29.エリーの気遣いとポップコーン
トウモロコシが届いた。しかも、結構な量が。
追加注文した記憶はないんだけどなと思っていたものの、どうやらエリーが手配してくれたらしい。プラチナブロンドのロングヘアを揺らしながら颯爽と現れた聖女は、胸の前で両手の指を合わせながら、ニッコリと微笑んでみせるのだった。
「透さんが話してくださったトウモロコシ、もしかしたら私の知り合いが育てているんじゃないかと思って、頼んでみたのです」
なんでも焼きトウモロコシが食べられないとわかった時の俺が、エリーには相当落ち込んで見えたそうで、農家出身でもある彼女がつてを頼って頼んでくれたそうだ。
「気に入ってくださるとよいのですが……」
そう言ってトウモロコシを差し出すエリー。ええ子や……、めっちゃええ子やで……!
同時に、そんなに残念そうな顔をしていたのかなあと気恥ずかしくなる。レオノーラみたいに食い意地が張っていると思われるのはちょっとなあ。
ともあれ、心遣いはありがたい。エリーが頼んだトウモロコシを手に、早速、キッチンへと足を運んだ俺たちは、塩茹でしたそれを試食して、そして再び落胆したのだった。
エリーの知り合いが育てていたトウモロコシは、実が紫色をしていて、粒の皮が厚く、口当たりが良くない。先日、ミーナが届けてくれたトウモロコシと比べても、正直、美味しいとは言えない。
いやいや、せっかくエリーが頼んでくれたトウモロコシなのだ。美味い不味い関係なしに、感謝していただこうじゃないかっ!
……と、そんな風に思っていたのだけれど、一緒に試食したエリーの表情はといえば、しおしおという効果音が付いているんじゃないかと錯覚するほどに落ち込んでおり、
「……乾燥させてお茶にするしかないですね……」
なんて具合に、明らかにトーンダウンして呟く始末。うーむ、これはよろしくない。
なんとかして、美味しく食べる方法はないだろうかと考えを巡らせた俺は、再び塩茹でしたトウモロコシにかじりつくと、とあるお菓子の存在を思い出した。この粒の皮の厚みがあれば、ポップコーンが作れるのではないかと考えたのである。
***
二日後。
乾燥させた紫色の粒をざるに広げた俺は、再びキッチンへと足を運んでいた。
「お茶を作るのですか?」
髪を結わえ、エプロン姿をまとったエリーが口を開くと、俺は頭を左右に振って応じた。
「ちょっとしたお菓子を作ろうと思ってね。まあ、見ててよ」
口にしながら、俺はといえば不安が七割、期待が三割といった心境である。記憶が確かなら、爆裂種っていう品種のトウモロコシじゃないとポップコーンが作れないはずなんだけど……。
この紫色をしたトウモロコシが爆裂種だって保証はないし、もしかするとエリーをさらに落ち込ませる結果になってしまうかもしれないわけだ。
祈るような気持ちでフライパンに油を敷くと、俺は乾燥した粒を投入し、蓋を閉めた。そして火に掛けながらフライパンを揺らしていく。
しばらくすれば、トウモロコシのはじける音が聞こえるはずなんだけど……。
興味津々といった様子でエリーがフライパンに視線を送る。頼むから上手くいってくれよと心の底から願っていると、ほどなくしてポンッという音がフライパンの中から聞こえるのがわかった。
ポンッポンポンっ、パンッ!
間違いなくトウモロコシのはじける音だ。予想していなかった音にビックリしたのか、エリーは瞳を丸くして、フライパンと俺を交互に見やった。
「と、透さんっ。なにが起きているんですかっ!?」
このまま調理を続けても大丈夫なのかという眼差しを受けつつ、俺はなだめるようにエリーに応じる。
「大丈夫、上手くできているみたいだから、このままもう少し待ってて」
そうしてフライパンをふり続けることしばらく。はじける音が聞こえなくなってきたら完成の合図だ。
蓋を開けた俺たちの目に飛び込んできたのは、見事に白色で埋め尽くされたポップコーンの山である。
「見た目が変わった!? 魔法みたいっ!」
キラキラと瞳を輝かせながらポップコーンを見つめるエリー。俺は全体に塩をまぶすと、皿に盛り付け、これがポップコーンという食べ物だよとエリーに教えるのだった。
「上手くできて良かった。ちょうどおやつの時間だし、試食も兼ねてお茶にしよう」
***
「ん~~~! おいひぃでふ~~~!」
サクサク食感のポップコーンを頬張りながらエリーは感動の声を漏らした。
「あの紫色のトウモロコシが、こんな風になるなんて驚きですねえ」
ポップコーンをつまみながら、不思議そうにエリーは呟き、それからうふふと照れくさそうにそれを口へ放り込んだ。
「頼んだトウモロコシが美味しくなかった時はどうしようかと思いましたけれど……。さすがは透さんですねっ」
「いやいや、美味しいポップコーンが食べられるのも、エリーが気を利かせて頼んでくれたおかげだよ」
やがて香ばしい匂いに釣られたのか、ラテがとことこと姿を現した。
「にゃにゃう」
催促するような鳴き声を上げるラテには申し訳ないけれど、油も塩も使っているので、ラテには与えられない。
「また別のおやつを用意するから、これは我慢しような?」
「にゃにゃあ」
「ふふ、ラテもレオノーラみたく食いしん坊になってきたのかしら?」
ひょいと黒猫を抱きかかえたエリーは、そのままラテの頭をなで始める。
すっかりお店の看板娘となりつつあるエリーとの時間を楽しみながら、俺はちょうどいい機会だしと、そこはかとなく気になっていたことを尋ねることにしたのだった。
「お店を手伝ってくれるのは助かるんだけど、仕事のほうは大丈夫なのか?」
「仕事といいますと?」
「ほら、聖女の務めがあるだろう? 最近、あまり出ていないみたいだし……」
そうなのだ。ここ最近のエリーといえば、お店にいる時間のほうが多く、聖女としての務めに出る日が少ないのである。
以前は週に四日は大聖堂へ向かっていたのに、いまでは週に二日出ればいいほうで、務めに出なくてもいいのかなと不安になってしまうのだ。
「ご心配なく、大丈夫ですよっ」
こちらの懸念をよそにエリーは胸を張る。
「聖女の務めもそんなに忙しいものではありませんし、それにいまはお店で働いているほうが楽しいですからっ」
「そうなのか?」
「ええ、そうなんです。ねー?」
機嫌良くラテに同意を求めたエリーは、返事も待たずに黒猫と遊び始めた。なんというか、不自然なまでに明るいような……? いや、いつも通りか? よくわからないなあ?
ぶっちゃけていうと、個人的には大助かりなのだ。エリーがいてくれることでお店も回せるし、ハードワークも愚痴一つこぼさずこなしてくれる。
その上、家庭菜園の手入れだけでなく、家事全般も手伝ってくれるのだ。いまやエリーのいない生活は考えられないほどなので、聖女の務めに出られてしまうと、正直、ちょっと困るまであるんだけど……。
とはいえ、おろそかにしていいって話でもないわけで。俺としては上手くバランスを取りながらやってくれればなと願うばかりなのだ。
しかしながら、お店を手伝うエリーは、いつも楽しそうにしており、そんな様子を見てしまうと、あまり強く言えないのも事実なわけで。
まあ、本人は大丈夫だと言っているし、このままでも問題ないのだろう、きっと。
……と、楽観的に考えていたのが良くなかったのだろうか。
「聖女を辞めようと思います」
エリーからそんな話を聞かされたのは、それから数日後のことである。
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