27.エルフ族のこだわり、そしてパフェ

 緑精りょくせいであり、大工でもあるレンドに『こういったものを作れないだろうか?』とお願いしていたものがある。冷蔵庫だ。


 もっとも、冷蔵機能はこちらで用意する。レンドにはワードローブのような保管庫を作ってもらいたかったのだ。


 保管庫の上部と下部には氷を入れるスペースを確保しておく。エリーとレオノーラの魔法で作られた氷をそこに格納し、巻き起こる冷気で保管された食材を冷やそうというアイデアだ。


 この考えは既存のもので、俺が前にテレビで見た『懐かしの昭和特集』みたいなコーナーに出てきた初期型冷蔵庫を真似しているに過ぎない。なんでも、昔の人は電気ではなく氷を使って冷蔵機能を保っていたそうだ。


 幸いなことに、魔法で作られた氷はなかなかに溶けにくい。二日は余裕で持つので、二人が仕事で外出している際でも、冷蔵庫さえあれば、安心して冷たいメニューを提供できるだろう。


 そんなわけで、新種の果物“スイメロ”をご馳走するという条件で、レンドに冷蔵庫を依頼して数日が経ったのだが。


「おうおう、頼まれてたモン、完成したぞぉ」


 と、意気揚々とやってきた小人が持ってきたものを見て、俺は思わず言葉を失ってしまった。


 なんというか、超が付くほどに大きい木製の冷蔵庫なのだ。縦二メートル横四メートル、奥行き一メートルはあるんじゃないか?


 業務用? 業務用サイズなの? いや、まあ、店で使うから業務用サイズを用意してもらう分には問題ないんだけど、どこにおくんだよ、これ? とてもじゃないけど、キッチンには置けないぞ?


「てやんでぇ、この家はおれっちが建てたんだぞ? 寸法の合わないモン作るわけねえだろ?」


 そう言ってレンドは指揮をするように両手を振り上げると、魔法の力で冷蔵庫だけではなく店の物を浮かせては、整理整頓を始めるのだった。


 程なくして冷蔵庫はふわふわとキッチンの裏側にある保管庫へ運ばれていき、壁面すれすれのところで鎮座する。見事なまでのシンデレラフィットに感心の声を漏らしながら、俺はレンドに尋ねるのだった。


「もしかして、最初からこうなることを計算して作っていたのか?」

「あったりめえだろぉ? 使うヤツのことを考えてこそ、一流の大工ってやつよ。ここなら火元も遠いし、食材を冷やすにはうってつけだろうが」


 なるほど、俺としてはキッチンにあったほうが便利かなと思わなくはなかったけど、機能性や安全性を考えたら火元から遠い場所に置いたほうがベストではあるな。


 心から感謝を伝えた俺は、約束とばかりにスイカとメロンが同時に実る、例の“スイメロ”をご馳走したのだった。


 ややとがり気味の顎をなでながら、「ほほぅ、こいつぁ、なかなかいけるじゃねえか」とあくまで冷静に“スイメロ”の感想を口にしていたつもりなのだろうが、レンドの表情はといえばご機嫌な子どもそのものといった感じで、見ていて微笑ましい。


「今度はキキと一緒においでよ。冷蔵庫で“スイメロ”冷やしておくからさ」

「……おう」


 まんざらでもなさそうな返事を聞きながら、俺は考えていた次なる行動に移ることにした。


***


 後日。


 店内に姿を見せたのはハイエルフのマリウスと、ダークエルフのアレクシアである。


 俺は二人に椅子を勧めると、わざわざ店まで足を運んでくれたことに対して礼を述べたのだった。


「いやいや、透くん。礼には及ばないよ。ご招待いただけたというからには、こちらとしてもなにかしら期待してもいいのではと考えるのが筋だからね」


 色白の肌、ブロンドのロングヘアを後ろで束ね、穏やかそうなライトブルーの瞳が印象的であるマリウスが口を開くと、アレクシアも続ける。


「その通りです。透さんの作られる甘味はどれも素晴らしいですからね。もしかしたら、素敵な試作品を味わえるのではと、いささか不純な期待をしてしまいますわ」


 褐色の肌、銀髪のショートヘアと紫色をした切れ長の瞳に銀縁の細い眼鏡をかけたアレクシアが微笑むと、違いないと、釣られるようにマリウスも笑顔を浮かべた。


 いやあ、知ってはいたけど、二人ともお美しいっ! 普段からエリーやレオノーラみたいな美人を見ているとはいえ、エルフ族の美しさというのはまたちょっと違うというか、なんか神々しさを覚えるんだよね。


 ……おっといけない、話題が逸れるところだった。そうなのだ、今回、わざわざ二人を店に招待したのには理由があり、新種の果物であるスイカとメロンと、それを使ったソーダを試食して感想をもらおうと思っていたのだ。


 いや、スイカとメロンは美味しいに決まっているし、それを使ったスイカソーダとメロンソーダも美味しいのはわかっているんだけどね。

 最初の試食会が終わった後、ぼそっとクローディアが一言、


「……でもなあ、種族によって好みはバラバラやからなあ」


 なんて、言い残して立ち去ってから、ハイエルフとダークエルフにスイカとメロンを振る舞うのが怖くなってしまったのだ。


 そういった事情もあって、あらかじめマリウスとアレクシアに感想をもらってから、提供するかどうかを判断しようと考えたのである。


 そんなわけで、黒猫のラテに二人の接客を任せるとして、俺はレンドが作ってくれた冷蔵庫の中から冷えたスイカとメロン、それに炭酸水を取り出すと、カットフルーツとそれぞれのソーダを作り始めたのだった。


 とはいっても、難しい工程はない。スイカとメロンをカットして盛り付ければカットフルーツはできあがるし、ソーダ作りも絞った果汁を炭酸水で割ればいいだけの話なのだ。


 あっという間にできあがったものをマリウスとアレクシアの前へと差し出した俺は、これがスイカとメロンという果物であることや、これを入手するに至った一連の事情などを打ち明けて反応を待つことにした。


「ほう、“祝福”付きの果物とは珍しい」

「香りはいいですね、期待できそうです」


 声に出しながら、スイカとメロンを頬張ると、二人は何度も頷き、満足そうな表情を浮かべてみせる。


 ソーダのほうはどうだろう? 炭酸が受け入れられるかなという不安があったけれど、こちらも問題なかったようで、うんうんと首を縦に振っては、その味わいを確かめている。


「いや、実に素晴らしい味だ」

「ええ、これならエルフたちも好んで食べるでしょう」


 ナプキンで口を拭きながら、好意的な感想を口にしたものの、マリウスとアレクシアの表情は渋い。


 ……なにか気に入らない点があったのだろうか? ラテも同じことを考えていたようで、「にゃにゃあ?」と鳴き声に出しながら、二人のそばを行ったり来たりしている。


「ああ、すまない、味について文句があるわけじゃないんだ」

「ええ、ラテちゃんが不安に思うことはなにもないんですよ? ……ただ」

「……ただ?」

「こんなことはあまり言いたくはないのだが、美しくないな」

「ええ、いくら提供する品が素晴らしくとも、器がこれでは食欲がそそられませんね」


 そう言って、ハイエルフとダークエルフは空になった皿とカップを手に取るのだった。


 食器! ああー、気に入らないのはそっちのほうだったか。


「ケーキであれば白皿でも問題ないだろう。しかし、これほど瑞々しい果物なのだ。涼しげな器に盛り付けて提供したほうが、見た目も華やかになると思うのだが」

「このスイカソーダやメロンソーダのコップも、普通のコップというのはいただけませんね。もう少し装飾を施したコップであれば、特別感が際立って良いと思うのですが」


 ぐうの音も出ないほどの正論っ! 俺自身が薄々感づいていた弱点を的確に指摘してくるとはっ……!


 そうなのだ。店に備え付けられている食器類、数は揃っているとはいえ、単調なものが多く、皿はすべてが白色だし、ワイングラスはあるというのにコップは木製だ。


 もちろん、日常で使う分にはなにも問題ないのだけれど、二人が言っているのは商売としてお客に振る舞う時にいかがなものかという、ごくごくまっとうな意見なのだ。


 個人的にもそれは理解していたので、どこからか食器類を仕入れられないものかと頭を悩ませていただけに、耳の痛い話であって……。レンドに頼もうと思ったけど、陶器やガラスは畑が違うって断られてたんだよなあ。


 指摘を受けたついでではないけれど、食器類の仕入れ先についてどこかいい店を知らないだろうかと尋ねる俺に、マリウスとアレクシアとよくぞ聞いてくれましたとばかりに胸を張るのだった。


「透君、なにを隠そう、我々エルフ族は揃ってガラスの精製を得意としていてね」

「ええ、ガラスを使った工芸品はどれも一級品なのですよ。よろしければ見ていただけませんか?」


 指をパチンと鳴らした二人は、空中に魔法のバッグを取り出すと、中から次々とガラス製の皿やら器やらコップやらを取り出すのだった。


 結局、売り込みの話になるんかい! ……と、思いながらも、目の前に広がった美しいガラス製の品々は喉から手が出るほど欲しかった物に違いなく。


 それらを手に取って眺めながら、感嘆の息を漏らしているとマリウスはかすかに囁くのだった。


「ほう、お目が高い。いま手に取っているのは我々ハイエルフが作った器でね。……ここだけの話、ハイエルフのガラス製品は、ダークエルフの物より質がいいのだよ」

「聞き捨てならないですね、マリウス。酒作りでも、ガラス精製でも、我々ダークエルフのほうが出来が良いのは周知の事実ではありませんか」

「冗談はよくないぞ、アレクシア。透君が真に受けたらどうするつもりだ。……おっと、透君、それをまとめて買うつもりなら、これだけ値引きしようじゃないか」

「いけないですねえ、マリウス。純粋な透さんを相手に嘘を吹き込むなんて……。あ、透さん、そのお皿、一枚買うならもう一枚差し上げますよ?」


 ……えーっと、だんだんと場の雰囲気が悪くなってきたような? ブランデーか? ブランデーの時と同じなのか!? クローディアめ、なにが『酒作り以外は仲がいい』だ! ガラス製品でも似たようなことになってるじゃないかっ!


 こうなってくると、お互いに一歩も引かない状況になるんだよなあ。……しかたない、同じ手段でおとなしくさせるとするかと考えた俺は、テーブルの上に広がったガラス製品の中から、綺麗なグラスを二つ抱えるとキッチンへ足を運んだ。


***


 さてさて、そうと決まれば冷蔵庫の中から材料を取り出そう。


 スイカとメロン、それと生クリーム。あとで使おうと思っていたスポンジケーキも使ってしまおう。


 スイカとメロンは小型のスプーンを使って、丸くくりぬく。ビー玉サイズ程度が見栄えがいい。生クリームは角が立つまで泡立て、スポンジケーキは一口大のダイス状にカットしておくのだ。


 グラスの底へ生クリームを絞り入れたら、くりぬいたスイカとメロンをバランス良く積み上げていく。


 その上に生クリームを絞り、スポンジケーキをのせたら、再度、渦状に高く生クリームを絞り上げていく。


 仕上げ用に少し大きめにカットしたスイカとメロンをグラスの縁に添え、渦状になった生クリームの側面に、丸くくりぬいたスイカとメロンを見栄え程度に乗せたら、スイカとメロンのパフェの完成だ!


***


「こ、これは美しいっ! そしてすばらしく美味しい!」

「ええ、ええ! このフルーツとクリームが合わさることで、格別の味わいに!」

「合間に食べるスポンジも素晴らしいアクセントだっ! 素朴な味が、再び果物の水分を要求してくるようじゃないか!」


 パフェを前にしたマリウスとアレクシアといえば、それまでの険悪な空気はどこへやら、一心不乱にスプーンを動かし、パフェをむさぼり食べている。


「さすがは透君だっ! 我々を試すかのように試食の品を隠していたとは……!」

「まさにまさに! 素材のシンプルさを味わわせた上で、なおかつそれを超えてくる……! お見事ですっ!」


 ……いや、パフェを作ったのはなりゆきといいますか、仕方なくと言いますか。まあ、お二人がガラスで作った品々出してくれなかったら、考えもしなかったんですけどね。


「とにかく、お互いに素晴らしい技術をお持ちなんですから、ケンカせず、仲良くやってくださいよ」


 心の底から俺は言ったのだった。いや、二人に振る舞ったパフェも、急ごしらえで納得してないんだよなあ。


 欲を言えばアイスも欲しかったし、チョコレートやゼリー、あとは焼き菓子なんかのトッピングも欲しかった。時間に余裕があればもっと美味しいパフェを用意できたかと思うと、なかなかに不満を覚える出来と言っていいだろう。


「ということは、この甘味はこれ以上に美味しく作れるのかい?」

「いまですら、これほどまで美味しいというのに?」


 身を乗り出すマリウスとアレクシアにたじろぎながらも、ええまあと俺は曖昧に返事をするのだった。


「なんということだ……。これほどまで美味しい物が、未完成の一品だったとは……」

「我々も負けてはいられませんね、マリウス」

「そうだな、アレクシア。このパフェに相応しい器を作るため、ますます精進せねば!」

「ええ、マリウス! どちらがこのパフェに相応しい器を作れるのか! 種族の誇りをかけて勝負ですよ!」


 瞳を燃やし宣言した二人は、そう言い切るなり席を立つと、ものすごい勢いで店を後にするのだった。


 ……うーん。これはひょっとすると、ブランデー以上の厄介事を抱えることになってしまったのではないのだろうか……?


 まあ、今度は味の善し悪しじゃなくて、造形美的な話だから決着も付けやすいだろうし、なんとかなるだろう。


 と、そんな甘い考えで片付けをし始めた俺は知るよしもなかったのである。


 これから先、俺の名前を冠した『白雪透パフェ祭り』なる奇祭が、エルフ族の間で二年に一回催されることを……。


 ……うん、それはちょっと別の機会の話にさせてくれ……。頼むから、マジで……。

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