25.ミルクレープと家庭菜園と謎の種
マリウスとアレクシアの来訪以来、店にはハイエルフとダークエルフのお客さんがちらほらと訪ねてくるようになった。
立派な店舗には見合わない客数ではあるけれど、それにしたって“三十日連続来客ゼロ”という不名誉な記録を打ち立てていた頃に比べれば、はるかにマシなのだ。
ハイエルフもダークエルフも食に対しては柔軟で、『美味しいというなら食べてみよう』というスタンスなのもありがたい。ふわふわ生地のパンケーキ、トマトソースを利かせたオムライス、あとはチーズケーキなどが好評だ。
俺が調理に取り組む間、接客といったホール業務はエリーの担当となった。最初は「聖女にこんな仕事をやらせてもいいのかなあ」と思っていたのだが、当の本人はといえば、ものすごく張り切って仕事に臨み、いきいきとした笑顔を振りまいては店の華となっている。
プラチナブロンドのロングヘアが印象的で闊達なエリーは、美貌のエルフにとっても十分魅力的な容姿をしているようで、時折、男性客から口説かれているのを目撃している。もちろん、そんな現場を見た瞬間、邪魔しにいくけどね。ウチの大切な看板娘になにしてくれてんだと。
それは俺に限ったことではなく、“看板猫”である黒猫のラテも同様で、見計らったように邪魔をしにいくのだが、まったく素晴らしい仕事だなとしかいいようがない。さすがは俺の相棒兼愛猫だけあるな。
とはいえ、そんな些細な出来事もエリーにとってはなんてこともないようで、
「気にしないでください! 体よくあしらうのも、なかなかに楽しいものですよ」
と、舌をちろりと覗かせてはウインクしてみせるのだった。うん、カワイイ。……いや、そうじゃなくて。
「そうはいっても聖女なんだ。失礼なことがあっては困るだろう?」
「聖女、といっても、生まれつきそう決められたわけではありませんから。あまり堅く考えなくてもいいですよ」
「そうなのか?」
「ええ、元はといえば田舎育ちの村娘ですから。大聖堂の神託がなければ、いまでも畑を耕していたに違いありません」
聖女が神託によって選ばれるとは初耳だなあ。……というか、気付いたけど、俺ってばエリーやレオノーラの身上について、あまりよく知らないままじゃないか。
迷惑でなければ、今度ゆっくり聞かせてもらおうとか考えていた矢先、エリーは瞳を輝かせながら俺の顔を覗き込んだ。
「そんなことより、透さんっ。お客さんも来てくれるようになったのですから、新メニューを考えましょう」
「新メニュー?」
「ええ。エルフの皆さんは甘味にこだわりがあるようですし、私の魔法を使えば、冷やす調理も容易に行えます。お茶菓子や食後のデザートの開発をしてもいいのでは?」
いつになくやる気に燃えるエリーを見ながら、俺は腕を組んだ。確かに、エリーのおかげで様々な調理工程を行えるようになったのは大きい。
であれば、その恩恵を活かし、なおかつそれなりに数を用意できるものを作れないかと思案を巡らせた俺は、以前作ったクレープの存在を思いだした。
“アレ”なら比較的簡単に作れるし、カットすれば、数も用意できるじゃないか。そうときまれば、早速、試作に取りかかろう。
***
まずはクレープ生地を用意する。以前作った物よりも若干薄めに作っていこう。薄く焼くのはなかなかに大変だけど、仕上がりに大きく影響するのでとにかくがんばろう。
生地は枚数を多めに焼いておき、エリーの魔法で冷やしてもらう。とにかく冷やすことが大事なのだ。熱を持ったままだとクリームが溶けてしまうからな。
生地を冷やしたら生クリームを角が立つ程度に泡立てよう。砂糖の量を増やして、甘めに仕上げるのがポイントだ。
こちらも、エリーの魔法で冷やしながら混ぜ合わせていく。以前は苦労したんだけど、冷やしながら混ぜ合わせると、角が立つのも早いので助かるな。
角が立った生クリームをクレープ生地の上に薄く、まんべんなく塗っていき、その上にクレープ生地を重ねる。重ねたクレープ生地の上に、生クリームを薄く塗り、さらにクレープ生地を重ね合わせ、生地とクリームの層を何層も作っていくのだ。
十五枚ほどクレープ生地を折り重ねると、円形の薄い生地も立派な厚みを持って存在感を放つようになる。これを十等分になるようにカットすれば、ミルクレープの完成だ!
***
エリーとの共同作業だったので、試食第一号はエリーにお願いした。とはいえ、クレープの味をすでにしっていた聖女にしてみれば、予想を裏切らない美味しさだったようで、
「透さんが不安に思うことなんてなにもありませんよ? 素晴らしい出来映えですっ」
と、太鼓判を押してくれた。
「というか、これだけ厚みがあるケーキなのに、舌触りはなめらかなのは不思議ですね」
「うん。口の中でほどけていくように、生地を薄めに作ったからね」
生地に厚みを持たせると、折り重ねた時に口の中で残っちゃうんだよなあ。まあ、それもそれで美味しいんだけど、商品として提供するからにはこだわりたい。エリーとの共同作でもあるしさ。
ちなみに残ったミルクレープは帰宅したレオノーラがすべて平らげてしまった。味についての感想もなく「おかわりはないのか?」と催促する様子を見るに、気に入って貰えたみたいだけど、残念ながらおかわりはない。……お前の胃袋はどうなっているんだ?
ともあれ、新たにミルクレープがメニューに加わることになったわけなのだが。エリーの新メニューに対する情熱は冷めることを知らず、「お店のために」と、店から少し離れた場所でエリーは家庭菜園を始めたのだった。
「ほら、透さん、前からお話しになっていたでしょう? 野菜を生で食べられるようになったら、料理の幅が広がるのにな、って」
鍬を振るいながら土と格闘しつつ、聖女はニッコリと微笑んだ。あー……、確かに話したなあ、生野菜が食べたいって。
こちらの世界に来てからというもの、野菜と言えばほとんどが加熱しないと食べられないのが難点だったのだ。トマトはなんとか生食できるものの、葉物野菜のほとんどは火を通さないと「お腹を壊すよ」とミーナのお墨付きをいただいている。
生育環境が日本とは異なるんだろうなと思いつつ、それでもレタスやキャベツを生で食べられないのは苦痛でしかなく。食べられるようになれば料理のレパートリーも広がるんだけどなあと、肉野菜炒めを食べながらぼやいた記憶が……。
えぇ……? そんなことを覚えていてくれた上に、わざわざ畑仕事までするの? いい
「だって、料理のレパートリーが広がれば、お店で提供できるものも増えるでしょう?」
そりゃそうだけど。だからといってエリーにばかり負担を掛けるのは申し訳ないって。
「負担だなんて思わないでください! 私が好きでやっているんですからっ!」
まばゆいばかりの笑顔に、思わず涙が頬を伝うところだった。はあ……、この真っ直ぐな性格、尊い以外の何者もない。
とはいえ、それじゃあ畑仕事はお願いねと引き下がるわけもないわけで。作業着に着替えを済ませた俺はエリーを手伝うべく、畑仕事に加わるのだった。
「とんでもないっ! 透さんのお手を煩わせるわけにはっ」
「俺も土いじり好きだしね、一緒にやらせてくれよ」
「でも……」
「二人でやったほうが早く終わるじゃないか」
「にゃー、にゃにゃ」
「ラテも応援してくれるってさ」
「……そうですね。では、お願いしますっ」
そうして畑を耕した俺たちは、葉物野菜を中心にいろいろな種子を植えるのだった。エリーいわく、「土壌の性質がとても良いから、期待できますよ」とのことで、成長するのが楽しみだ。
ちなみに、害虫とかは森に住む小鳥たちに食べてもらえるよう、妖精のキキが話をつけてくれるらしい。殺虫剤のたぐいをつかなくていいのは助かるな。
……で、一通り作業を終えてから、俺は思い出したのだ。例の水滴状をした白い種の存在を。
エリーもレオノーラも、こんな形状をした種など見たことがないらしい。そもそも、本当になにかの種なのかと不審に思うぐらいだそうで、そうなってくると俺としても不安しかない。
とはいえ、とはいえですよ? 『魂の晩餐』で入手したものなので、それなりに貴重なものだと思うわけですよ。
「……育ててみるか」
結論を出した俺は、もう一つ、畑を用意して水滴状の種を植えることにした。
なにかあっても対処できるように、エリーの家庭菜園とは距離を離しておく。
「良くない物が育ったら、私が燃やしますからっ!」
任せてくださいと胸を張るエリーを眺めつつ、俺は心の底から、そんな“処置”をしなくてすむことを願うのだった。
おとぎ話で言うところの『ジャックと豆の木』じゃあるまいし、一晩寝て、起きたら、巨大な豆の木が育ってました、なんてことがない限り、慌てて燃やす必要なんてないだろう。
……と、お気楽に考えたのがいけなかったのかもしれない。
翌日、水やりのために畑へ赴いた俺が目にしたものは、畑一面に広がった青々とした光景で、縦横無尽に
「……燃やしましょうか?」
珍しく真顔のエリーが畑を指さしながら一言。うん、気持ちはわからなくもないけど、とりあえずは落ち着こう。
もしかしたらとんでもない作物ができているかもしれないからさ、まずは状況を把握することにしようじゃないか。
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