トレジャーハント!
気晴
第一章 黄金郷 エルドラド
第1話 始まりはこんなもの
辺境の町。場末の酒場。数人の酔っ払った客が管を巻き、煙草をふかしていた。そんなよくある夜の光景。カウンターに座り、酒場のマスターと話し込む一人の客がいた。山折り帽を目深に被り、その下からは伸びたグレーの髪が覗いている。カウンターには酒の入ったコップとソーセージが乗った皿が置かれており、彼はぬるい酒の入ったコップを手に取ると勢いよく煽った。
「それで? 俺が気に入るかもしれない話って何よ?」
「お客さん、見たところトレジャーハンターだろ? だったら気に入ると思うね」
「おー、正解。早く聞かせてくれよ」
「話してもいいが、少し長くなると思うんだよなぁ」
「チッ、もう一杯くれよ」
「まいど」
客は情報量の代わりとばかりに酒を注文し、マスターは口の端を釣り上げて答える。すぐにコップは酒でいっぱいになった。その酒を不機嫌そうに口をつけながら視線でマスターに話をするように促した。
「実はな、この町には大昔から伝わる噂があるんだ」
「……はぁ」
「おいおい、反応が薄いな。トレジャーハンターはこういう話に飛びつくんだろ?」
「俺はいくらでもそんな話を聞いてきているからな。古代の遺跡の話しかと思ったら近所の鶏小屋の話しだった、なんてこともよくある話さ」
「そんなちゃちなもんじゃねぇよ。これは俺の爺ちゃんの爺ちゃんのそれまた爺ちゃんの……ずっと昔から伝わっている話だぜ?」
「……へぇ」
尚更、胡散臭そうなものを見るような目で客は酒を煽る。もはや半分以上興味を失っているような態度に、少し慌てた様子でマスターはその噂を口にした。
「最後まで聞いてくれよ。……何でもずっと昔、それこそ超大国以前の話しだ。この田舎町に怪しい術を使う人間が現れたんだ。くたびれた服装なのに金やら宝石やらをたくさん持っていたんだと。しかも、どんな病気も治しちまうときたもんだ」
「……確かに怪しいな」
「だろう? 最初は町人も怖がっていたんだが、次第に仲良くなっていったんだ」
「そして、国のお偉いさんに見つかって、か? それとも、欲にまみれた町人に殺されたか?」
「何でわかる!?」
マスターは目を見張る。だが、客にとってこの手の類は本当に良く聞く話だった。昔話のオチとして権力者と金に目の眩む馬鹿は鉄板だ。なぜこんな話がたくさん出回るのかというと、ちょっと昔の話をするだけでトレジャーハンターから小金を巻き上げられるから。ちょっとした小遣い稼ぎにぴったりというわけだ。
「だいたいいつものパターンだな。よくある話だ。で、どうなったんだ?」
「お客さんの言う通りだよ。金に目の眩んだ馬鹿がそいつを殺しちまって、その後は……なんかいろいろあったんだよ」
「最後が雑過ぎんだろ。作り話でももっとちゃんと作れ」
「作り話じゃねぇって」
「はいはい。そう言うことにしといてやる」
客は手を軽く振ってマスターの言い分を流し、酒のアテとして残っていた豚の腸詰めを頬張る。時間が経過し冷めてはいるが、噛むと肉汁が出てきてそれなりに美味しく食べることができる。場末の酒場なら十分に合格点だ。
「それで、その人はどこに住んでいたんだ?」
「詳しくは知らないが、毎回町の北側にある森から現れては消えていったそうだ」
「北側以外は街道と平原だから、隠れるなら当然か。……そんじゃ、ごちそうさん」
「はぁ、まいどあり」
客はスッと立ち上がり、多めの硬貨をカウンターに置いて酒場を立ち去る。
「お客さん、お釣りは?」
「チップにでもしといてくれ」
酒場の外は既に静まり返っており、冷たい風が客の頬に触れた。客はコートの襟を正すと足早に宿屋に向かって歩きだす。その足取りは先程の言葉とは反するように軽かった。
「……当たりだな。忙しくなるぞぉ。たまんねぇなぁ!」
山折り帽のつばを人差し指で軽く押し上げる。ややたれ目のその瞳は、豪華な食事を前にする子どものように輝いていた。
独り言が風に乗って消えてゆく。客の口角は確かに上がっていた。
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