過ぎている。貧乏な狩人といった装備だが、周囲に血などの外傷の証拠が無い。死体や死にかけの病人ならハエが集っているはずだが、そういった虫もいない。だから不自然なのだと。


「そう言われればそうか」

「いや、でも本当に何かあって……」

「違うな、行商人サンよ」

「え?」

「あれは盗賊がたまにやる手法だ。道の真ん中で人が倒れていれば大概停まる。そのまま馬車を降りて駆けよればよし。方向転換しようと街道を外れてもよし。林から飛び出て接近する時間が稼げるからな」


 要するに単なる時間稼ぎだ。一番簡単な突破方法は馬車を走らせて倒れている人間を轢き殺すことだが、馬が急制動をかけたり、馬車が横転する可能性もある。人の命一つ賭けるだけでここまで効率的に獲物を狩れるのだ。ただし、多用すると手駒が減るし、盗賊の頭目に反感が集まる。道端に倒れる役は一種の刑罰みたいな場合が多い。


「なんて残酷な……」

「盗賊なんてそんなものさ。さてとっと」


 リベルは木箱の山から飛び降りて華麗に着地する。既に両手にナイフが握られていた。


「こういうのは先手必勝。相手の術中に嵌る前に倒しちまえばいい」


 そう言ってリベルは勢いよくナイフを林に向かって投げた。


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