17.引越祝いと丸ごとローストチキン
……えーっと、どこから突っ込んだらいいものか。エリーの様子を見るからに、冗談を言っているようには思えない。本気、なんだろうなあ……?
いやいやいやいや! だからといって、「そうですか、これからもよろしくね!」なんて、爽やかに応じるわけにはいかない。
さてさてどうしたものか、額に手を当てながら悩んでいた矢先、今度はレオノーラがこれまた大荷物を抱えて店に現れた。
「エリー、早かったな。そっちの準備はできたのか」
よいしょと荷物を降ろした女剣士は、ラテを呼び寄せ、抱き上げながら宣言するのだった。
「ラテさん。私も一緒に引っ越すからな。末永くよろしく頼むぞ」
にゃあと陽気に応じる愛猫をよそに、俺は再び目を丸くした。エリーだけじゃなくてレオノーラも新居へ押しかけるつもりなのか?
待て、とにかく冷静になるんだ。まずはどうして引っ越しに付いてくるのか、その動機を聞かなければっ!
なるべく冷静を装いながら尋ねる俺に、聖女エリーは穏やかに応じてみせる。
「私、思ったのです。ご迷惑をおかけしたからには、その分、身をもってご奉仕するのが、聖女として当然であると」
で、どうするのがベストか考えた結果、新店舗をお手伝いするのが一番良いだろうという結論に至ったらしい。……どうしてそうなった。
ここで素朴な疑問がひとつ。
「聖女の務めとやらはどうするんだ? 大聖堂や教会へいかなきゃ行けないんだろう?」
「務めは毎日ではありませんし、その都度、足を運べばいいだけですから。問題ありません!」
明快に答えて、エリーは得意げに胸へ手を当ててみせる。マジですか……。
「レオノーラも同じなのか?」
「同じとは?」
「俺の店で働くとか、そういうことを言い出すんじゃないだろうなってことだよ」
「うん。それも考えたのだがな、辞めようとしたら騎士団に止められてしまったのだ。世知辛い世の中だな、なあ、ラテさん」
抱きかかえた黒猫に同意を求めるレオノーラ。「にゃ」とひと鳴きするラテはさておくとして、俺は再び女剣士に問いただした。
「じゃあ、その荷物はなんだ。騎士団に所属したままなら、引っ越す理由はないだろう?」
「朝食と夕食のためだ」
「はあ?」
「透、考えてみろ、いちいち昼食を摂りに町と湖を往復するには時間が掛かりすぎる」
そこでレオノーラは考えた。いっそのこと店を住居にしてしまえばいいのでは、と。そうすれば、朝食を店で済ませて仕事に迎えるし、帰ってきてからも夕食が楽しめる。
「実に効率的だと思わないか? 我ながら良い考えだ」
今度こそ、俺は頭を抱えてしまった。エリーの発想はまだ理解ができる。でも、レオノーラにいたっては極端な考えすぎて、脳の処理が追いつかない。
「食費なら払うぞ」
「そういう問題じゃないっ!」
ダメだ、これはらちがあかない。というか、このままだと同居を押し切られそうだ。
(……説得してもらう必要があるな)
そう考えた俺は、ひとまず二人と大荷物を伴い、新店舗に足を運ぶのだった。
***
「ええやんええやん。引っ越してもらい」
椅子に腰掛けた女神クローディアは無造作にお腹をかきむしりながら、そう呟くと、大きなあくびをしてみせる。……うん、説得を頼む相手を間違えたな。
エリーとレオノーラと言えば、妖精キキの案内で二階へ上がり、それぞれの寝室で荷ほどきを始めている。
時折聞こえる「広いな」とか「綺麗ですね」という感嘆の声を耳にしながら、俺は大きくため息を漏らした。
「透は、あの二人が引っ越してくることが嫌なん?」
こちらの様子を眺めやりながら、クローディアは呟いた。
「嫌ってわけじゃないですけど、問題でしょう?」
「なにがよ?」
「若い男の家で、二人の女の子が暮らすっていうんですよ? 問題じゃないですか」
「なにも起きないわけがなく……」
「怒りますよ?」
「冗談や、冗談。で? 自分は問題を起こそうっていうつもりがあるんかいな?」
「ないですよ。普段からお世話になっている、大切なお客様なんですから」
お客様ねえ、と、一言漏らすと、クローディアは意味ありげな笑みを浮かべる。っていうかね、逆に聞きたいんですけど、どうしてクローディアは二人が引っ越してくることに賛成なんです?
「アホやなあ、透。よくよく考えてみ」
耳を貸せと言わんばかりに、手招きした女神は囁くように続けてみせる。
「エリー嬢ちゃんは聖女なんやろ? せやったら、ここに女神と聖女っちう、信仰の二大巨頭が集うわけや」
「まあ……。そうなりますね」
「せやったら、ウチらを目当てにぎょうさん人が集まるで? そらもう貢ぎ物がウッハウハ、ウチはいま以上に酒が飲めるようになるって話やないの」
笑いが止まりまへんなあ、ウハハハハハ、と付け加える女神の顔は、おおよそ女神とは縁遠いもので、どう反応していいものか対処に困る。
「まあ、それはさておきや。あの嬢ちゃんが来てくれるのは、透にとってもプラスになると思うけどなあ」
表情をあらためたクローディアは椅子の上にあぐらをかき、それから真面目な口調で続けるのだった。
「聖女が働く飲食店なんて聞いたことないで? そらもう、みんなありがたがって、ぎょうさん客がやってくると思うけどなあ」
「聖女を営業活動に使っていいんですかね?」
「本人がそれを望んでるんやろ? そやったらええやんか、別に」
由緒正しき一角獣騎士団の団長であるレオノーラは警備の役に立つだろう。問題が起きても冷静に対応してくれるはずだ。
クローディアの話に耳を傾けていると、程なくして、階段の音が響き始めた。ラテとキキに連れられて下りてきたエリーとレオノーラは、新居の設備が整っていることに驚きを隠せないといった様子で、新生活への期待を口にするのだった。
「女神様も、これからよろしくお願いいたします」
「うん、至らぬ点があるかもしれないが、よろしく頼む」
あらためて頭を下げる二人を見つめながら、女神は「おう、よろしゅう頼むでぇ」と女神らしからぬ気軽さで応じ返した。
初対面でのあの神々しさはどこへいったのか、せめて外面ぐらいは整えたほうがいいんじゃないですかね? と、視線で訴える俺に気付いたのか、クローディアはこちらへ視線を転じ、肩をすくめるのだった。
「これから毎日のように顔をあわせるんやで? いちいち取り繕ってられるかいな」
「そんなもんですか……」
「そんなことより、透。酒用意してくれやあ、アテも忘れずになあ」
人が真剣に悩んでいるというのに、この駄女神はっ……!
はあ……、わかりました、わかりましたよっ! 俺だけ考え込んでいるのがバカらしくなってきたっ!
こうなったらヤケだ。派手に歓迎会を兼ねた引越祝いをしてやるぞ!
***
まずは丸鶏を用意する。お腹の部分は汚れが残らないよう、布でしっかり拭き取っておこう。
鶏肉全体に塩と胡椒、それからハーブ類をすり込み、味を馴染ませるため、しばらく置いておく。
その間にガーリックライスを作ろう。熱したフライパンに油とスライスしたニンニクを加え、香りを出したら、炊き上げたご飯を投入。バターと塩胡椒で味付けし、粗熱を取っておくのだ。
スライスしたタマネギ、にんじん、ジャガイモを鉄板へ敷き並べる。丸鶏にガーリックライスを隙間無く詰め込み、お腹を塞ぐように足を紐で結んだら、オリーブオイルを全体に掛け流し、石窯でじっくり焼き上げるのだ。
時折取り出しながら、染み出た油を鶏肉の上に流しかける。これをしばらく繰り返し、中までじっくり火を通したら、丸ごとローストチキンの完成だ!
***
ローストチキンを用意するかたわら、俺はフルーツ類を細かく刻み、フルーツポンチを用意した。せっかくのお祝いなのだ、妖精たちにも参加してもらおうじゃないか。
「よ、よろしいのですか? わ、私たちが加わっても……」
恐縮しきっているキキに、微笑んで応じる。
「もちろん! むしろ、こちらがお世話になるぐらいなんだからな。ご挨拶がてら、もてなさせてくれよ」
キキは瞳を輝かせ、ありがとうございますと礼を述べてから、みんなを呼んできますねと、大急ぎで羽ばたいていった。
「なぁぁ」
座り込んだラテは前足を動かし、ちょいちょいと俺の右足をつついてみせる。黒猫の頭を撫でながら、「わかってるよ」と呟いた俺は、愛猫のためにささみを茹で始めたのだった。
……程なくして始まった歓迎会兼引越祝いパーティーは、それはもう賑やかなものになった。
「ウハハハハハ! カンパーイ!」
一人だけワイン瓶を手にしたクローディアが声を上げると、集まった妖精たちが歓声を上げる。女神はチキンを、妖精はフルーツポンチをそれぞれに頬張って、満足げな表情を浮かべるのだ。
「ええやんええやん! ジューシーな鶏肉、それに野菜にもうまみが広がって……! これは酒が進むわあ」
「むっ! いけないっ! 私の分がなくなってしまうぞっ!?」
負けじとローストチキンを縦半分に切り取ったレオノーラは、中に入ったガーリックライスと鶏肉をこれでもかというぐらいに口へ運び、リスのように頬を膨らませながら顎を動かすのだった。
「美味い! これは実に美味いぞ! 鶏肉の油が米にしみこんで……!」
それからワインで満たされたグラスを掴むと、一気に喉元へ流し込む。それを感心の眼差しで眺めていたクローディアは楽しげに呟いた。
「おお、嬢ちゃん! なかなかイケる口やん! どや、もう一杯」
「む? 酒か? しかし私はご飯も食べたいっ」
「一緒に食べたらええやないの! ほらほら!」
半ば強引にワインを勧められつつも、レオノーラはチキンを手放そうとしない。見上げた執念だなあとか考えていると、隣ではエリーがクスクス笑い声を立てるのだった。
「楽しいですね、透さん」
「やかましい、の、間違いじゃないのか?」
「そんなことありませんよう。ね、ラテもそう思うわよね?」
ご飯を食べ終えたラテはテーブルに腰を下ろし、眠たげに「にゃあ」と応じてみせる。柔和な笑みを返しながら、エリーは続けた。
「女神様も、妖精たちもとても気さくで優しくて……。私、安心しました」
プラチナブロンドのロングヘアを揺らして、こちらへ向き直ったエリーは俺の顔をまっすぐに見つめ、それからかしこまったように口を開いた。
「あらためてですけれど。これからよろしくお願いいたします、透さん。……もっとも、お役に立てるかどうかはわかりませんけれど」
気恥ずかしそうに付け加えたエリーに、俺は首を左右に振って応じ返す。
「お店がどうなるかわからないのに、手伝ってくれるんだ。感謝しかないよ」
もっとも、同居についてはいまだにいいのかなあ? と、思っているふしがあるんだけどさ。
……ま、クローディアの言っているとおり、深く考えても仕方ないか。ちょっとしたシェアハウスだということにしよう、うん。
「なんやぁ、透。自分、全然飲んでへんやんけ」
「透、オムライスを作ってくれ、オムライスを」
「と、透さん、フルーツポンチ以外にも、な、なにか作れたりしますか!?」
しみじみと考える暇もなく、騒ぎ立てる声が次々と耳に飛び込んでくる。はいはい、わかりましたっ! 順番に対応しますってっ!
口やかましい要求に肩をすくめつつ、俺は内心で苦笑した。笑顔が溢れる光景は満足感を覚えるもので、意外と悪くない。
猫と聖女と、それから女剣士と女神に妖精……。たくさんの人たちに支えられながら、新たな土地で新たな一歩を踏み出そうとしているのだ。
それは確かな希望を抱くのに十分過ぎるほどで、俺は追加の料理を作るため、再びキッチンへと足を向けた。
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