21.再びのレンドと固めのプリン
とある一日のこと。
自宅兼店舗の外には一台の馬車が控えていた。神事があるということで、早朝からエリーを迎えに来たらしい。
もっとも、前日のうちに本人からその話を聞かされていたため、来訪に驚くことはなく、俺とラテはといえば、見送りのため、一緒に馬車へと向かうのだった。
とはいえ、だ。
「……なんか、想像していたものと違うなあ」
移動するための手段なので、当然、実用的な作りのものが来るだろうと思っていたのだが。送迎にきた馬車はこれでもかと言うぐらいに華美な装飾が施されていて、呆気にとられるほどである。
二頭の馬は揃って白馬であり、毛並みも艶もいい。王族や貴族を迎えに来たわけじゃないよな? 思わず訝しんでいると、エリーは恐縮の面持ちを浮かべるのだった。
「ごめんなさい……。なるべく地味なもので迎えに来るようお願いしたのですが……」
「地味……。これで地味かあ……」
いや、まて。聖女を送迎するための馬車が控えめであってはならないと、大聖堂側が気を遣った可能性もあるんじゃないか。これ見よがしに衛兵も付いているし。
「エリー、出発するぞ。早く乗り込むんだ」
馬車の窓から顔を覗かせたのはレオノーラで、今日は馬車で移動するからのんびり過ごせるぞと口にしながら、つい五分ほど前まで朝ご飯を食べていたのだった。早く乗り込めといったところで説得力が皆無だな。
やれやれといった具合に肩をすくめていると、エリーはこちらを見やりながら、くすくすと笑い出した。
「どうした?」
「いえ、なんだか賑やかでいいなあって思ってしまって」
「そうかなあ?」
「ええ。いままではこうやって見送ってくれる人もいませんでしたから」
そう言って、ラテの頭を撫でる。にゃあと目を細める黒猫に、「早く帰ってくるからね」と応じて、エリーは視線を上げた。
「それじゃあ、透さん。行ってきます」
「うん、いってらっしゃい。気をつけて。夕飯、用意して待ってるから」
「ええ、楽しみにしています」
馬車に乗り込んだエリーは、馬が走り出した後も、窓から顔を覗かせては手を振っている。その姿が見えなくなるまで手を振り続けながら、俺はぼんやりと、いってらっしゃいなんて言葉を口にするのはいつ以来だろうと考えていた。
(エリーも同じだったのだろうか? 行ってきますと口にするのは……)
レオノーラがそばにいるとは言え、意外と聖女は孤独な存在なのかもしれない。そんな思いに囚われながら、きびすを返した、その時だった。
「しっかし、なんだなあ。教会っていうのはやっぱり金持ってんだなあ」
達観した声のするほうを見やるように視線を下げる。そこには
「昔っからよ、王族と貴族、それに教会は金持ちって決まってるからよ。あの馬車を見る限り、そうとう儲けているに違いないぜ?」
「決めつけは良くないぞ、レンド。こんなに朝早くからどうしたんだ?」
ややとがり気味のあごが特徴的な小人へ尋ねると、凄腕の大工としても知られるこの小人は心外そうに声を荒らげた。
「てやんでえ。おめえさんに頼まれたモンができたから持ってきてやったに決まってるだろうがっ」
袖をまくり上げ、レンドは江戸っ子口調で応じ返す。
「あっ、妖精用の食器類か。えっ? もうできたの? ずいぶんと早くないか?」
「おれっちを誰だと思ってるんでぇ? こんなもん、お茶の子さいさいよぉ!」
得意げな顔でレンドは、あらよっと呟き、さらに指をパチンと鳴らしてみせる。すると、森の奥深くから小さな木箱が飛んできては、俺の目の前でぷかぷかと浮かぶのだった。
おそるおそる両手を差し出すと、木箱は手のひらにすっと収まる。開けてみなというレンドの声に促されながら木箱を開けると、そこには妖精サイズのコップや皿、ナイフ、フォーク、スプーンなどが整然と並べられており、俺はそのクオリティに目を奪われるのだった。
「すごいな……。一つ一つが丁寧に作られていて……。完璧じゃないか」
「まあ、おれっちにかかればこんなもんよぉ」
「あれ? よく見ると、中に“K”って文字が付けられた食器類もあるけど」
しかも“K”という文字が付いた食器類だけ、ちょっとした飾りが付けられており、他の物に比べると作りがオシャレなのだ。これは……、キキ専用ってことなんだろうなあと察しながらも、あえて口には出さず。
すると、顔を真っ赤にしたレンドは言い訳とも釈明とも受け取れるように、声を荒らげるのだった。
「てやんでぇ! それはちょっと気が乗って作ったっていうかよぉ! 本当は全部に柄ぁ入れるつもりだったんだ、おれっちは、本当はな! でも、おめえさんが急いでいるみたいだったから、一式しか用意できなかったんで、他意があってってワケじゃねえぞ!」
「わかってる、わかってるよ。とにかくありがとう」
なだめるように感謝を述べながら、俺は江戸っ子小人の労をねぎらうべく、とある提案をもちかけたのだった。
「あっ、そうだ。よかったらなにか食べていかないか? 簡単な物で良ければ甘い物も用意できるし」
「ばっかやろうっ。おれっちが甘い物を食うなんて……」
「キキはいないし、そんなに見栄張らなくても大丈夫だぞ?」
応じると、レンドはあたりをキョロキョロと見渡し、それからこほんと咳払いをしてみせる。
「……そうかい? おめえさんがそこまでいうなら仕方ねえ。ご馳走になるとするかな」
そう言って、まんざらでもなさそうな足取りで店の中へと向かっていく。俺とラテは互いに顔を見合わせ、内心で苦笑しつつも、その後についていくのだった。
***
さて、今回は喫茶店になくてはならないメニューであるプリンを作っていこう。手間が掛かると思うかもしれないけれど、意外と簡単に作れるからオススメだ。
まずはミルクを鍋で温めておく。火から下ろし、ときほぐした卵、砂糖を加えしっかりと混ぜ合わせていこう。固めのプリンが好きなので、卵は多めに加えておくぞ。
混ぜ合わせた液をこしながら型へ流し入れる。今回は切り分けて提供できるように、四角いパウンドケーキの型で焼き上げていこう。
鉄板に水を張り、液を入れた型を置いたらオーブンでじっくり焼いていけば、ほとんどできあがりなのだが。肝心のカラメル作りを忘れてはいけない。
鍋に砂糖と水を加え、混ぜ合わせたら、弱火にかける。こんがりと茶色になってきたら火から下ろしてやればいい。
焼き上がったプリンは型から外して粗熱を取り、適当なサイズに切り分ける。あとはお好みでカラメルを掛ければ、懐かしの固めプリンの完成だ!
***
「もぐもぐ……。こいつぁ、なめらかで、それでいてしっかりしていて。実にいいなぁ、おい」
固めのプリンを口にしたレンドの表情は、無垢な子どもそのものといった感じで、いつもの江戸っ子っぷりとは対照的なだけに見ていて微笑ましい。
「上に掛かってる“からめる”ってやつもいい! 卵の風味に、甘みと苦みのバランスが加わってなんとも……」
ほどなくして、こちらの眼差しに気付いたらしいレンドは、はっと我に返った様子で表情をあらためては、ふんと鼻を鳴らしては、
「人間が作ったにしたぁ、やるじゃねえか。なかなか、おつなもんだぜ」
と、素直じゃない感想を呟くのだった。まあ、最上級の賛辞として受けとっておこう。
「それはさておき、おかわりもあるよ」
「……もらおうか」
「はいはい」
「おう、その、からめるってやつぁ、多めに頼むぜ」
「了解ですよ」
いやはや、妖精サイズの食器の出番がこんなに早く訪れるとは思ってもなかったね。それも、制作者本人が使うことになるんだもんな。
やがて二皿目のプリンを食べ終えたレンドは、「ふぃ~、食った食ったぁ」とお腹をさすりながら、カウンターに座り込むラテにもたれかかった。
「お前さん。悪いが、ちょいと背中借りるぜ? 食休みってヤツだな」
「なぁ」
気にしないとばかりにひと鳴きする黒猫と、満足げな面持ちの小人という平和な光景に、ほんわかとした気持ちになりつつも、聞きたいことがあるんだったと、俺はレンドに問いかけたのだった。
「詳しく話を聞けなかったんだけど、凄腕の大工なんだって?」
「ん? なんでぇなんでぇ、おれっちの腕前を疑ってるんじゃねえだろうな」
「いやいや、そういうつもりじゃないんだって。ただ、こんなすごい家、どうやって建てたのかなって思ってさ」
「そりゃあ、おめえさん、おれっちが使える特別な魔法に決まってるだろう」
なんでも、様々な種族がその腕を見込んで、住居などの建設をレンドへ依頼しにくるらしい。エルフにコボルト、オークにドワーフ、その種族のライフスタイルにあわせたものを作り上げるとのことで、本人曰く「それはそれは大好評」だそうだ。
……あれ? 請け負う種族の中に人間が含まれてないけど? こちらの疑問を察したのか、レンドは首を左右に振った。
「決まってるだろうが。人間族が暮らす場所は空気が悪い、魔力も薄い。やりづらいったらねえわな」
「そんなもんかあ」
言われてみれば確かに、『魂の晩餐』を頻繁に催さなければならないほど、霊魂が集まっているんだったっけ。そういう環境は、妖精たちにとって良くないんだろうなあ。
しかしまあ、人間を除いては多種多様な交流関係を持っているといっていい。建築を請け負った知り合いを何人か紹介して貰えれば、上手いことお店の宣伝もできるんだけどなとか、そんなことを考えていると、レンドは思いもよらない提案を口にするのだった。
「おう、そうだ。“ぷりん”の礼ってわけじゃねえけど、この店のこと、おれっちの
「え? それは助かるけど、いいのか?」
「おうよ。おれっちのダチも甘いモンには目がなくてよぉ。これだけ立派なモンが食えるんだったら、喜んでやって来るだろうさ」
ちなみに友人とはエルフだそうで、俺は空想の世界でしか知らない種族に会える喜びに胸を高鳴らせた。
……高鳴らせたんだけどなあ。
数日後。
店の中で繰り広げられていたのは、色白のエルフと褐色のエルフが激しく言い争っている姿で、俺はどうしてこうなったと一人頭を抱えるのだった。
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